BEVラインナップを拡充するメルセデスの本音とは?

メルセデス・ベンツの“ひとりモーターショー”で訊いた未来 【渡辺慎太郎の独り言】

渡辺慎太郎の独り言、Vol.27
メルセデス・ベンツはパリサロンの会期に合わせ、ロダン美術館でブランド単独のモーターショーを開催。渡辺慎太郎が“ひとりモーターショー”でCEOと開発者にインタビューを行った。
「パリサロン」は世界有数のモーターショーのひとつであり、毎回刺激的な新型車がお披露目される場として認知されている。しかし今回、主役のひとりとして大きな注目を集めるはずだったメルセデス・ベンツは、ワールドプレミアの場としてロダン美術館を貸し切った“ひとりモーターショー”を敢行。その場を訪れた渡辺慎太郎がメルセデス・ベンツ・グループのCEOと開発者にインタビューを行った。

パリで開かれたもうひとつのモーターショー

パリのロダン美術館を貸し切って開催されたメルセデス・ベンツの“ひとりモーターショー”。メルセデスのEQシリーズが一堂に会し、メルセデスEQS SUVとメルセデスAMG EQEのワールドプレミアを行った。

去る10月17日から24日、フランス・パリで通称“パロサロン”が開催された。そこからクルマで約15分の場所に「考える人」の彫刻が有名なロダン美術館がある。ここを貸し切って、メルセデス・ベンツはパリサロンのプレスデー初日にイベントを敢行した。噂では、当初はパリサロンに参加する予定だったものの、やんごとなき事情により断念したという。代わりに彼らは“ひとりモーターショー”をやってのけたのである。この執念、あるいは思い入れの源はいったいなんなのだろう。

ロダン美術館の建物はロダンがアトリエ兼自宅として使っていたもので、そのエントランス前にはメルセデスEQの全プロダクトをずらりと並べ、見事なお庭にはそれを損なわないようカンファレンスルームを設営し、すでに公開されているEQGやEQXXなどをショーケースに入れて披露した。

新たに発表されたのは主に2点。ひとつはメルセデスEQE SUVとメルセデスAMG EQE SUVのワールドプレミア。すでに予告されていた通り、EQE SUVはBEV専用のアーキテクチュアであるEVA2を使った最後のモデルで、セダンのEQEよりもあえてホイールベースを90cm短くし、アジリティの向上を狙っているところが特徴である。

もうひとつは、アップル・ミュージックとユニバーサル・ミュージック・グループ、そしてドルビー・アトムスとのコラボレーション。いままではアップルのデバイスでしか使えなかったアップル・ミュージックが今後はメルセデスの車内でも使用可能となる他、ユニバーサル・ミュージックは最終的なレコーディング・ミックスがメルセデスの車内でどう聞こえるのかをひとつの承認プロセスとする「アプルーブド・イン・メルセデス・ベンツ」を導入。これらのコンテンツをブルメスターとドルビー・アトムスによるオーディオシステムで再生し、車内をかつてないエンターテイメント空間へ仕立てるという。

メルセデスの将来に向けたヴィジョンとは?

メルセデス・ベンツ・グループのオラ・ケレニウスCEOにメルセデスの将来について訊くと「最終的にはゼロエミッション」であると答えた。

メルセデス・ベンツ・グループの最高経営責任者であるオラ・ケレニウス氏に話を聞くと「これからのクルマはソフトウエアの重要性がさらに高まる」と語った。

「MBUXをいち早く立ち上げたのも、ソフトウエアの重要性を認識していたからです。一方で、ソフトウエアを動かすハードウエアの開発も同時に進めなくてはなりません。今回のアップル・ミュージック、ユニバーサル・ミュージック、ドルビーとの協業はまさしくソフトとハードの融合です。車内で音楽を聴きながらライブに行ったらコンサートホールよりも車内の音のほうがよかった、そんな空間の創造を我々は目標としています」

せっかくの機会なんでメルセデスの将来についても聞いてみた。

「最終的にはやはりゼロエミッションでしょうね。これはクルマ単体だけでなく、サプライヤーまで含んだ自動車産業全体での話です。そこに辿り着くには技術的ブレークスルーも必要ですが、そういうものはだいたい、当初は拒否反応が出る。例えばiPhoneが出たとき、自分を含め多くのビジネスマンがしばらくブラックベリーを使い続けました。キーパッドがないなんてあり得ないと(笑)。でもいまではみんなスマートフォンです。

同時にインフラの整備も重要です。でもこれは本当に難しく、BEV関連ではすでに地域によって差が出始めています。日本はかなり遅れていますよね。充電器の数は増えているようですが出力が小さい。インフラは世界共通の問題で、世界が同時進行的にやらなくてはいけないのですがそうはいかず、かなりの時間を要するでしょう。クルマ側の準備が出来てもインフラが整わないことには、我々にはどうすることもできません」

グループインタビューの最中、彼は「カスタマーチョイスを増やす」という言葉を何度も口にした。それはパワートレインであったりボディタイプであったり車内のインターフェイスであったりエンターテイメント機能などを、よりパーソナライズできるようにしていくということらしい。

「我々にとってBEVはいまだに海のものとも山のものともつかぬ存在」

アップル、ユニバーサル・ミュージック、ドルビーとの集合写真。左から2番目がメルセデスの開発部門トップのマーカス・シェーファー氏。

彼の後にインタビューした開発部門のトップのマーカス・シェーファー氏は「音がほとんどしないBEVに、今後さまざまなBEVサウンドを提供していきます。いま、そうした音作りのための専門の部署を立ち上げ、グラミー賞を取ったこともあるアーティストにも協力を要請しています。最終的にはオーナーが豊富な音源から好きなサウンドを選べるようにしていきます」と語った。これもカスタマーズチョイスのひとつなのだろう。

EQのエンジニアのひとりが、「我々にとってBEVはいまだに海のものとも山のものともつかぬ存在なんです」と吐露した。メルセデスは、内燃機に関しては100年以上もの豊富な経験と実績とデータがある。それに比べるとBEVはほとんどないに等しいと。だからおそらく、現行のEQのラインナップで一種の社会実験をしているのだろうと自分なんかは思っている。

市場や顧客の反応、クルマの経年変化、各種走行データを収集し、よりよいBEVの開発を目指しているに違いない。つまりメルセデスは基本的に超が付くほど保守的なのだけれど、どこよりも早いBEVラインナップの拡充や異業種との積極的なコラボレーション、そして今回のパリでのひとりモーターショーなどは、それをなるべく悟られないようにするための振る舞いなのではないだろうか、なんて考えてしまうのである。

PHOTO&REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)

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著者プロフィール

渡辺慎太郎 近影

渡辺慎太郎

1966年東京生まれ。米国の大学を卒業後、1989年に『ルボラン』の編集者として自動車メディアの世界へ。199…