常に時代を先行するメルセデスデザインの秘密を渡辺慎太郎が訊く

メルセデスデザインのキーマンに訊く「10年後も古くならないデザイン」の秘密とは?

渡辺慎太郎、メルセデスのデザイナーにインタビュー
メルセデス・ベンツのエクステリアデザインを担当するロバート・レズニック氏に、メルセデスのデザイン流儀をモータージャーナリスト・渡辺慎太郎が訊いた。
お堅いイメージがあるメルセデス・ベンツだが、過去を振り返ると発表直後に「そのデザインはありなのか?」と議論を呼んだことが少なくない。しかし最初こそ違和感を感じても、その後は目が慣れてベーシックななデザインに見えてしまうから不思議だ。つまりメルセデスデザインは常に時代の先を見ている・・・ということになるのだろうか。渡辺慎太郎がその秘訣をエクステリアデザイナーに訊いた。

メルセデス・ベンツ・グループのデザイン変遷と将来

渡辺慎太郎、メルセデスのデザイナーにインタビュー
パリでワールドプレミアされたメルセデスAMG EQE 53。プラットフォームはEQSと共用するEVA2を採用する。

メルセデス・ベンツのデザインは現在、チーフデザイナーのゴードン・ワグナー率いるデザイン部が、メルセデス・ベンツ、メルセデスEQ、メルセデスAMG、そしてメルセデス・マイバッハの4ブランドを統括している。今回はエクステリア・デザイン担当のロバート・レズニック氏に、メルセデスデザインの変遷と将来について伺った。

――パリでEQE SUVとそのAMG版が発表になりましたね。

「EQSと共にデビューしたBEV専用アーキテクチャのEVA2を共有するモデルはこれで一応出揃ったことになります。一応、と断ったのは、来年にはEQS マイバッハを追加導入する予定なので。いまは2025年に向けてBEV用の新しいアーキテクチャを開発中です」

――アーキテクチャの開発にもデザイナーは関与するのですか。

「アーキテクチャの開発要件には、セダンだけかSUVにも使うのか、最大何インチのタイヤを履くのか、そもそもホイールベースはどれくらいなのかなども含まれます。プロダクト・ポートフォリオに従って車種は決定されますが、我々デザイナーが開発の段階から参画できることで、例えばアーキテクチャが完成したあとに、これだと21インチのタイヤが入らない!なんてことがなくなります」

クレイモデルを使った3Dデザインを踏襲

――以前、メルセデスのデザインはデビュー前に最大6年かけて練り、新車発売期間が約6年、さらにその先も路上にはあるのでだいたい15年はもつようにしていると聞いたことがあります。いまでもそれくらいのライフサイクルですか。

「いまはデザインに3年から4年、販売に5年で最低でも約10年先を見越してスタイリングを決定しています。デザイン期間が短くなったのはデジタルツールが使えるようになったからですが、メルセデスはいまでもクレイモデルを使った3Dでのデザイン評価を大切にしています。

最近の他社のデザインの中にはクレイをほとんど使わずディスプレイの中だけで描いたと覚しきものが見られるようになりました。我々デザイナーなら、それは見ればすぐに分かります。でもそういうデザインは、いまは目新しく映るかもしれませんが3、4年もすれば飽きられてしまうでしょう。

生産が終わってもそのクルマは地球上をまだ走り続けるわけで、我々はそうなっても古さを感じさせないデザインを目指しています。昨日、たまたまパリの街角で初代ルノー トゥインゴを見かけましたがいまだに色褪せない素晴らしいデザインだと思いました」

メルセデスEQのセダンとSUVが趣を異にする理由

渡辺慎太郎、メルセデスのデザイナーにインタビュー
写真のEQE SUVはもちろん、EQS SUVもセダンモデルと比較すればやや保守的な感じも受ける。しかしそれはBEVならではのパッケージを採用したからだとメルセデスは語る。

――EQSとEQEはいずれも前衛的なデザインで、未来を感じさせるような雰囲気を持っていると思います。一方で、EQS SUVとEQE SUVはそれと比べるとかなりコンサバティブな印象を受けます。これは意図的にそうしているのか、そうだとしたらその理由はどんなことなのでしょうか。

「ここ数年、さまざまなメーカーがBEVを登場させましたが、そのほとんどの最初のモデルはSUVでした。テスラは違いますけどね(笑)。我々も最初はEQCでした。なぜなら、SUVのパッケージはBEVへのコンバートが簡単だからです。床下にバッテリーを敷き詰め、エンジンをモーターに置き換えて終了です。

では、SUVよりも車高の低いセダンはどうするか。バッテリーも人もきちんと収めるには、やはり専用のプラットフォームを用意したほうがいいと考えます。吸排気系を持たないモーターはエンジンよりもコンパクトなので、必要とするスペースが小さくて済む。EQSやEQEがキャブフォワードのパッケージになっているのは、BEVならではのパッケージを採用したからです。

こうすることで室内の特に前後方向を長くすることができるので。確かに、EQSとEQEのSUVのスタイリングはコンサバティブに見えるかもしれませんが、EQS SUVのCd値は0.26です。SUVでこのCd値はトップレベルです。航続距離という要件を抱えたBEVにとってエアロダイナミクスは大変重要で、その部分はきちんとクリアしています。

現在のメルセデスのデザインは、例えるならチャックが大きく開いた状態なんです。片方がEQSやEQEのBEVらしいデザイン、もう片方はICEやEQS/EQEのSUVといった従来のデザイン。これがじきに、チャックを閉めるようにひとつになります。おそらく10年以内にチャックは閉まるでしょう」

ICEとBEVの共有には無理と無駄が生じる

渡辺慎太郎、メルセデスのデザイナーにインタビュー
メルセデス・ベンツが新たに開発したEVA2アーキテクチャは、EQS/EQE、そしてEQS SUV/EQE SUVが共用する。

――BEVのデザインに関してはメーカーによって考え方がさまざまですよね。現状のBEVデザインをどのように見ていますか。

「おっしゃる通り、特にBEVのデザインはメーカーによってコンセプトや哲学がさまざまです。その背景にはコストや生産設備など、色々な理由があるでしょう。ビジネスの観点から言えば、ひとつのボディでICEとBEVを共有したほうがコスト的に助かります。

でも、エンジンを入れるためのボンネットはモーターを入れるには背が高いし広すぎる。ICEでは室内の上下方向に十分なスペースが確保できても、BEV用に床下にバッテリーを積むとフロア高が上がってしまう。

えっと、私はBMWの新型7シリーズとか、特定のモデルのことを言っているわけではないですよ(笑)。ICEとBEVが共有するとどうしても無駄や無理が生じてしまうのです。だから我々はわざわざEVA2というBEV専用のアーキテクチャを開発し、EQSでは0.20という量産車世界最高のCd値を達成できました。

ちなみにBMWのデザイナーに同級生がいるんです。ビジネス的成功とエンジニアリング的成功、どちらが先に獲得するか10年後が楽しみだね、とつい先日話したばかりでした(笑)」。

REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)
PHOTO/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)、Mercedes-Benz AG

渡辺慎太郎の独り言、Vol.27

メルセデス・ベンツの“ひとりモーターショー”で訊いた未来 【渡辺慎太郎の独り言】

「パリサロン」は世界有数のモーターショーのひとつであり、毎回刺激的な新型車がお披露目される場として認知されている。しかし今回、主役のひとりとして大きな注目を集めるはずだったメルセデス・ベンツは、ワールドプレミアの場としてロダン美術館を貸し切った“ひとりモーターショー”を敢行。その場を訪れた渡辺慎太郎がメルセデス・ベンツ・グループのCEOと開発者にインタビューを行った。

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著者プロフィール

渡辺慎太郎 近影

渡辺慎太郎

1966年東京生まれ。米国の大学を卒業後、1989年に『ルボラン』の編集者として自動車メディアの世界へ。199…