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泥沼へようこそ
正直に言って本企画では、誰にでも“買え”と気軽に言えるようなクルマを取り上げない。読んで、写真を見て、とっても気に入って心中するくらいの熱情と覚悟がふつふつ生まれて初めて“アナタにとってのオススメ”となる。お金のことをハナから気にしてしまうタチなら諦めたほうが身のためだ。ゼッタイに買わないでね(笑)。
もし仮に実践されるというのであれば、“買ってしまえば、なんとかなるものさ”を至言としてほしい。楽しい中古ガイシャライフを満喫したいなら、まずはノーテンキな楽天家にならなければいけない、プラス、少しの経済的余裕だ。“細かいこと気にしい”は手を出してはいけない。筆者は20代の頃からそれを実践してきた。モノを見ないで買ったことも多々あった……。
というわけで本企画にもいよいよ更なる“泥沼どっぷりハマり系”の選択肢が登場し始める。ポルシェやフェラーリは沼だろうがなんだろうが別にいいのだ。持っていると言えるだけでシアワセというブランドの高みが、泥沼の中でもなんとかアナタをつま先立ちさせてくれるから。前回のマセラティあたりからそれは怪しくなってくる。今回のアストンマーティンはさらにもうアップアップで、つま先ジャンプをしてもらう覚悟がないといけない。泥沼だというのに。
個体はアナタの運次第
DB9。デービーと聞くだけでもうすでに芳しく香ばしい。その美しさは誰もが認めるところ。大いにツウ好みだ。個人的には前期及び中期型、つまりヴィラージュ顔になる前の端正な顔立ちがアストンマーティンのDBらしくていいと思う。
まずはこの内外装のしつらえにゾッコン!、という方でなければ決して中古DB9に手を出してはいけない。「某F」や「某P」に比べると英国の老舗もんは究極の自己満カーなのだ。それを承知のうえで手に入れたなら、オマケの悦びとしての贅沢な12気筒エンジンがアナタをさらに素晴らしい泥沼へと沈めてくれる。諭吉さんの屍がこれでもかと混じった泥沼は、けれどもその美しさとは裏腹のV12サウンドを天高く轟かせた瞬間に、あなただけにはチョコレートの泉になり得る。
できるだけ良い個体を、なんてアドバイスを細く言い募っても始まらない。当たりか当たりじゃないかはアナタの運次第。ならば少しでも愛着の強まるよう、細かな程度なんかよりむしろ色味にこだわった方がいい。あとはインテリアの程度。もっともレザーまわりなら一流の職人が蘇らせてくれる(近々ボク自身が薦めたモデルを自分でも買ってみて、買ってからのプチレストアの楽しみなどもリポートしようと思っている)。
モダンアストンにおける完成形
前期中期にはマニュアル個体もレアだがあった。でも大抵はタッチトロニック2というボタン式変速レバー無しのトルコンATだ。そっちの方がDB9のGTキャラにはお似合い。長いボンネットフードを開けてしげしげ眺め入ったところでホントの状態などわからない。異音やオイルにじみなど特に気になるところさえなければ思い切って好きな色を買え、という以外に良いアドバイスなどない。
どちらかと言えば、イチかバチか。気軽に相談できる万能な主治医が周りにいないという人は、やっぱり見送ってもらった方がよさそう。間違ってもディーラーに出せばいいやなんて思わないように。正規のメンテナンスコストはめちゃくちゃ高い。あっという間に車体購入金額くらい積もってしまうから。
これだけ脅しておけばいいだろう。あとはDB9の悦楽に浸ってもらうのみ。そのクーペスタイルはV12ヴァンキッシュ以降のモダンアストンにおいてひとつの完成形だった。DB9より美しく整ったエクステリア&インテリアデザインを持つアストンマーティンはその後現在に至るまで現れていないと思う。シンプルかつビューティな佇まいなど、そうそうバリエーションがあるわけではなかった。
官能的なV12エンジンはおまけ
そして12気筒エンジンの愉悦である。ラウドに太く乾いたサウンドを発する。これはもうこの先、新たに耳で味わうことのできない類の音だ。V12エンジンフィールはランボルギーニほど豪快でなければフェラーリほど精緻でもない。けれどもその美しきスタイリングとは大いにギャップのあるワイルドなサウンドだ。そしてエンジンそのものはその由来ゆえ丈夫である。
前期型なら本体価格500万円くらいから見つかる。ということは、今、世界でもっとも安く購入できるV12エンジン搭載の官能スポーツカーだ。絶滅危惧種の12気筒エンジンを一度試すには最高の……。あ、いやいや違う違う、やっぱりこのスタイリングに惚れ抜いたうえで、12気筒というオマケの魅力を楽しむという余裕のよっちゃんで狙って欲しい。いつなんどきどこで停まってしまってもいいように。