陸上自衛隊:ヘリコプターの能力を見る②「緊急患者空輸」自衛隊ヘリを救急ヘリとして活用し続ける部隊

第15旅団第15ヘリコプター隊の編成は、本部および本部付隊、第1飛行隊、第2飛行隊と3個の基幹部隊から成る。第1飛行隊は多用途ヘリUH-60JAを運用している。
ヘリコプターの能力を見るシリーズで、前回は「ヘリボーン」に注目し、そのなかで消火活動も少しご紹介した。関連して、自衛隊ヘリは空飛ぶ『救急車』としても実働していることに今回は注目。その中身は医療インフラが不足している離島地域で発生した急病人や事故等による負傷者を高度医療施設まで空輸する活動だ。緊急患者空輸を行なっている沖縄県での陸上自衛隊ヘリ部隊、その対応状況の一端をご紹介する。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

島国である日本は数千個もの「離島」を抱えている。人々が暮らす小規模な有人島では多くの場合、社会インフラが不足している状況がみられる。不足しているのはたとえば医療面だ。診療所がひとつだけ、常駐医師もひとりだけ、などといった状況だ。

そんな医療過疎地域や離島で暮らす住民に急病や事故等での傷病者が発生、その島の医療施設では対応できない深刻な容態のいわゆる急患が発生した場合は、高度救命救急医療が施せる別の場所まで物理的に運ばなければならない。こうした現況は日本の各地で今も起きている。

陸上自衛隊・西部方面隊、第15旅団(沖縄県那覇市)の第15ヘリコプター隊による急患空輸の様子。離島から運んできた急患を那覇の救急隊へ託している。写真は第1混成団「第101飛行隊」当時のもの。
15ヘリ隊に配備されたUH-60JAの機内。本機の機内空間は割と広く、横幅は患者搬送用のストレッチャーをそのまま収容できるサイズとなる。

こうした事態に対応するため、自衛隊は災害派遣任務のひとつとして離島などの救急患者を自衛隊の航空機を使って緊急空輸を行なっている。緊急患者の航空機による輸送は「急患輸送」(急輸)や急患空輸などと呼ばれる。

令和3年版の防衛白書によると、令和2(2020)年度の災害派遣総数は531件。このうち349件が急患輸送だった。なかでも南西諸島(沖縄県と鹿児島県)や小笠原諸島(東京都)、長崎県の離島などへの派遣が大半を占めている。その内訳は、高齢者の救急患者が最も多く、そのほか急な出産や船舶事故などでの緊急輸送もある。また「他機関の航空機では航続距離が短いなどの理由で対応できない、本土から遠く離れた海域で航行している船舶からの急患輸送や転覆などの緊急を要する船舶での災害の場合については、海上保安庁からの要請に基づき海難救助を実施しているほか、状況に応じ、機動衛生ユニットを用いて重症患者を空自C-130H輸送機にて搬送する長距離患者搬送も行なっている(防衛白書)」となっている。ちなみに自衛隊だけが急患輸送を行っているわけではなく、同じく離島地域では海上保安庁も対応し、消防やいわゆるドクターヘリのシステムや、自治体の防災ヘリや民間のレスキューヘリなども同様だ。

この災害派遣による急患輸送、とくに急患空輸任務を常時行なっている部隊が陸上自衛隊にある。西部方面隊、沖縄県那覇市に置かれた第15旅団、その第15ヘリコプター隊だ。15旅団は昔、第1混成団と呼ばれ、15ヘリ隊は「第101飛行隊」と呼ばれていたが陸自の改編により現在の名称になっている。

沖縄県の沿岸部の海面上でホバリングするUH-60JA。15ヘリ隊は洋上飛行が必須のため飛行訓練は精力的だ。

15ヘリ隊の急患空輸は古くから行なわれている。前身の101飛行隊は1972年(昭和47年)に米軍から緊急患者の空輸任務を引き継いでいる。これ以降、現在までの急患空輸件数は9978回、空輸患者数は1万343名を数える(2022年2月25日現在、同隊発表による)。

これは、2日に1回の出動、もしくは3日間で2回という頻度での活動イメージになる。部隊はこれを24時間体制で365日、行なっている。約10名が待機に就き24時間交代制だ。ヘリ隊には緊急患者空輸隊を編成し、急患空輸隊長のもと指揮連絡班/第1空輸班/第2空輸班から成る。15ヘリ隊の本来の仕事は15旅団の輸送任務等だが、部隊に配備されている数種の航空機(固定翼機/回転翼機)でこの急患空輸を続けている。

沖縄県は約160の離島を抱えており、そこで急患空輸を行なう15ヘリ隊の担任空域は極めて広大なものになる。これは東西に約1000km、南北に約500kmとなり、面積は約50万㎢にもなる。この面積・広さの値は、タイやスペイン、トルクメニスタンなどの国土面積とほぼ同じになる。15ヘリ隊はこうした広大な空間で急患空輸を行なっている。

15ヘリ隊第2飛行隊は輸送ヘリCH-47JAを運用する。写真は昔のもの。

15ヘリ隊の急患空輸出動は深夜や悪天候下などが多くなる。具合が急に悪くなるのはえてして夜中だったりする。悪天候では事故も起きやすく怪我人も発生しやすくなるのは充分に想像できること。つまり、航空機の運航制限に迫ると条件や環境で飛ぶことも多いわけだ。それは苛酷な内容となる。

そもそも急病者や大怪我をした人を運んでいるのだから急ぎたい。しかし同時に患者の容態が高速度や高高度、姿勢変化が激しくならざるを得ない飛行を受け付けないかもしれないし、気象状況にも影響を当然受ける。動脈瘤破裂の疑いなどがある急患の場合は患者そのものを動かせないことも多い。その場合は、医師などの医療スタッフを乗せ、那覇から急行することもあるという。

そして本部付隊では固定翼機の連絡偵察機LR-2を運用している。この機体でも急患空輸を行なっている。

先に紹介した「2日に1回」の頻度で急患空輸に出動するような状況にあるのは、沖縄県の救急医療・インフラ整備不足にあるはずだが、それは離島地域の地理地勢に影響される簡単には解決しがたい大きな事情も関係する。だからといって自衛隊頼みの構造でも仕方がないと、いつまでも先送りしていいものでもないだろう。この先さらに加速度的に影響が出る少子高齢化社会を踏まえれば、対策や整備は急務のはずだ。

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…