父が乗っていたのと同じXXが欲しかった! 極上セリカXXオーナーはTA63セリカと同時所有する超マニアだった! 【第6回昭和平成クラシックカーフェスティバル】

近年ではキャブレター時代の旧車だけでなく、1980年代から90年代、ひいては2000年代初頭のちょっと古い「ネオクラシックカー」人気が加熱している。一時期なら50万円以下で買えたネオクラは、今や数百万円が当たり前。そんなネオクラ人気の筆頭格であるセリカXXの極上車をイベント会場で見つけた。
PHOTO&REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
1984年式トヨタ・セリカXX2000GTツインカム24。

1980年代のスポーティな国産に数多く採用されたリトラクタブルヘッドライト。今ではネオクラシック人気を支えるアイコンとして定着している。ただ古くから乗られている人や当時を知る人にとって、今ほどの人気は想像できなかったかもしれない。

リトラでなくても空気抵抗値を下げるデザインはすでに一般的だし、何よりモーターの故障などトラブルの原因にもなるのだから。とはいってもライトを「パカパカ」と上げ下げするのは見ていて楽しめることも間違いない。そんなリトラのスポーティカーを代表する1台がセリカXXだろう。

カクカクしたボディスタイルが今見ると新鮮。

セリカXXは1978年にセリカの上位機種として発売された。セリカがクーペとリフトバックをラインナップしていたことに対し、XXはリフトバックをベースとした3ドアモデルのみ。さらに直列6気筒エンジンを搭載するためフロントノーズが延長され、ロングノーズ・ショートデッキスタイルを強く印象付けた。

ただ、国内で人気があったとは言い難く、1981年にフルモデルチェンジした2代目XXで人気が爆発する。というのもリトラクタブルヘッドライトを採用した精悍なスタイルが、初代のラグジュアリーな印象を払拭していたからだ。

純正アルミホイールまで極上レベルを保つ。

当初は2.8リッター直列6気筒エンジンのみがDOHCヘッドを採用して、2リッターの上位グレードはSOHCターボ。国内での主力モデルは2リッターだったから、同年に発売されDOHCエンジンを採用したDR30スカイラインRSに対してアピール度合いが一歩足りなかった。

ところが翌年になると新開発された2リッター直列6気筒DOHCである1G-GEU型を搭載する2000GTツインカム24が追加される。これで役者が揃ったと思っていたら、スカイラインはDOHCターボ、さらにDOHCインタークーラーターボと立て続けに高性能バージョンを追加していった。

リヤウインドーにオプションだったルーバーを装備。
80年代のトヨタ車はエンジンの種類をデカールで誇示するのが特徴だった。

XXにもDOHCターボが追加されるかと思われたが、結局ターボは開発されず最後までDOHCで通したのは無用な価格上昇を抑えるトヨタの良心だろうか。ところがセリカXXからスープラへと名を変えるや、ソアラ同様に2リッター・ツインターボを採用するのだから、時期尚早と判断されたのかもしれない。

話は戻ってXXは1983年のマイナーチェンジでドアミラー化を果たし(なんと前期モデルはフェンダーミラー仕様!)、本来の魅力あるスタイルをようやく引き立てることになった。

1G-GEU型2リッター直列6気筒DOHCエンジン。

3月5日に埼玉県羽生市で開催された昭和平成クラシックカーフェスティバルの会場には、2台の2代目セリカXXが並んで展示されていた。どちらもナンバープレートに化粧プレートがつけられ、そこには「TOYOTAカローラ店80’s」と書かれている。

これは80年代当時にカローラ店で扱われた車種だけが集まるオーナーズクラブの名称で、会長やメンバーともに過去取材でお世話になった人ばかり。ここで紹介するXXのオーナーである辻村真史さんにしても古くから知っている人だが、静岡県在住だから埼玉県のイベントで会えるとは思っていなかった。

インテリアはフルノーマルをキープしている。

久しぶりに話を聞けば、たまたま神奈川県に赴任中なので埼玉県のイベントに参加できたとのこと。辻村さんは40歳でこの手のクルマのオーナーとしては若い世代になるが、XXを手に入れたのは今から16年も前の2007年のこと。購入時に20代だったわけで、84年式XXと同世代。

新車時を知るわけがないと思われるのに、なぜXXを20代の若さで買ったのだろう。そう聞けば「父が昔乗っていたXXが忘れられなかった」とのこと。お父さんが新車で買われたセリカXXに幼い辻村さんが同乗していたわけだが、当時の記憶だけでなく残された写真などで忘れられないクルマになったのだろう。

メーターパネルはアナログからデジタルに変更した。
純正カセットステレオの上はクルーズコンピューター。

「当時はこんなクルマ誰も見向きしなかったので激安でした」と語る辻村さんだが、安いから手に入れたわけではない。これだけのコンディションを維持しているだけで、どれほど苦労されてきたか想像するのは容易い。ボディは全塗装されて極上な状態を保つだけでなく、モールやエンブレムなどまでキレイな状態にある。

当然ガレージ保管であり、劣化しやすいゴムパーツなどは部品が手に入る頃からストックして交換されたことだろう。さらにボンネットを開けたエンジンルームまでキレイな状態で、こまめに手入れされていることを示している。

フロントシートには純正オプションのカバーを被せている。
お父さんが乗っていた当時のブランクキーをビニールに入れて保管している。

これまで変更したのはアナログだったメーターを当時オプションだったデジタルメーターに取り替えたことくらい。純正をキープすることが辻村さんのこだわりであり、改造やカスタムには興味がない。とはいえ、この年代のクルマをノーマルで維持するのは大変なことで、カスタムや改造パーツにしてしまうのが手っ取り早くて安上がりだったりする。

純正にこだわるのは当時の写真や思い出があるからだろう。さらに実家にはお父さんが乗っていた時代に追加したブランクキーがあり、全く同じものを見つけ出して現在愛用している。こんなところもこだわりであり楽しみのポイントなのだ。さらに辻村さんはこれまた極上ノーマルを保つTA63セリカ(XXと同じ世代の通常のセリカGT-TR)まで所有している。もはやマニアを通り越して変態(褒め言葉)の域にまで達しているのだ。

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著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…