日産は初代マーチをベースにレトロなスタイルを与えたBe-1を1987年に発売する。80年代後半といえばバブル景気に日本中が浮かれ、同時にキャブレター時代の古い国産車が「旧車」と呼ばれ人気になっていった時期でもある。時代背景にちょうど合っていたレトロなスタイルのBe-1は限定生産と予約販売という販売方式を採用したが、予約開始と同時に注文が殺到し、瞬く間に受け付けが終了してしまった。
Be-1での人気に勢いがつき、1989年にはパオ、1991年にはフィガロと立て続けに「パイクカー」たちが発売された。パイクカーたちは今やネオクラシック人気と相まって大いに注目される車種となっている。特にフィガロは高品質なインテリアやルーフが開閉すること、ターボエンジン搭載車などといった要素が重なり日本だけでなくイギリスでもマニアの支持を集めている。良いデザインのクルマは国境を超えて愛されるという証でもある。
そのため現在の中古車市場では新車価格を上回る個体が数多く流通していて、中には新車価格の倍という個体まである。高値の相場はこれからも続くと予想される異常事態なのだ。発売から30年以上を経た旧車であり、かつ痛みやすい本革シートが良い状態で残っているものだと過去の手入れや保管状況がものをいう。
維持する手間を考えたら高値の相場も致し方ない部分はある。3月5日に埼玉県羽生市で開催された「第6回昭和平成クラシックカーフェスティバル」の会場に、まさに極上と表現できるフィガロが展示されていた。よくぞこの状態を保ってくれたと思わせるほど外装だけでなく内装の状態が良いため、近くにいたオーナーに話しかけてみることにした。
オーナーと思って声をかけた嵯峨晋さんから「妻のクルマなんです」と聞いて、さらに驚くことになった。夫婦で旧車イベントに参加する例は少ないと言ってよく、多くの場合は男性だけでエントリーしている。とはいえ夫婦で参加するほど奥様の理解があれば、旧車趣味は長く続けられる。ところがオーナーが奥様という例は数多くの旧車オーナーと接してきたが、あまり例はない。むしろ奥様が好きであれば旦那さんも楽しめるわけで、旧車ライフの理想的なあり方でもあるだろう。
フィガロを選ばれた理由はレトロなスタイルと可愛らしさ、ATながらターボエンジンで走りも良いこと。現車を購入されたのは2018年のことで、すでに相場は上昇傾向にあったが程度の悪い個体ではなく極上車を探した。すると広島県で条件に合う売り物を発見。お住まいの都内から駆けつけ、実車を見て決められたという。
確かにこの程度の良さであれば予算を度外視してでも欲しくなることだろう。「前オーナーに感謝です」と語るよう、レストアせずに良い状態を保つには紫外線の当たらないガレージ保管であったり定期的なメンテナンスを継続するなど手間がかかるもの。嵯峨さんが購入した時点で27年が経過していたのだから、この状態を維持してきた前オーナーに感謝の気持ちが湧くのも当然のことだろう。
現オーナーである嵯峨さんの情熱も前オーナーに負けていない。トラブルはないものの予防的に整備を実施。冷却系やブレーキ、足回りの部品を数多く交換されている。さらにボディ剛性を補うためタワーバーを追加するなど、できるだけ長く乗るための処置を施している。
個体の維持だけでなく純正オプションパーツの収集にも情熱を傾け、手に入らないものはDIYで作ってしまうなどフィガロをこよなく愛されている。ところが話を続けているうち、さらに驚くことに。なんとフィガロより前のパイクカーであるパオまで所有されているというのだ。もしかすると今後、Be-1やエスカルゴなどまで触手を伸ばされる可能性も捨てきれない。パイクカー愛に溢れる嵯峨さんご夫婦なのだった。