退職金を使ってでも欲しかった! 驚きの走行4万キロ台 程度極上R33スカイラインGT-Rが売っていた! 【第6回昭和平成クラシックカーフェスティバル】

中古車を探すとき、ついインターネットで検索していないだろうか。古い国産車の場合だと自分の足で情報を掴むことが意外と大事。実に中古車センターに置いてあったというR33スカイラインGT-Rは、一眼見て誰もが欲しくなるような極上車だった。
PHOTO&REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
1998年式スカイラインGT-R。

続けてお届けしてきた第6回昭和平成クラシックカーフェスティバルのリポートもこれで最後。大トリはこの日の展示車を見て最も驚いた1台を紹介したい。その名も日産スカイラインGT-RでR33型だ。ご存じのように第二世代GT-Rの中古車は世界的な人気車となり価格が高騰してしまった。R33はR32に比べてボディが大型化したため人気が低く、数年前までは庶民でも十分に狙える価格帯にあった。

ところがここ数年でアレヨアレヨと相場が上がり、もはやベースグレードで500万円台が下限、上はVスペックで1000万円をゆうに超える。以前と違いR32より高めの相場に推移してしまったのだが、乗ればわかることでR32より大きなボディは比べ物にならないくらい剛性感が溢れ、運転自体が楽に感じられるほど。もっともR34はさらに良いので相場もさらに高い。もはや諦めの対象と言えるだろう。

フルノーマルを保つ驚きの状態。

R32ほど人気が出なかったR33だから、GT-Rといえど激しくチューニングされた個体よりフルノーマルで残っている確率は高そうだ。そう考えてR33の中古車を探そうとインターネットで検索することだろう。確かに良い個体が見つかるけれど、その価格は相場通りか相場より高めであることが多い。

業者側でもネットに出すと店舗のある地域だけでなく全国から問い合わせがあることを知っているので、強気の価格を提示していることが多いのだ。でもちょっと待ってほしい。意外に街の中古車センターには良い個体がお手頃価格で並んでいることもあるからだ。

マフラーだけNISMO製にしてある。
ガリ傷ひとつない純正アルミホイール。
吸気系を含めエンジンはもちろんフルノーマル。

今回紹介するR33GT-Rだけでなく、過去に取材したネオクラックカーのうち、やはりフルノーマル極上車が相場より安く買えたというオーナーが何人かいる。皆さんいずれもネットで探したわけではなく、自分の足で探されていた。しかも見つけたのは街の中古車センターやディーラーであることがほとんど。例えば日産車なら他メーカーのディーラーに入庫しても高値を付けづらいから、相場より安めだったりする。意外な盲点で今回紹介するスカイラインGT-Rのオーナーである川村さんもそんな一人。

室内もフルノーマルでわずかにカーナビだけ追加。

川村さんは現在65歳ですでに定年退職されている。在職時の趣味はスキー三昧だったそうで、クルマは好きなものの趣味にはしてこなかった。ところが気持ちの中では絶えず趣味のクルマが欲しいと考えていた。そこで退職と同時に退職金の一部を使って日産と吸収合併する前のプリンス時代に生産されたS54スカイラインを手に入れた。このエピソードだけでも相当なクルマ好きであることが伝わってくる。

なんと、走行距離は4万キロを超えたばかり!
カーナビだけ変更してある。

退職されて悠々自適の日々だが、仕事がないとやることがないというお話をよく聞く。その点、川村さんにはS54スカイラインがあるから、渋滞しがちな土日を避けてドライブを楽しまれてきた。ただ、川村さんにはさらなるお目当てがあった。それがR33スカイラインGT-R。以前からどうしても欲しかったとお話しされ、良い個体を探していたのだ。

ここまでスカイライン好きなら、過去に乗っていたことがあるのでは?と質問すれば、やはり若い頃にハコスカ、ケンメリ、ローレルと乗り継いだ過去があった。おまけにお勤めだったのは日産ディーラーで、長くサービスフロントを担当されてきた。至極納得な経歴の持ち主だったわけだ。ところがローレルの後でスキーの魅力に開眼。以来、趣味はスキーだけと割り切ってきたのだ。

赤いステッチが鮮やかに残るシート。
希望ナンバーにするならこれしかない!

スキーを楽しみつつ仕事に打ち込んできた川村さん。同じような人生を過ごされた方は多いことだろう。川村さんが普通の人と少しだけ違うのは、退職金を使ってでも以前の趣味を取り戻したこと。S54スカイラインに乗りつつ、近所の中古車センターを覗くと、なんとお目当てのR33GT-Rを見つけた。しかも内外装がフルノーマルなら、走行距離は4万キロになるかどうかという超極上車。

「これを買わずしてどうする」と自分で自分を納得させ、決して安くはない金額だったものの残りの退職金を使うことで契約してしまったのだ。実はR33GT-Rはイベントに出る直前に手に入れたばかり。イベント主催者にはS54で参加すると伝えたものの、R33のことを話すと「ネオクラシックに力を入れるのでぜひ!」と乞われてしまったのだとか。そんなわけで初披露目の会場で偶然にも目にできた極上GT-Rだった。

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著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…