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インドで急成長するSUV市場、約6割のユーザーがSUVを選択
フロンクスはスズキのインド子会社、マルチ・スズキ・インディア(以下マルチスズキ)が生産する。23年1月のデリーショーでデビューし、4月にインドで発売。すでに中南米、中近東、アフリカなどでも販売されており、満を持しての日本導入となった。
SUVが人気なのは洋の東西を問わないが、インドのそれは突出しているようだ。JETRO(日本貿易振興機構)がレポートしたインド自工会の統計によると、昨年の乗用車販売は420万台強で、そのうちSUVは252万台。シェアはなんと60%だ。2年前の2021年が149万台で48.5%だったから、その急成長ぶりがわかる。
フロンクスのエクステリアを担当した前田貴司さんによれば、「インドの人が新車を買うときは、まずSUVから検討し始めるというのが実情だ」。その理由については、「力強く見えることがとても大事で、マッチョで逞しいクルマとしてSUVが選ばれている」と教えてくれた。
ただ、再び2021年の統計を見ると、マルチスズキのシェアは乗用車全体では43%だが、SUVに限ると19.5%と、やや苦戦していた。インドの地場の自動車メーカーにはタタ・モータースとマヒンドラ&マヒンドラという二大勢力があり、どちらもSUVに強みを持つからだ。
マルチスズキは16〜17年、クロスオーバーSUVのビターラ・ブレッツァやイグニスを投入。ビターラ・ブレッツァは、ハンガリー工場で生産してインドには導入されなかった4代目ビターラ(日本名エスクード)をベースに、全長を180mm切り詰めて3995mmにしたモデルだ。マルチスズキ主導で開発し、同社が生産した。
インドでは全長4m未満/排気量1200cc未満のコンパクトカーには新車購入時の税制恩典があるので、そこがメインストリームであり、激戦区でもある。しかし、それまでフレーム付きSUVを得意としていたタタやマヒンドラも、同じ頃から全長4m未満のクロスオーバーSUVが成長市場と見てニューモデル攻勢を仕掛けていた。
負けられないマルチスズキは「SUV市場でシェア40%、乗用車全体で50%」の目標を掲げ、22年にブレッツァとグランドビターラを相次いで発売した。ビターラ・ブレッツァのボディ骨格を受け継いで大幅改良したのがブレッツァ。グランドビターラは4代目ビターラよりサイズを拡大し、協業パートナーのトヨタのインド合弁工場で生産する。インドでは販売していなかったビターラをベースに、二つの新しいSUVを揃えた格好だ。
そして、それらに続いて投入したのが、今回のフロンクスである。全長はブレッツァと同じ3995mmだが、ブレッツァが4代目ビターラのプラットフォームを使うのに対して、フロンクスは22年にモデルチェンジしたハッチバックの2代目バレーノをベースとする。
クーペスタイルという新機軸、決め手はツートーンの塗り分け
スズキはフロンクスを「クーペスタイルSUV」と呼ぶ。エクステリアデザイナーの前田さんは「コンパクトクラスのクーペSUVはフロンクスが初めてだ」。ただし、「ボクシーなSUVが売れているなかで、それとは違う変化球を投げて受け入れられるかどうか、当初は半信半疑な気持ちもあった」という。
その疑問は、実際のデザインワークを始める前に解決した。「どんなシルエットが新鮮に感じてもらえるのか? いくつかスケッチを描いて(一般ユーザーに)ヒアリングを行ったところ、やはり従来にないクーペ的なものが新鮮に映ると確認できた。一歩先を行くシルエットがトレンドに合致すると考えた」と前田さんは振り返る。
インドでは経済成長で中間層の所得水準が底上げされているという。「それにつれてクルマの購買層も変化してきている」と前田さん。ターゲット層を定めるのが難しそうだが、「13億人の人口のうち、クルマを保有しているのはまだ2億人ほど。スズキとしてはエントリーユーザーに軸足を置いている」。だからお洒落なクーペSUVのフロンクスといえども、税制恩典のある全長4m未満に抑えているのだ。
全高はSUVとしては低めの1550mm。クーペらしくBピラーから後ろのルーフラインを滑らかに下降するが、後席に座ると充分なヘッドクリアランスがある。バックウインドウを強く傾斜させ、キャビンを短く見せたのもクーペらしさの要素。それでいてスポイラーでルーフラインを延長し、その後ろ下がり感を強調したのも、デザインの巧い工夫だ。
さらに前田さんは、「クーペらしく見せる決め手はツートーンの塗り分け」と告げる。リヤピラーに黒いガーニッシュを組み込んだのは、なるほど妙案。黒いルーフがガーニッシュにつながって見えるので、遠目にはまるでファストバックだ。
実寸以上にボディに見せる、伸びやかで力強い足し算のデザイン
実は筆者は取材で初めてフロンクスを前にして、トヨタ・ヤリスクロスやホンダ・ヴェゼルなどと同じBセグメント、つまり全長4.2〜4.3m級のSUVだと直感していた。それほど伸びやかなプロポーションに見えたわけだ。「ダブルフェンダー」と命名されたユニークなフェンダーの造形が、実寸以上にボディが長く感じさせる秘密だろう。
どうダブルなのか? まず注目したいのが、前後フェンダーの高い位置に走る稜線だ。SUVらしいリフトアップ感が生まれるので、これはSUVの常套手段のひとつ。そして、この稜線から下はホイールアーチに向けて徐々に面を膨らませるのが一般的な手法なのに対して、フロンクスではそこにもうひとつ立体を加えた。
SUVの典型的なフェンダーにスポーツカーのようなブリスターフェンダーを重ねた・・とでも言おうか。上の稜線も下の立体も前後方向に勢いを持つから、サイドビューが伸びやかに見えるのだ。
「ダブルフェンダーにせずに滑らかな面でフェンダーを作ると、ボディが重たく見えてタイヤの存在感が負けてしまう。フェンダーを上下に分けてダブルにしたら、前後方向の長さ感も見えてきた」と、前田さんは開発当時を振り返る。しかしこれは言わば、足し算のデザインだ。近年は欧州車を中心にシンプル指向の引き算のデザインがトレンドのように思えるだが?
その問いに対して前田さんは「確かにインドでも、とくに若い世代はグローバルな情報を機敏に取り入れているので、欧州車とインド国産車のデザインの差がなくなってきた」と前置きしつつ、「新型スイフトがシンプルでクリーンなデザインになったので、それとは違うお客様にアピールしたい。SUVの逞しさや存在感を見せるには、ディテールを含めて見応えのあるデザインにすることが相応しいと考えた」と説明してくれた。やはりSUVは逞しさが大事なのだ。
そしてインテリアを担当した増田 茜さんが、こう補足する。「コンパクトSUVの市場でフロンクスは後発になるので、独自の個性をしっかり主張しなくてはいけない。市場で埋もれないように、エクステリアもインテリアも足し算でデザインしたところがある」
後編ではインテリアを中心に、さらにフロンクスのデザインを深掘りしていく。