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吉利汽車(ジーリー)がボルボを傘下に収めるまで
ジーリー(Geely=吉利汽車)」がグループ全体で年間279万台を販売するほどの大企業に成長するまでには、多くの困難が立ちはだかった。1986年、中国・浙江省に本拠地を置くジーリーは冷蔵庫メーカーとしてスタートを切った。その後、自動車産業に憧れていた創業者の李書福氏は1993年に国営の二輪車製造工場を買収し、まずは中国初の国産スクーター製造に乗り出すこととなる。高級車製造の夢を描いていた李氏だったが、当時の中国では自動車の製造を厳しく制限しており、限られた国営企業・工場のみ許された業種だった。それでも諦めなかった彼は、1996年にアウディ 100のシャシーに、メルセデスベンツEクラス(W210)のような見た目のボディを合わせた試作車「吉利一号」を完成させた。
設備や製造免許を手に入れるため、ジーリーは1997年に国営の自動車工場を買収、翌年8月8日にダイハツ・シャレードをベースとするジーリー初の量産車「豪情」がラインオフした。2001年には政府より正式な自動車製造認可を受けた初の民営企業となった。
2010年のボルボ買収は世界中に衝撃を与えた。すでにジーリーは香港証券取引所に上場していただけでなく、数々の国際モーターショーにも出展を果たしていた。だが、依然として世界的な知名度は低く、ましてや当時の中国メーカーなんか「パクリメーカー」として面白おかしく取り上げられる程度だった。だが、フォードに幾度となく直談判して口説き落としたジーリーは15億ドルでボルボを傘下に収めることに成功、ボルボのノウハウを取り入れたクルマ作りを推進していくこととなる。
この買収はボルボにも大きな変革をもたらした。「90」シリーズがラインアップのフラッグシップとして拡大されただけでなく、2013年にはボルボにとって46年ぶりとなる新たな海外生産拠点が中国・成都に誕生、世界中へと中国製ボルボが輸出されていった。
Lynk & Co(リンク・アンド・コー)、そしてZeekre(ジーカー)
ジーリーとボルボの協業としては、2016年にその成果が現れた。2社によって設立された新ブランド「リンク・アンド・コー(領克=Lynk&Co)」は若者をターゲットに、オンライン販売やクルマに留まらないライフスタイルの構築など、斬新なブランドイメージで話題を呼んだ。このブランドは欧州にも進出して販売しただけでなく、日本では2018年に静岡県の富士スピードウェイでセダン「03」のワールドプレミアを数億円の経費を投じて実施、日本への上陸も視野に入れているのではないかと噂された。
リンク・アンド・コーは今日まで日本でクルマを販売していないが、今回、その姉妹ブランドである「ジーカー(Zeekr)」が日本上陸間近であることが判明した。
ジーカーは2021年にジーリーが立ち上げたブランドだ。ちなみにジーリーは数多くの自社ブランドを擁することで有名で、そのなかには電動乗用ブランド「ギャラクシー(銀河)」「リヴァン(睿藍)」「極越」、ライドシェア用ブランド「メイプル(楓葉)」、ピックアップトラックブランド「レイダー(雷達)」、電動商用ブランド「ファリゾン(遠程)」などが含まれる。
元々、ジーカー最初のモデル「001」はリンク・アンド・コーの「ゼロ・コンセプト」がベースとなっている。コンセプトモデルの開発を主導したのはボルボの本拠地でもあるスウェーデン・イェーテボリに所在する「CEVT(チャイナ・ユーロ・ヴィークル・テクノロジー)」というジーリー・グループのR&Dだ。これ以外にリンク・アンド・コー車種全般の開発や、ジーリー各ブランド車種が採用するプラットフォーム、パワートレーンなどの設計も担っている。CEVTは2024年3月に「ジーカー・テクノロジー・ヨーロッパ)」へと改称、ジーカーの市場を拡大するためにより専門性を高めたと見られる。
現在までにジーカーはシューティングブレーク「001」、大型ミニバン「009」、小型SUV「X」、中型セダン「007」、小型ミニバン「MIX」、そして中型SUV「7X」の6車種を取り揃えている。2024年8月はブランド全体で1万8015台を販売、そのうちもっとも売れたのが8481台の「001」、その次に「007」4491台、「009」3195台、そして「X」1077台と続く。発売初月を迎えた「7X」は771台を記録し、「MIX」はまだ未発売という状況だ。2024年に入ってジーカーの販売台数は増加傾向にあり、毎月平均して約1万5000台を販売するほど。これまでの傾向からしてミドルサイズ以上の「001」「007」が安定して売れている一方、「X」は後述の理由で販売が伸び悩んでいると分析できる。
導入されるモデルは、「009」と「X」の2車種?
2025年にジーカーが日本に上陸する際、投入するのはまず「009」と「X」の2車種であることはほぼ確実だ。009のボディサイズは全長5209 mm x 全幅2024 mm x 全高1848 mm、ホイールベース3205 mmと非常に大柄で、角ばったシルエットと壁のようにそびえ立つフロントマスクが特徴的だ。6人乗りと7人乗りの通常モデルに加え、レクサス LM500h EXECUTIVEのような4人乗りの最上級モデル「光輝」も用意する。
009の2024年モデルはすべてCATL(寧徳時代)の三元系リチウムイオン電池「麒麟」を採用する。基本となるのは容量108 kWhだが、オプションで140 kWhも選択可能だ。航続距離は中国独自のCLTC方式で108 kWhモデルが702 km(前輪駆動で740 km)、140 kWhモデルが850 km(前輪駆動で900 km)と公表されている。巨大ミニバンのくせに足も十分に速く、7人乗りの四輪駆動グレードでは2モータ構成で最高出力777 hp・最大トルク810 Nmを誇る。0-100 km/h加速は3.9秒という驚異的な数値だ。中国での販売価格は43.9~51.9万元(約884.2~1045.2万円)で、78.9万元(約1583.5万円)の4人乗りの最上級モデルも用意する。
中国ではここ数年で新たなミニバン車種が続々と登場しており、単に「大型ミニバン」という括りで言えば、第一汽車の高級車ブランド「紅旗」の「HS9」、BYDの「デンツァ」ブランドが販売する「D9」、新興EVメーカー「理想」の「MEGA」、そして理想と同じく「中国新興EV御三家」に数えられる「シャオペン」の「X9」などが009のライバルとして挙げられる。だが、紅旗は純電動ではない上に品質があまり良くないと言われている。筆者は紅旗以外、すべて中国で試乗をしているがデンツァ D9は価格では有利なものの、内装の質感はかなりプラスチッキーだったりする。そして理想MEGAは販売不振で経営計画に影響が出るほど価格が高い。となると、同じく純電動で同等のスペックだけど009よりも8万元(約160万円)ほど安いシャオペン X9を比較の対象とする人は多いかもしれない。シャオペン X9も同じくエアサスペンションを搭載しているが、乗り心地が硬めな009とは対照的に、X9ではフランス車のようなしなやかな足回りのチューニングに驚かされた。加えて、四輪操舵(4WS)を採用する数少ないミニバンでもあり、ハンドリングや取り回しに関しては引けを取らないと言える。
一方、同じく日本に投入されると見られる「X」は全長4450 mm x 全幅1836 mm x 全高1572 mm、ホイールベース2750 mmととても小柄だ。日本でもすでに販売されているボルボのBEV「EX30」と同じ「SEA2プラットフォーム」を採用しており、両者のシルエットも非常に似通っている。
パワートレーンは出力268 hp・トルク343 Nmの後輪駆動か、422 hp・543 Nmの四輪駆動の二択で、バッテリーは容量66 kWhのみ。それ以外に4人乗りか5人乗りが選べるという非常にシンプルなグレード構成だ。実際に運転してみると小回りの効きや、スイスイ走る感覚はこの車格ならではの体験と感じる。一方でサスペンションのチューニングは未熟な印象で、細かい段差や凹凸での突き上げが身体に伝わってくるのだ。シートポジションもなかなか確定しづらく、総合した運転体験はあまりよろしくなかった。室内空間はそこまで窮屈ではなく、成人男性4人で乗ってちょうど良い具合だろう。
デザインはほかのジーカー車種と同じく、内外装ともにプレミアムさが感じられる仕上げになっている。筆者が試乗した個体では内装はブルーとホワイトを基調に、ボタン類はつや消しのローズゴールドで加飾しているのが見ていてとても美しいと感じた。
だが、室内空間と荷室は決して利便性が高いとは言えず、また乗り心地の悪さや高い販売価格が影響してXの販売は低迷している。中国ではライバルとしてフォルクスワーゲンの「ID.3」や、同じジーリー傘下のスマート「#1」が挙げられるが、前者が12.99万元(約260万円)から、後者は15.49万元(約310万円)からと、20万元(約401万円)のジーカーXと比べるととても安く抑えている。販売台数も毎月500台以下が連続しており、2025年モデルが発売された2024年7月は1231台を超えたものの、依然としてジーカーでもっとも売れていないモデルとなる。
日本におけるジーカーの挑戦はいくつもの壁が立ちはだかる。まず知名度がほとんどないし、どこまで「中国色」を出すのかも不明だ。上質さを感じられるデザインと装備に加え、価格をガソリンやハイブリッド車含む競合車種より抑えれば、かなり現実的な販売戦略となるだろう。また、同じグループであるボルボが日本で構築してきたネットワークを活用するのかも詳細が知りたいところ。多くの中国メーカーが日本市場への進出を目論むが、中国出身である以上はその挑戦は容易ではないし、まだジーカーの場合は楽な方と言えるかもしれない。