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仕事柄、さまざまなクルマに乗る機会が多い。その際にいつも気をつけているのが、同乗者としての乗り心地である。
ドライバーは自分の操作でクルマが動くので、その入力に対するクルマからの出力についていろいろ感じることができる。しかし同乗者は、ドライバーの運転操作を注視しているならその限りではないが、クルマがこれからどのような動きになるのかは把握しきれず、パッシブな乗車とならざるを得ない。後席となればなおさらで、たとえば段差を越えるシーンでどのようにクルマがショックをいなすか、カーブ進入時にクルマがどのように姿勢変化を起こすかなど、想像するのは非常に難しい。
自身が運転しているときは極力、クルマの状態が急変しないように心がけているつもりなのだが、どれだけ気をつけて運転してもガクンとかグラリとなるクルマはある。もちろん、そのガクンとかグラリのあとの走行性安定性が極上ならばそれが悪いというつもりは毛頭ないが、今回は「みんなでドライブしているときに全員が気持ちよく乗れるクルマ」として、後席の乗り心地がよかったクルマをあげてみた。
なお、お題が2021-2022とあったが、勝手に拡大解釈して「いま新車として買えるクルマ」としてある。
日産:ノート(X FOUR)
FWDのノート広報車は、正直後席の乗り心地はさほどよくなかった。脚の動き始めが渋いのだ。後日エンジニアに訊いたところ、これは広報車の仕様がプロトタイプに近いもので、トレーリングアームのブッシュにリップが備わる仕様であることが一因とのこと。生産仕様ではそのリップが除かれていて、そのためボディマウント側とのフリクションがなくなりスムースに動くようになっているという。
そんな印象を持ちながらX FOUR(AWD仕様)に乗り換えたところ、こちらは驚くような後席乗り心地の良さだった。おそらくリップ付きのブッシュは用いているだろうが、ばね下が相対的にFWDより重いためか動き出しはまったくスムーズで、それよりも前後モータを協調して駆動していることからピッチが全然生じない。こんなクルマは初めてだ。ロールについてもきわめて穏やか。以前リーフのモーター制御でロールをコントロールしていたことを聞いたことがあり、それを前後モーターで用いているのかもしれない。
AWDというと雪道とか悪路とか、そういった走行シーンで威力を発揮する印象がある。「そういうところ行かないから、いらない」と思うのはあまりにもったいない。このAWDシステムは、まさに乗員全員の快適性のためにある次世代のメカニズムである。この乗り心地が244万5300円で手に入るのだ。
プジョー:208 Allure
個人的な感想をまことに恐縮だが、プジョーのi-Cockpitにどうしても馴染めない。トリッキーなコックピットといえば70〜80年代のシトロエンを思い出すが、彼らのゴールは奇をてらうことにあるのではなく「ドライバーの操作を軽減することをゼロベースで再検討したらこうなっちゃった」であり、ヘンテコなレバーやパネルはその結果だった(と信じる)。しかし近年のプジョーは彼らの掲げる「ゴール」のいずれもがどうにもi-Cockpitを成立させるための手段として感じられてしまい、目的はあのステアリングシャフトの角度とステアリングホイールの形状と外径にあるような気がしてならない。
そんな勝手な思い込みがあるせいで、208には乗る前から何か斜に構えているところがあった。キビキビ走るセッティングになっていて「ドライバー最高/パッセンジャー最悪」になっているんだろうと。ところが208 Allureの後席乗り心地は信じられないくらいよかったのである。段差を乗り越えるとツルン!といなして、おしまい。ばねはやわらかくてショックはきわめてソフト、ダンパーは一発で減衰してお釣りなし。なんだこの乗り心地の良さは!
ならば高速巡航だと馬脚を現すかと(なぜダメだと決めかかる?)持ち込んでみる。低速側(速いロッドの動き)でよく動くセッティングになっているなら、巡航時ではもしかすると腰砕けになっているかもしれない。ところが車線変更時などでロールをともなう動きが予想されても、208 Allureはスタビリティに富みふらふらすることは一切なく、非常に穏やかで平和のひと言。どのような走行でも始終落ち着いて急変なく、とにかく安心して乗り続けられるボディ/シャシの仕立てで舌を巻いた。269万円。
smart:forfour ▶︎ はもうなかったのでトゥインゴ
スマートといえば2座であることがいちばんのキャラクターだと思っていたので、4座:forfourの後席などはおまけ程度に思っていた。そもそもリヤエンジンであることから、「後席やリヤサスをこのサイズで成立させるだけで精一杯」の印象だったので、さしたる期待もなくリヤシートに搭乗したところ、これが驚きのサイズレスな乗り心地。多少の入力にもびくともせずにどっしりとして鷹揚、巡航させてみてもソフトで神経質なところはまったくない。まるで出来のいいDセグのリヤシートに座っているかのような錯覚を起こした。
この乗り心地をもたらしているのは、ひょっとするとパワートレーンをリヤサスが懸架している構造のおかげか。サスペンションの設計としてはとにかく厳しいはずで、小さなクルマだということもあり、やっとのことで成立させた設計の妙というはずで、それなのにこれだけの上質な乗り心地まで実現してしまったのだから、設計者/設定者のセンスには脱帽するばかり。
2021年末現在ではスマートのforfourはどうやらブラバス仕様の在庫流通のみのようで、この仕様には乗ったことがなく同じ感想が得られる自信がない。しかも本国仕様ではスマートは全車電気自動車になった。というわけで姉妹車のルノー・トゥインゴを挙げておこう。おそらく同じ乗り心地だろう。実はトゥインゴについては運転したことはあるのだけど後席に乗ったことがなく、そのあたり憶測でお伝えすること、ご容赦いただきたい。こちらは189万円からスタート。
小さいクルマばかりじゃないかというご感想ご意見があるかもしれない。決して大きなクルマに乗ったことがないわけではなく、もちろんCセグDセグEセグSセグ——と進むにつれて車重は嵩み乗り心地も穏やかになっていくのだけど、しかし実のところ、最近の大きなクルマで後席に感心したクルマがあるかというと、強く刷り込まれた経験がすぐに思い出せない。強いて挙げればフルモデルチェンジ前の最終型Sクラスのリヤはとろけるようだったが、「そんなの当たり前だろ」というのが皆さんの感想だろう(笑)(いやいや、じつはSセグだからいいというわけでもないんです)。
そこからすればここに挙げた3台は「こんなに小さくて安価なのにこんなに乗り心地がいい!」というのが何より驚くべきところ。ご家族に酔いやすい方がいる、生まれたばかりの赤ちゃんを乗せなきゃいけない、年老いた両親と安心してドライブしたい。そんなニーズはたくさんあるはず。そんな皆さんのご参考となれば幸いです。