読者の皆さんは、アコードというクルマに対し、どのようなイメージを抱いているだろうか?
筆者自身は、クルマに興味を持ち始めた1994年の直前に1993年9月にデビューした五代目に、190ps/6800rpmと206Nm/5500rpmを発するH22A型2.2L DOHC VTECエンジンと5速MTを組み合わせたスポーツグレード「SiR」が設定されたうえ、JTCC(全日本ツーリングカー選手権)参戦車両のベース車にもなったため、「スポーツセダン」という印象を強く抱いている。
その後六代目後期型(欧州仕様には「タイプR」を設定)と七代目に設定された「ユーロR」も、そのイメージをより強固にさせる大きな要因になった。
だが実際には、世代や市場によってはスタイリッシュな3ドアハッチバックや2ドアクーペ、ステーションワゴンがラインアップされている。またセダンもすべてがスポーティでマニア向けかといえばそんなことはなく、廉価なグレードを老夫婦が日常の足として購入するのを、販売現場の最前線で何度も目の当たりにした。
そして近年は、日本では先代九代目よりセダンのハイブリッドモデルに一本化されたため、エコな高級セダンというイメージが定着しつつあるように感じられる。
事程左様にアコードというクルマは、多彩な顔を持ち合わせているのである。
そんなアコードの現行モデルのエクステリアを眺めていると、ボディ後端までルーフラインが伸びたクーペライクなフォルムに、ドイツ車もかくやと思わせる彫刻的で力強いディテールが組み合わされた、非常にスポーティなデザインとなっているのが分かる。
となると室内、特に後席の居住空間は厳しいのではないかと予想されるが、実際に座ってみると、身長174cm・座高90cmの筆者でも辛うじて頭を屈めずに座ることができる。一方でニークリアランスは広く、両脚を目一杯伸ばせるうえ、シート自体も表皮・クッションは適度な硬さでサイズは大きく、ヒップポイントの落とし込みも深いため、フィット感は申し分ない。前席もほぼ同様の傾向で、今回の約300kmはもちろん500km超のロングドライブでも疲れ知らずで走れるだろう。
リチウムイオン式駆動用バッテリーが先代の後席背面から後席下に移されたことで、573Lの容量が確保され9.5インチのゴルフバッグを4個積載可能になったというトランクルームは、ハイブリッドカーながら実際に広く、開口部は低く広い。そのうえトランクスルーも可能としているため、使い勝手は良好だ。ただしヒンジがダンパー式ではなく、電動開閉式のものもオプション設定すらされていないことには、車格を考慮するとやや疑問を覚える。
そして運転席に座ってみると、インパネはシンプルなデザインで質感が高く、メーターやディスプレイ、スイッチ類の位置や操作方法も直感的に把握しやすい。またシートが中央寄りに装着されており、座面を高めに調節すればボンネット全体を把握できるため、車両感覚を掴みやすいのも大きな美点だ。
しかしながら実際に走らせてみると、VGR(可変ステアリングギアレシオ)の中立付近と据え切り領域との差が大きいうえ、セルフアライニングトルクが乏しく、路面の変化に応じたタイヤの接地圧変化も伝わりにくい。
しかも全長は4900mm、全幅は1860mm、ホイールベースは2830mmと大柄なため、特に駐車場から出庫する際や交差点の左折時には、ステアリングを深く切り込みすぎないよう、ほぼ視覚のみで判断し注意する必要がある。
また最小回転半径は5.7mと、先代の5.9mより縮小されているものの、絶対的には決して小さくない。短距離の市街地走行を繰り返す、得意先回りを中心とした仕事の足として使うには、やや不向きと感じられた。
一方でボディ剛性は高く、電子制御式ダンパーの制御も巧みなため、大きな凹凸でこそ若干強めの突き上げを感じさせるものの、細かく不規則な凹凸が連続する粗粒路では直進・旋回時を問わずほぼフラットな姿勢と乗り心地を維持してくれる。
現行アコードには軽量・高剛性・低重心・低慣性が追求された新世代プラットフォームが採用され、ボディ骨格の接合には総延長43mもの構造用接着剤が使用されているが、その恩恵は高G領域以上に低速域でこそ強く実感できた。
そして、名称が「スポーツハイブリッドi-MMD」から「e:HEV」に改められた2モーター式のハイブリッドシステムは、モーター走行からエンジン走行に切り替わった際の、トルクの落ち込みやアクセルレスポンスの悪化が先代より劇的に少なく、またその際の音と振動も大幅に低減されている。車体の振動やメーター表示に注意を払っていなければ、エンジンの始動に気付かないほどだ。
ただしその分、耳障りなタイヤノイズは目立ちやすくなっている。ノイズに対して逆位相の音を発して相殺する「アクティブノイズコントロール」や、ドラミングノイズを低減する「ノイズリデューシングホイール」が装着されているものの、それらの効果を体感しにくい印象を受けた。
最後に、オーディオシステムについて言及したい。アコードのそれは「8スピーカー(4スピーカー+4ツィーター)」とだけカタログなどに記されており、ブランド名どころか最低限の説明文さえ一切見られないのだが、音質はホンダ車の中ではトップクラス。
走行中は低音の補正がやや強くなるもののバランスは良好で、特に女性ボーカルの歌声やアコースティック楽器の音色が非常に美しく聞こえてくる。それでいてロック系の曲でも音が濁らず、細かな音も極めて高い解像度で聞き取れるのだ。
そのクオリティは、オプション扱いで10万円単位の追加コストを要求される下手なブランド物のオーディオシステムよりも遥かに高い。この良さをアピールしようとすらしないホンダの姿勢には、首を傾げるどころか折りそうな勢いで、疑問というより不満を抱かざるを得ない。
なお、約300km走行後の燃費は20.3km/L。今回のテストでは強風に見舞われることが多かったものの、Dセグメントのセダンとしては優秀な20km/Lを超える数値をマークしてくれた。
こうして現行アコードを見てみると、詰めの甘さが細部に見られるものの、全体的にはスポーティかつ上質なハイブリッドセダンと評することができる。
では販売動向はというと、ホンダ広報部に確認した所、2020年2月のデビュー後1年間は月間平均300台前後で推移していたものの、その後は約150台/月へと低迷している。これでは、いつ国内での販売が終了しても不思議ではない。
その理由はなぜか。それは、冒頭で述べたアコードの歴史に最大の要因があると、筆者は考えている。
かつてのアコードは、バリエーションが豊富すぎたためにシリーズ全体を通してのキャラクターが不明瞭で、人によって抱くイメージはバラバラだった。
だが直近二代のアコードは、ハイブリッドのセダンにラインアップが絞られたため、どれほど実際のデザインや走りがスポーティで上質でも、地味でつまらない高齢者向けのクルマという先入観を抱かれやすい。
これでは、それ以前のアコードを知る高齢者以外のユーザーからも、かつての姿とのギャップが大きすぎ、「こんなのアコードじゃない」と敬遠されるのは自明の理だろう。
現行アコードは乗れば良さが分かる。だが裏を返せば、乗らなければその良さが伝わりにくい。しかもディーラーに配備される試乗車は、車格と販売台数を考えれば当然だが、大規模な販売会社でも全体で1台に留まり、潜在ユーザーが良さを知る機会自体少ないのが現実だ。
となれば、アコードの販売を盛り返し、次の世代へとつないでいくためには、カタログやwebサイトを見ただけで潜在ユーザーに「欲しい!」と思わせる、わかりやすく魅力的なキャラクターを与えるより他にない。
だがそれは、決して荒唐無稽な話ではない。なぜなら北米仕様には、シビックタイプR用のものをデチューンした255ps&370Nm仕様の2.0L直4直噴ターボエンジンを搭載する高性能モデル「2.0T」が、2017年10月のデビュー当初より設定されているからだ。
しかも2018~2020年モデルには、10速AT車のみならず6速MT車も用意されていたのだから、これほどわかりやすくホットなスポーツセダンもそうはあるまい。
もし実現するとなれば、ハンドル位置や生産拠点の違いが低くない壁となるものの、新たな仕様を一から開発するよりは遥かに容易であろう。
今ならまだ間に合う。「2.0T」を日本へ導入し、若いクルマ好きも憧れる「スポーツセダンのアコード」復権を!
■ホンダ・アコードEX(FF)
全長×全幅×全高:4900×1860×1450mm
ホイールベース:2830mm
車両重量:1560kg
エンジン形式:直列4気筒DOHC
総排気量:1993cc
エンジン最高出力:107kW(145ps)/6200rpm
エンジン最大トルク:175Nm/3500rpm
モーター最高出力:135kW(184ps)/5000-6000rpm
モーター最大トルク:315Nm/0-2000rpm
サスペンション形式 前/後:ストラット/マルチリンク
ブレーキ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤサイズ:235/45R18 94W
乗車定員:5名
WLTCモード燃費:22.8km/L
市街地モード燃費:21.2km/L
郊外モード燃費:24.4km/L
高速道路モード燃費:22.6km/L
車両価格:465万円