ロシア軍の戦車の燃費を推測する。現代陸軍には高いディーゼル技術に支えられた補給システムが必須

戦車の燃費が平地一定速で330m/ℓだとしたら 機甲師団を行程1000kmで展開すると…

T-90用V-92系ディーゼルエンジン: V-92系のどの仕様かは不明だが、60度と思われるVバンク角内にコモンレール燃料供給装置の配管と過給器(画面奥)が見えるほか、スモールボアのロングストロークであること、ディープスカート型のピストン、ライナー部分を分割できるシリンダーブロック構造、ロッカーアーム式のシングルOHCバルブトレインなどが確認できる。(写真はWikimediaより)
燃費規制の例外は世界各国で共通している。軍用戦闘車両だ。厳しいCO₂ (二酸化炭素)排出規制を敷き、BEV(バッテリー電気自動車)だけを例外的に「CO₂ゼロ」と定めているEU(欧州連合)でも、戦車や自走砲、対空ミサイル発射機の牽引車などは完全に規制とは無関係だ。たとえば戦車100輌、装甲兵員輸送車100輌(歩兵700〜800人)、対空火器車両10輌、自走砲50輌という内容の機甲師団を食料・飲料水および弾薬とともに往復1000kmで運用するとしたら……ざっと計算しても軽油75万リットルが必要になる。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

環境と国防は両立しない

環境と国防は両立しない。これは昔から変わらない。燃焼エネルギーで打ち出された砲弾やミサイルは、目標に命中しようがしまいが爆発する。発射時と着弾時にそれぞれCO₂を発生する。着弾した場所に可燃物があれば、その可燃物が持つエネルギーも解放してしまう。

いっぽう、戦闘車両は排ガス規制とはまったく無関係だ。日本の自衛隊車両は公道走行時に有害物質フィルターを装着するが、実戦となればそんなものは関係ない。戦車などAFV(装甲戦闘車両)のほとんどはディーゼルエンジンを積んでいるから、ロシアのように日本よりも硫黄分の多い軽油を使っている国ではかなりの量のSOx(硫黄酸化物)を撒き散らす。それ以外ではNOx(窒素酸化物)とDPM(ディーゼル由来微粒子状物質)が出る。

ロシア陸軍のT-90戦車はV型12気筒の「V-92」シリーズ・ディーゼルエンジンを搭載している。かつてのドイツ製某ディーゼルエンジンに似た設計のエンジンだ。燃料供給はコモンレールでターボ過給、長いストロークを利用した吸気冷却方式併用と思われる。異様にスカートが長いピストンを使用するのは、軽油が足りなくなったらJP4(灯油と軽油を混ぜた、いわゆるジェット燃料)でも走れるよう燃焼圧の変動を配慮しているためだろうか。どの国のAFVにも必ずこうしたマルチフューエル要件がある。

V-92系の排気量は不明だが、最新版の公称最高出力1130hp(psではない)を信じるとしたら24リットル程度だろうか。日野自動車の大型車両用E13C型直列6気筒ディーゼルはボア137mm×ストローク146mmで1気筒当たり2152cc。これを直列6気筒に配置してターボ過給し、SOHC4バルブにコモンレール式燃料供給装置と多段式燃料インジェクターを装備し、排ガス規制をクリアするためのEGR(燃焼ガス再循環)などを採用して最高出力500ps級、最大トルク2157Nm。このエンジンをV型に2列配置すれば1000psを超える。排ガスも燃費も関係ないとなれば1200psは簡単に出せるだろう。

では、T-90戦車の燃費はどれくらいか。日本の25トン大型トラックは最大積載時で4〜5km/ℓと言われるが、全備重量50トン近いT-90の航続距離は当然、悪化する。戦車雑誌「パンツァー」のバックナンバーを見ると、T-90は航続距離550kmと書かれている。燃料搭載量は不明だ。ドイツ国防軍のレオパルド2戦車は460m/ℓと書いてあった。ドイツのMTUとMANは大排気量ディーゼルエンジンの技術では世界最高と言われる。ロシア製はそのレベルに届いているだろうか。

しかもパワートレーンはエンジン+変速機である。変速機はギヤと油圧回路であり、その性能は工作精度に大きく依存する。それに、軍用車両は性能よりもタフネスと整備性が優先され、設計要件は一般の市販パワートレーンとはかなり違う。動力伝達効率に影響するギヤの精度よりも戦場での整備性が優先のはずだ。いろいろ考えた結果、筆者はT-90の平地一定速度巡行燃費を330m/ℓと予測した。

V-92系ディーゼルエンジンは2000rpmで最高出力を発生するらしい。1600〜1800rpm付近が燃料消費率では最良だろう。変速機のギヤ比と最終減速比も不明だが、平坦な道を45km/h程度で巡行するときが燃費最良ではないかと想像する。戦闘となればフルパワーを使い急加速・急減速が入るから、330m/ℓの半分程度、160m/ℓ付近の燃費だろうか。

アメリカ陸軍ぼ戦車・M1エイブラムスのエンジン
クライスラー・ディフェンス(現在はジェネラル・ダイナミクス・ランド・システム)が開発したM1戦車は、ハネウェル製ガスタービンAGT1500を搭載し、おもにJP-8(JP-4代替のジェット燃料)を使う。JP-8/JP-4はヘリコプターや固定翼軍用機のターボファンエンジン(一般にジェットエンジンと呼ばれるもの)に使われる燃料であり灯油に軽油を混ぜたような組成。軽油よりも揮発性が低く安全性が高い。ガスタービンは「雑食」であり、軽油やLPガスなどあらゆる炭素・水素系燃料を使える点がメリットだ。しかし燃費は悪く、定地走行でも実燃費は250m/ℓ程度と言われる(湾岸戦争当時)。パワーパッケージは写真のようにモジュール交換できる(写真はU.S. Army)

で、この戦車を100輌で運用する。しかし戦車だけでは戦えない。必ず歩兵が要る。いまどき歩兵を装甲のないトラックで運ぶことはあり得ない。装甲兵員輸送車を使う。ロシアのBTR-80は無限軌道(キャタピラー)ではなく空気入りタイヤを使う装輪式だ。乗員10人のうち歩兵は7人。ほかの歩兵10人乗りタイプの無限軌道車両も合わせて合計100輌を用意すれば、歩兵800人程度を運べる。

空からの攻撃に対処するための対空戦闘車両も要る。ロシアは短距離地対空ミサイルと30mm機関砲の両方を備えたパーンツィリ-C1システムをトラックの荷台または無限軌道シャシーに乗せたものが主力だ。これを10輌。そして遠距離砲撃を担当する自走砲や多連装ロケットランチャーを備えた車両が合計50輌。AFVは合計280輌になる。ロシアでいう自動車化狙撃師団はこうしたAFVで構成される。

当然ながら弾薬運搬車も要る。ほかに食事を作る野戦キッチン車両と食料運搬車、兵員の服を洗濯する車両、移動司令部となる指揮通信車も必須だ。これらを往復900km、戦闘目標地点での戦闘行動100km、合計1000kmという想定で運用するとなると、ほんとうにザックリ計算して最低でも約75万ℓの軽油が必要になる。

ドラム缶1本は200ℓだから、75万リットルは3750本。出発時にすべての車両を満タンにしても、1輌当たりその3倍近い補給が必要になる。その分が56万ℓだとすると、ドラム缶を2850本運ばなければならない。もし、ロシア戦車の燃費がドイツ戦車並みに良好だったら、燃料補給はもっと少なくて済むのだが、いろいろな資料から筆者が推測したロシア製ディーゼルエンジンの燃費は、やはりドイツ製にはかなわない。

さらに補給部隊が使うトラックだ。ロシア陸軍が補給用に使っているトラックは、ウクライナでの映像を見るかぎり、ほとんどがボンネット型である。いまだにウラル-4320-10型(6輪駆動で積載量5トン)が主力であることはウクライナ侵攻で明らかになった。キャブオーバー型トラックはほとんどニュース映像に出てこない。逆に、とっくに退役したと伝えられていたウラル-375型が映像には出てくる。

5トン積みの軍用トラックに多めに積めば、1台あたり200ℓ入りドラム缶(約90kg)を65本積める。必要な量は最低2850本だから44輌のトラックが要る。そのトラック用の燃料も必要だし、さらに食事や物資輸送の車両にも給油しなければならない。そのぶんで10輌。燃料輸送トラックだけで54輌。機甲師団の運用はじつに大掛かりである。

ウラル-4320系トラックには、荷台に大きな燃料貯蔵タンクを積んだ給油専用車両がある。また、牽引式の給油車両もある。破壊されたこの手の車両もニュース映像では見たが、ドラム缶による給油も意外に多かったのではないかと想像する。荷台に積んだドラム缶がなくなればいろいろなものを積むことができるからだ。

これも推測だが、ロシア軍はAFVやミサイルなど正面装備にばかり金を遣い、システムとしての機甲師団を運用するための支援車両はないがしろにしてきたように思う。兵站線が伸びれば補給は困難になる。そこに燃費の悪い旧式トラックしか使えないのであれば輸送効率も下がってしまう。いまの陸軍には高いディーゼルエンジン技術に支えられた補給システムが必須である。AFVだけでは戦えない。

近代戦は情報戦であり工業戦である

ひとつ、エピソードを紹介する。

筆者がかつて編集長だった「ニューモデルマガジンX」に一時期、自衛隊車両図鑑という連載があった。戦車などのAFVではなく自衛隊の「裏方」車両を紹介する連載だった。そのなかで野戦キッチンカーや輸送車両、雪上車なども取り上げたが、2年ほどの連載期間中に一度だけ、防衛庁の陸上幕僚監部広報室から「こういう詳しいスペックの記述はやめてください」と言われたことがある。洗濯車両を紹介したときだった。

なぜだったのか。

戦場でも洗濯は必須だ。火薬の硝煙で汚れ、泥まみれになったままの軍服では満足に戦えないし士気も落ちる。定期的に野戦服は洗濯しなければならない。陸上自衛隊にも洗濯車があり、全自動洗濯機と乾燥機をそれぞれ何台か積んでいる。その処理能力を記事中で紹介した。じつは、その洗濯処理能力こそ「ひとつの部隊が一度に動かせる兵員規模を知る手がかり」なのだそうだ。筆者は担当官から直にそう聞かされた。

「へえ〜」だった。戦車やミサイルの能力はだいたいわかっている。とくに、つねにあちこちで実戦投入されているロシア製の兵器は、かなり詳細なスペックを諸外国が把握できている。しかし、野戦食のメニューやひとりあたりの1日の食事量、1日の洗濯能力は知られていない。

言われてみればなるほどだ。この一件以来、筆者はさらに後方支援車両に興味を持ち、いろいろと取材依頼を出した。戦場にも「着る」「食べる」「寝る」があり、それを支える装備がある。日本の自衛隊の場合、その裏方装備のほとんどが災害派遣の現場で使われている。

キッチンカーと給水車は、災害派遣のときは必ず出動する。ライフラインが途切れた場合は、自前の燃料で調理し水も供給できるこれらの装備が大活躍する。テント内に設置する風呂や手術ができる医療車両なども必ず出動する。その意味では、陸上自衛隊は実戦経験豊富なのだ。

筆者が頭の中に描いた280輌のAFVと1000人以上の兵士によって構成される機甲師団には、作戦期間中のその師団人数分の生活を支える装備と物資が必要であり、そこでも燃料消費が発生する。75万ℓのAFV用軽油だけでなく、1000人×3食分×作戦日数の食事も要る。ちょっとした娯楽も要る。湾岸戦争のとき、アメリカは戦地に赴く地上部隊兵士全員に任天堂ゲームボーイを配った。

筆者は昔、東京に寄港したフランスの軍艦「ジャンヌ・ダルク」の取材で接待を受けたことがある。そのときの食事に、じつにおいしい焼きたてのバゲットが出てきたのに驚いた。当然だ。彼らにとってバゲットは、日本人の白米ごはんである。食事もフレンチだった。現場にしっかり食べてもらうのが軍隊であり、陸上自衛隊野戦食の豚汁もじつに美味しい。

ロシア陸軍はどうなのだろうか。ウクライナの街で「兵士が食べ物を盗んでいった」とテレビのインタビューに答える女性がいた。規律が保たれている軍隊では厳罰に処される行為だ。ロシア軍では、人へも車両へも満足に「フィード」できていないのだろうと想像する。

近代戦は情報戦であり工業戦である。他国への侵攻に古いボンネットトラックによる補給部隊が駆り出されるロシアは、すでに自国資本の自動車工業はほぼ崩壊している。軍用トラックの製造を担当するGAZグループのウラルAZは数少ない生き残りだ。乗用車部門のGAZはSUVなどを売っているが、販売台数は高が知れている。

GAZの商用車部門はバスやバンを持っている。イタリアのイヴェコ(IVECO)から技術供与を受け、ウラル・トラックにもイヴェコ製のキャブオーバー・キャビン装着車が設定されている。この車両もウクライナ侵攻に駆り出されたが、数は圧倒的に少ない。

ロシアの自動車生産台数はOICA(国際自動車会議所)の調べで2021年が157万台。過去最高は2012年の223万台である。現在の157万台のうちの大半がルノー、VW(フォルクスワーゲン)、トヨタなど外資だ。自動車普及率は人口1000人当たり348台であり、アメリカの815台、日本の612台には遠く及ばない。ロシア最大シェアのルノーはつい先日、傘下のアフトヴァースでの乗用車生産を一時休止した。

世界銀行の2020年データによると、ロシアの「軍事費の対政府支出比率」、つまり国庫の総支出に占める軍事関連費用の比率は11.43%で世界第19位。ちなにみ世界トップはロシアの友人ベラルーシの30.80%である。アメリカは7.93%、ドイツは2.60%、日本は2.07%だ。

今回、筆者が想定した往復1000kmの機甲師団運用は、ロシアのクルスクとウクライナのキーウ(ロシア語発音はキエフ)の往復900kmに戦闘行動100kmという想定のものだ。多くの車両を動員した遠征で軽油を消費し、排ガス規制なしの車両から有害物質を撒き散らし、さらに大量の火薬を使って大気を汚す。その行為に膨大な政府予算が遣われているのである。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…