トヨタが電動車戦略を見直しか? ロイター通信が報じた内容を読み解く

トヨタはe-TNGA採用の第一弾、bZ4Xに続いて(右)、bZ3(左)を中国で発表した。
10月24日にロイター通信は「トヨタがEV戦略の見直しに入った」と報じた。トヨタの正式発表ではなく「事情に詳しい関係者」の話として伝えた。見直しの理由は「想定以上の速度でEV市場が拡大し、専業の米テスラがすでに黒字化を達成するなか、より競争力のある車両を開発する必要がある」との危機感からボトムアップの形で見直しが始まったという。どこまで信頼できるかは別として、報道内容は納得のいくものだ。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

製造コスト面でト太刀打ちできなくなる危機感が一部の技術者や幹部の間に広がり始めた

ロイター電の原文では、「事情に詳しい関係者4人」と、別の「関係者2人」が登場する。米・オートモーティブニュースの記事も同様でありニュースソースはロイターだ。日本のメディアもロイター電をベースにした記事を書いた。以下、本項では原文のEVをBEV=バッテリー・エレクトリック・ビークルに置き換えて記述する。ロイター電の概要は以下のとおりだ。

■停止した車両の開発計画には、小型のSUV「コンパクトクルーザー」や「クラウン」のBEVも含まれる。見直しの焦点となっているのは、トヨタがBEV専業のテスラなどに比べて効率が悪い点だと関係者らは言う。

■BEV市場が急速に立ち上がり、車両の価格が徐々に下がるなか、BEVの製造コスト面でトヨタは太刀打ちできなくなるとの危機感が一部の技術者や幹部の間に広がり始めた。「収益の目処がまったく立たない」と、関係者のひとりは話す。

■トヨタはe-TNGAをベースに2030年までに年間350万台のBEVを販売すれば採算が合うと試算していた。これは同社の年間販売の約3分の1に当たる。しかし、BEV市場は速いペースで拡大しており、ロイターが公開データと各社の予測を分析したところ、業界全体では2030年に5400万台のBEV生産が計画されている。これは全世界の年間生産全体の50%以上に相当する。

■同関係者らのほか、社内の事情に詳しい関係者ふたりによると、トヨタは今年半ばに検討チームを設置した。技術開発トップなどを歴任した寺師茂樹エグゼクティブフェロー(67)が主導し、来年初めまでにBEVプラットフォームの見直しを含めた技術戦略を検討する。ただし、非公式のチームであることから、最終的にどこまで影響力を持つか現時点では不明な点が多い。

■「寺師研」と呼ばれるこのチームは、BEVに特化した新たな車両プラットフォームの開発にすぐ着手するか、あるいは次世代の電動駆動系と組み合わせて現在のe-TNGAをしばらく使うかを比較検討することになる。

ストーリーとしては充分に納得がいく。実際にこの種の検討チームが立ち上がっていたとしても不思議はない。トヨタは機を見るに敏な会社だが、バブル崩壊以降は「緊縮開発」が続いている。これは日本のOEM(オリジナル・エクィップメント・マニュファクチャラー=自動車メーカー)すべてに共通している。「金を掛けることは悪」であり、コストセービングこそが善。その体質が染み付いた。

トヨタがVW(フォルクスワーゲン)の「MEB」のようなBEV専用プラットフォームを持っていない理由は、海外生産拠点の多さにある。VWは欧州と中国にBEV生産拠点を持ち、米国にも建設するが、せいぜい工場は4〜5カ所にとどまるだろう。テスラは米国内と中国と欧州。テスラもVWも量産規模と工場数は似ている。

いっぽうトヨタは、アジアだけでも中国、台湾、フィリピン、タイ、インドネシア、インドなどに工場を持つ。北米には10を超える車両工場があり、中南米やアフリカにも工場がある。トヨタとしてBEV専用プラットフォームを持つ場合、どの工場で生産しどの工場で生産しないのか、線引きが必要になる。これは各需要地での商品ミックスだけでなく、需要地の政策も関係してくる。

既存の工場設備を流用できないようなBEV設計にした場合は当然、新規の投資が必要になる。既存の工場の設備に最小限の追加投資でBEVもHEVも純粋なICE車も作りたい。トヨタはそう考えて既存モデルと共通部分を残したe-TNGAプラットフォームを設計した。

また、ロイターは「業界全体では2030年に5400万台のBEV生産」と報じたが、これは必ずしも各社の発表ベースではなく、たとえばCEO(最高経営責任者)が記者会見の場で語った観測や希望ベースも含まれる。筆者が各社の「計画」を合算したところ、これよりは少ない。そして、BEV生産台数は自動車全体の市場動向にも左右される。5400万台は「ひとつの可能性」に過ぎない。

VWツヴィッカウ工場は、内燃機関エンジン搭載車からEV生産へと転換した初の大規模工場だ。ツヴィッカウ工場では、VWのBEV専用プラットフォーム「MEB(モジュラー・エレクトリックドライブ・マトリクス)」を採用するVW「ID.3」「ID.4」「ID.5」に加え、アウディ「Q4 e-tron」「Q4スポーツバックe-tron」、クプラ「ボーン」の6モデルを生産する。
VWドレスデン工場はツヴィッカウに続くID.シリーズの工場

ギガプレスとe-Axle、そして排熱管理技術

さらに、ロイターは以下のようにも報じた。

■関係者ふたりによると、新たな車両プラットフォームの開発には約2年、そこから商品の開発には約3年かかる。「無駄にできる時間はない」と、このうちのひとりは話す。

■テスラが導入した大型のアルミ鋳造機「ギガプレス」の有用性も検討する。自動車のプラットフォームは数百点の鋳造品や金型成形品を溶接して組み立てるが、大きな鋳造品を作れるギガプレスはこれを大幅に減らして効率化できる。

■関係者3人によると、競争力向上のために重要な技術はさらにふたつあり、ひとつはアイシンが開発している第3世代e-Axleだ。e-TNGAを初めて採用したBEV「bZ4X」に積んだe-Axleのおよそ半分に小型化している。

■もうひとつは電池やモーターの排熱や車内空調など、熱源を一体的に管理する技術。デンソーとアイシンが最優先で開発に取り組んでいると、関係者のふたりは話す。e-TNGAを使った現行のBEVは排熱を捨ててしまうことがあるが、テスラ車は暖房に活用するなどしている。

テスラModel Yのボディはほとんどが鋼板だが、リヤ周りだけアルミの大物鋳造ギガプレス部品を使う。
テスラ・テキサス工場のメガキャスティング用金型

トヨタはe-TNGAを開発する段階でギガプレスの検討を行なった。実際にアルミメーカーに試作も依頼した。しかし、テスラの車両内部骨格は1種類だけだ。そのためギガプレス用の金型はひとつで済む。セダンでもSUVでも、同じ形状の大きな鋳物製フロントまわりとリヤまわりを共有する。しかし、トヨタのコスト計算では「ギガプレスは採算が取れない」との結論になったと筆者は聞いている。

工場を完全に一新する場合は、たとえばスウェーデンのボルボ・カーズが発表しているように1カ所の工場で済む場合には、9000トン級のギガプレスマシンを導入しても採算は取れるだろう。

しかし、トヨタの場合、海外生産拠点のすべてに導入するわけにはゆかず(そうする必要もない)、たとえばいくつかの国の工場に導入し、ほかの国の工場へは輸出で対応するとなると、輸送コストや部品関税が上乗せになってしまう。

もう一点、ロイターが報じた「熱源を一体的に管理する技術」とは、オクトバルブと呼ばれるユニットだ。フロントボンネット内に設置され、モーターからの排熱、バッテリーを冷却した排熱などをひとつの電動ポンプユニットと熱交換器でさばく。熱源の乏しいBEVでの省エネ暖房や冷間充電時などにも活用している。VWも似たようなシステムを「ID.」シリーズに搭載している。

ICE車やHEVでは、このように熱を中央集中管理するよりも個々のパートごとに管理するほうがデバイスを小さくでき、それこそ「隙間家具」のようにあちこちに配置してきた。熱マネジメント部品を、機能ごとにモジュール化して車種間で共有している。

テスラにはICE車がなく、いままでの設計、いままで使ってきた部品というしがらみもない。だからオクトバルブを考案した(完全にテスラ社内ではないが)。

しがらみがないところに出てきた熱源マネジメントシステムである。VWはこれをよく研究していた。だからBEV専用プラットフォームで採用した。

もちろん、トヨタグループ内でもこの手の集中管理デバイスは開発している。筆者は先月、アイシンでその試作ユニットを見た。そう簡単に開発着手できるとは思えないから、すでに2年以上の開発期間を経ているはずだ。テスラもVWも、熱マネシステムはかなり体積が大きい。オクト=8であり、タコの足の数だけ分岐がある。アイシンは汎用性と小型化を狙っているという。

VWのオクトバルブ(正式名称ではない)はテスラのものより大きく重たい。そのため「設計がこなれていない」との評価も下されるが、両方の実物を見た筆者は、そもそもの考え方の違いを感じた。テスラは自動車専用部品でなくても構わない。その代表例がタッチスクリーン式のディスプレーであり、突然機能停止した件でNHTSA(米国家道路交通安全局)からリコール勧告を受けた。

これは筆者の見立てだが、VWのオクトバルブは従来のICE車の整備に慣れたメカニックが直感的に扱いやすい部品配置だ。テスラのものは、万一故障したらユニット交換が前提と思われる。使っている樹脂も違う。VWは熱膨張や熱/冷繰り返し時の安全率を見ている印象だ。それとVWは低コストを狙った。おそらくID.3の生産中にオクトバルブの開発コストは回収できるだろう。「設計がこなれていない」のではなく、考え方が違う。筆者はそう感じた。

もうひとつ。アイシンが開発中の新世代e-Axleにもロイター電は触れている。第1世代が「bZ4X」に搭載されたばかりだが、アイシンは第2世代と第3世代を同時に開発している。第2世代はすでに搭載車種も決まっているだろう。登場は2024年中と思われる。さらに小型化し、おそらく2段変速機構も組み込んだ第3世代は2028年ごろだろうか。

トヨタのBEV展開見直しは必須

ちなみに、ロイター電はトヨタ社内の「BR」部門をビジネス・レボリューションと書いているが、トヨタ社内ではずっとビジネス・リフォームと呼ばれてきた。

たしかに、ロイター電が「関係者合計6人」の話として伝えたBEV展開見直しは必須だと筆者も思う。ICEやHEVとの混流生産を優先していると、世の中からは「先進的じゃない」と思われてしまう。同時に、緊縮開発はエンジニアの気持ちまで萎縮させてしまう。エンジニア諸氏が「本当に作りたいクルマ」の姿、「こうあるべき」とエンジニア諸氏が考えるクルマ像をつねに考えていないと、日本車は「それぞれの部署が考える、チマチマしたうれしさの袋詰め」になってしまう。

テスラは御神体をまず作った。高価なBEV、貧乏人には買えないクルマだ。しかもメイド・イン・USA。これで信者を集め、まずはBEV専業メーカーならではのメリットである「CO₂クレジット販売」で利益を確保した。テスラが車両生産・販売で利益を出せるようになったのは上海工場の稼動後だ。それまでは赤字をCO₂クレジットで埋めた。

トヨタにはこれはできない。BEVを350万台作りHEVもFCEVも作って採算が採れるようにBEV展開を考えた。だから専用プラットフォームにはならなかった。専用か兼用かは難しい選択だ。メディアは「専用でなければ先進性はない」などと無責任に言うが、そういう机上の空論に耳を貸す必要はない。トヨタらしいBEVとHEVの共存方法は絶対にあるはずだ。

それと、テスラの信者多くはテスラを買っていない人だということを忘れてはならない。トヨタのファンはトヨタ車を買っている人であり、これは財産だ。

そしてそもそも、BEVは本当にCO₂を減らせるのか? 「真っ先にBEVへの充電に使われる発電方法は何か」というマージナル電源の考え方に立てば、少なくとも今後15年やそこらは、意図的な水増しやデータ改ざんでも行なわない限りは発電でのCO₂は減らせないだろう。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…