清水浩の「19世紀の技術を使い続けるのは、もうやめよう」 第36回 

脱・温暖化その手法 第36回  ーネオジム鉄ホウ素磁石その4ー

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Eliica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

またも高性能磁石のシェアは中国へ

前回までの2回は佐川眞人氏がネオジム・鉄・ホウ素磁石で世界を変える大きな発明をしたことを述べた。そのひとつはこの磁石そのものの発明と、もうひとつは耐熱性を上げるために希土類のうちディスプロシウムを全重量の5%から10%程度を入れて、合金化したことである。これで省エネ家電の普及と電気自動車の性能が実用水準になることを可能にした。

この磁石が普及するに従い、日本の産業という観点から2つの大きな課題を抱えることになった。

ひとつは日本の発明で日本での実用化と産業化が行なわれたにもかかわらず、次第に中国の生産量が増え、現在の生産量では中国が世界の9割近く、日本は1割程にまでシェアを下げていることである。

この事情はリチウムイオン電池と同様であり、日本からの技術者の流出と中国の安価な労働力のふたつの点によるものである。

世界最強磁石の発展
1970年代はサマリウムコバルト磁石が最強の磁石であったが、
ネオジム・鉄・ホウ素磁石が1982年に発明され、一挙に最強
になった。(佐川眞人氏提供)

中国に有利な資源問題も技術で解決の方向へ

もうひとつは磁石の資源問題である。ネオジム自体は世界中で産出することができる。但し、これまでのところ、中国産が安価であるため、ほとんど中国からの輸入品が使われて来た。

現実の問題はディスプロシウムである。希土類の主要な鉱石の主成分は軽希土類で、重希土類の含有量は極めてわずかである。中国江西省にある希土類鉱山は例外で、ディスプロシウムなどの重希土類含有率が高い。このため、世界のディスプロシウムのほとんどがこの鉱山で産出されたものである。

2010年に尖閣諸島の問題があった。これは東京都がここを都有地として買うということから始まった問題であったが、それまでここにほとんど関心を持っていなかった中国が俄に自らの国土だと主張を始めたことで問題が2国間の争いとなった。その折に中国政府は日本に希土類を輸出しない、ということを言い出した。これは希土類といっても重希土類、特にディスプロシウムのことであった。その後中国はこれを撤回して輸入は始まったが、江西省の鉱山そのものが貧鉱化していて、ディスプロシウムの逼迫が心配されるようになった。今後、電気自動車用モーターとしてネオジム・鉄・ホウ素磁石の需要はますます大きくなると予想されるので、ディスプロシウムに大きく依存しなくても耐熱性の高い磁石の研究が重要になってきている。

佐川氏ももちろんこの問題には注目し、その解決に取り組んで来た。沢山のアイディアを今でも豊富に持っている佐川氏であるから、それらを試すための実験も数多くやってきた。

その中で佐川氏はネオジム・鉄・ホウ素磁石の積層化を提案し、積層化の過程で粒界拡散をうまく利用するとことで、ディスプロシウムの問題を解決することを提案している。粒界拡散というのは極めて専門的になるのでこれ以上は触れないが、佐川氏が見いだした新しい方法を工業化するためのプロジェクトが生まれたようである。

この方法での量産化が想定通りの結果となることは確実と考えており、結果として、ディスプロシウムの問題は技術的に解決可能となる。

放射性物質の問題も

しかし、それで産業として解決可能かといえば資源的な問題はまだある。それは希土類鉱石がしばしば放射性物質を含むことである。このため、アメリカ政府は安全にこれを取り除いてネオジムとディスプロシウムを合理的な価格で精錬する技術開発を始めているという。このため、佐川氏は日本政府がこの問題を解決することに一役買うことを望んでいる。

こうして一旦は中国の生産量がここまで大きくなり、日本のシェアを下げてしまったネオジム・鉄・ホウ素磁石であるが、新しい技術を日本の技術として発展させることで再びこの分野で日本が主導的な立場になることが期待される。

佐川氏はそのために、今でも日夜その実現に向けた研究活動を続けている。

なお佐川氏はこれまでの業績に対して、いくつかの重要な賞を受賞している。これらの賞に加えて、エリザベス女王工学賞の今年(2022年)の受賞者にも決まっている。これは工学会のノーベル賞と言われている賞で極めて権威のある賞である。

これまでの佐川氏の業績は、十分にこの賞を受賞する価値がある。

ネオジム・鉄・ホウ素磁石の発想を得た
頃の佐川眞人氏。(佐川氏提供)
1997年に開発したルシオールの組み立て時の写真
車体はカーボンボディーで、フロントサスペンションは
ストラット式であった。バッテリービルトイン式フレー
ムの下部からローアーアームが伸びている。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…