清水浩の「19世紀の技術を使い続けるのは、もうやめよう」 第37回 

脱・温暖化その手法 第37回  ーモーターに磁石を使うということー

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Eliica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

ふたたびフレミングの法則から

前回までネオジム鉄ホウ素磁石について述べてきた。これはもちろんモーターのための基本的な部品であるためである。

モーターが回る原理は、例えばフレミングの左手の法則で学ぶ。中指を電流の方向、人差し指を磁力の方向とすると、親指の方向に力が出るということである。これと近い法則は、発電機の原理のフレミングの右手の法則であることは中学時代に習っている。この場合もそれぞれの指の意味するところは同じで、親指方向に力をかけ、人差し指方向に磁力をかけると、中指方向に電流が流れるということであった。

右手の法則と左手の法則でどちらがモーターでどちらが発電機かということを忘れないようにするために、「発電機を回すとしたらどちらの手で回すんだっけ。」ということも教えられた。「ほとんどの人は右利きなので発電機は右手で回すんだ、だから右手の法則は発電機なんだ」と覚えておくと忘れないよと教えられて、私は今でもこのことは覚えている。それぞれの指は何を表すかについては、私はまず電磁力という言葉を丸暗記した。その上で最も太いのが親指で、ここに力をかけるのが合理的だから親指が力の方向だと覚えることにした。

フレミングの左手の法則
モーターの回転を表す原理の法則。左手の人差し指方向に
磁力をかけ、中指方向に電流を流すと、親指方向に力が発
生することを表している。

電動モーターの種類

ところで実際のモーターはコイルを巻いて作る電磁石で何かを引っ張る力を利用するというのがそもそもの原理である。その何かを引っ張る相手には3つあって、鉄のように磁石に吸い付くもの、電磁石、そして永久磁石である。この引っ張る相手ごとにモーターの種類が異なり、鉄を引っ張るのがスイッチドリラクタンスモーター、電磁石を引っ張るのが誘導モーター、磁石を引っ張るのが永久磁石モーターである。ではこれら3つのモーターの効率の比較ということになると、電磁石で鉄を引っ張るより電磁石の方が大きな力が出るのでスイッチドリラクタンスモーターより誘導モーターが有利である。誘導モーターは電磁石のための電力を使うわけだから、十分に強い永久磁石が使えるなら永久磁石モーターの方が効率を高くできる。一方で価格を考えるとスイッチドリラクタンスモーターは、引っ張る相手が鉄なので安く作ることができる。誘導モーターは電磁石を作るために銅やアルミを使うので、鉄よりは高い。磁石は前回まで述べてきたように強力な磁石は材料の価格のことや磁石の製造の費用を考えると、どうしても高くなる。またこれを製造している国も限られる。これらはこのようなトレードオフの関係になる。

モーターの基本構造
コイルに電流を流すことで磁束が発生する。発生した磁束は周囲
の磁石を突き抜け、図の磁石の外側の鉄芯を流れ、異なる極の磁
石を通って、隣り合うコイルに戻る。コイルは鉄芯に巻かれるが、
これによって磁束は鉄芯内部を通って、流れやすくなる。磁束は
コイルの巻線数と電流に比例する。一方で、磁石も磁束を発生さ
せるが、その強さは、磁石が持つ磁束密度と磁石の表面積の席と
なる。これを総磁束と呼ぶ。モーターが出すトルク(回転力)は、
コイルが出す磁束と磁石の総磁石の掛け算になる。

テスラモーターズが初の量産の電気自動車のモデルSを商品化した時に、アメリカで作れるのは誘導モーターだからという理由で誘導モーターが使われた。しかし、ネオジム鉄ホウ素を使った永久磁石モーターに比べて効率も落ちるし、モーターサイズも大きくなる。このことがあって、その後に売り出されたモデル3では永久磁石モーターに変わっている。

こうして現在世界中で市販されている電気自動車のモーターは、100%永久磁石モーターが使われていると言って良い。途上国等でわずかに作られている極めて性能の低い、かつ安価な電気自動車には誘導モーターが使われている例もあることは想像ができるが、量産化されている電気自動車はモデルSを除いて永久磁石モーターが使われている。これは磁石の価格よりも性能に重きがおかれているためである。それが故に佐川眞人氏が発明した、ネオジム鉄ホウ素磁石がどれだけ電気自動車を普及させる上で重要であったかはこのことからも明らかである。

高効率&高出力の電動モーターとは

ここでモーターのトルク(回転力)の大きさは何で決まるかというと、磁石の強さとその表面積とコイルの巻線数にコイルに流れる電流の掛け算である。このためモーターのトルクは磁力の強い磁石を使い、巻線数を増やし、電流を大きく流せばこれらに比例して大きくなる。しかし、コイルに電流を流して作る電磁石の強さはこれらを大きくし過ぎると電磁石が作る磁力の大きさの飽和ということがあり、その強さが次第に電流や巻線数に比例しなくなる。これを磁気飽和と呼ぶが、飽和が起こり始めると流した電流に相当するトルクは次第に伸びなくなる。このような領域ではモーターの効率が悪化することになる。このため、ある程度の飽和が起こるところを最大トルクとしている。

通常のモーターのコイルは、これに電流を流して作る電磁石の磁力を磁石に効率良く伝えるために鉄で作る芯のまわりに銅線を巻く。また磁石に伝わった磁力が反対側の磁石を通して、先程の電磁石とは逆方向の磁力を作るコイルに戻すことでモーターは回転する。このためコイルから見て、磁石の裏側にも鉄心を設ける。

このような一般的な構造のモーターで効率を決めるのは、電流がコイルを流れる時に発生する銅の電気抵抗による損失がある。これを銅損と呼んでいる。もう1つの損失は鉄心を磁力が流れることによりこの内部で発生する発熱による損失がある。これは鉄損と呼ばれる。

これらのことからモーターの性能とはどれだけの電流に対してトルクがどれだけでるのかと、その時の銅損と鉄損による効率で決まる。なおモーターの効率はモーターが出す力と、モーターが出す力に2つの損失を足した和の比である。ここでモーターが出す力というのはトルクにモーターの回転数を掛けた値になる。電気自動車に限らず、性能の良いモーターとは大きさ当りにできるだけ大きな力を出せて、なおかつ銅損と鉄損ができるだけ小さなモーターである。このことから、大きな力が出せて効率が良くできるネオジム鉄ホウ素磁石が小型で高効率、高出力が要求される電気自動車用モーターの基本的な部品となっている。

1997年に開発したルシオールの完成間近の写真
車体の外皮はオールカーボンで、前後に2人乗りの車両として
開発した。運転席は車体中央に設置し、運転を容易にした。幅
は、1.2mとし、1台の車の駐車スペースに2台停められるとい
うことを想定した。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…