目次
4-1 ハイブリッドシステムの種類と特徴
1997年に世界で初めて実用化されたプリウスに始まる日本のハイブリッドは、ホンダ、三菱、日産と様々な方式が実用化され、それぞれ進化してきた。
燃費を最重視したトヨタTHS、コストを重視したホンダIMAとi-DCD(共に現在は廃止)、最新のe:HEV、それに類似の三菱のPHEV、走りを重視した日産e-POWERまで、様々な方式が量産されている。これに対して欧州車は、48Vのマイルドハイブリッドと従来エンジン車に電池とモーターをポン付けしたPHEVしかないので、将来のハイブリッドシステムとしては検討に値しない。
ここでは将来のハイブリッドとして、シリーズハイブリッドのe-POWERに注目したい。シリーズハイブリッドはエンジンと駆動輪は電気的に繫がれ、機械的なつながりがないシステムだ。さらにe-POWERでは、BEV走行(モーターのみが運転する状態)を多用し、エンジンの作動頻度を極力少なくして、電動駆動のスムーズな応答性と静粛性の実現を重視している。
筆者は現在、初代ノートe-POWERに乗っており、その理由は、電動駆動のスムーズな応答性だ。発進時の加速度波形を見ると、e-POWERはBEVのリーフとほとんど同じで、BEVの応答性を実現している。追い越し加速では、加速度はモーターへの供給電力で決まるので、リーフのような応答性は得られていない。加速度波形で見ると、電池+エンジンの定点出力でリーフと同様な立ち上がりを見せるが、一瞬遅れてエンジン出力の増加に伴って加速度がエンジン騒音と共に増加する。エンジン停止状態からの加速を筆者が想像して追記したが、エンジンの始動と回転数増加に時間が掛かるので、CVT車の急加速のような応答遅れとエンジン騒音を伴う加速になる。
初代ノートe-POWERを例に定量的に説明すると、e-POWERのエンジンは、図に示すように多くの場合18kW(2400rpm/70Nm)の定点運転をする。1.5kWhの電池出力は約40kWなので、定点運転中に加速すると58kWのBEV相当の加速が即座に得られる。それ以上の加速はエンジン出力(回転数)の増加に伴って、最大エンジン出力55kW×発電効率+電池40kWの約90kWの電力が得られるので、モーター出力限界の80kWの加速が得られる。ただし、応答遅れとエンジン騒音は避けられないので、BEVの気持ちよさは得られない。
言い換えると電池出力の40kW以下の加速であれば、バッテリ-のSOC(充電率)が十分な状態であれば、町中走行はBEVの快適な走りを楽しめる。一方、ヤリス、フィット、ロッキーのハイブリッドが搭載しているバッテリーはノートの約1/2の容量なので、電池出力は20kW程度だ。これでは、のろのろ運転以外はEV走行できない。
以上より、将来のハイブリッドとしては、BEVに近い快適走行ができる十分な出力のバッテリーを搭載するシリーズハイブリッドが相応しい。
4-2 シリーズハイブリッド専用エンジンの条件
将来のハイブリッドを考えると、BEVが普及してくるとその快適な走りを体感する人が増えてくるので、ハイブリッドもBEVに近い走りを提供することが必要になる。そのため、2.0kWh程度のバッテリーを搭載して50-60kWのEV走行を可能にしたい。定点運転は20kW前後で、最高出力は180km/hの連続走行ができる55kW以上とする。燃費がいいことは当然として、エンジンの存在が分からないようにしたいので、振動騒音を徹底して抑えるコンセプトとする。
燃費を考えると、基本諸元はロングストロークに行き着く。2000年台まではS/B比1前後が一般的だったが、2011年のSKYACTIV-G がS/B比1.1 、2017年のトヨタのTNGAがS/B比1.2、最新のダイハツ1.2LがS/B比1.28と燃費向上のためにロングストローク化が進んでいる。SIPで熱効率50%を達成したエンジンはS/B比1.7だ。ロングストロークはボアが小さいのでノッキングに有利で、燃焼室が厚いので表面積が小さく冷却損失が減少するほか、熱効率の向上には欠かせない。ただし、ピストンスピードが増加するので、高回転出力を出しにくい、高回転のピストンの摩擦抵抗損失が増加するといった短所もある。
また、熱効率向上の手段としてSIPでもスーパーリーンバーンと呼ぶNOxが極めて少ないλ>2の超リーン燃焼を採用している。吸入空気量に対して通常のストイキ燃焼の1/2以下の燃料しか供給しないので、熱効率が向上しても発生トルクが減少する。そのため機械抵抗損失の割合が増加して、熱効率向上を阻害するという問題がある。
一方、シリーズハイブリッドのエンジンは低回転中負荷の熱効率が高い領域で運転する頻度が高いので、低回転の中負荷の振動騒音を抑制する必要がある。この領域の振動は、主としてトルク変動によって発生するフライホイールを加減速する反力モーメントが原因である。2〜3気筒エンジンの低回転振動の原因はこの反力モーメントで、自動車用として2気筒エンジンが普及しない主要因だ。ヘロンバランサー(https://serakota.blog.ss-blog.jp/2021-06-13)を搭載すればこの振動はバランスすることは知られているが、実用化された例はない。 ロングストローク、リーバーン、低回転振動の課題を解決する方法として、ここでは下図のような対向ピストンエンジン(OP2S)を提案する。クランクが2本のため、ストロークは2倍になるが、ピストンスピードは増加しない。2ストロークエンジンなので、同じ1回の燃料噴射量で2倍のトルクを発生する。往復慣性質量、フライホイールとも逆方向に運動するので、慣性力とフライホイールの加減速モーメント共に完全バランスの無振動エンジンが実現できる。結果、上記の3つの課題は解決する。
対向ピストンエンジン(OP2S)は第2次世界大戦中のドイツのユンカース爆撃機に搭載されていたことで知られているが、トラック用としても世界各地で量産されていた時期がある。最近では米国のベンチャー企業Achates社が3気筒2.7Lディーゼルエンジンを開発している。
最近、水素エンジンへの期待が再燃して、いくつかのエンジン研究所で新たな開発が始まっており、OP2Sは水素エンジンにも適用できる。NOxと燃焼騒音を避けるために超リーン燃焼を採用せざるを得ない、燃焼火炎が燃焼室壁面近くまで達するために冷却損失が多いという水素エンジンの短所は、前述のOP2Sの特徴を生かすことで大幅に改善できる。
さらに無振動エンジンの特性から、単室排気量を大きくしても振動の問題が発生しないので、3〜4Lの単気筒ディーゼルエンジンの実現、低回転高負荷運転の振動が大きい舶用エンジンへの適用ほか、無振動特性を生かす使い方がたくさんあるはずだ。
読者の皆さんからのOP2Sを適用する乗り物や機械などの提案を期待しています。
4-3 シリーズハイブリッド専用対向ピストンエンジンのコンセプト
ここからは、OP2Sをシリーズハイブリッド専用ガソリンエンジンとして開発する場合の、筆者が考えるコンセプトを紹介する。シリーズハイブリッド専用エンジンはアイドルや低負荷運転を避けられるので、2ストロークの弱点は克服できる。かなり専門的になるが、全くの新エンジンを企画設計するイメージを味わっていただけると思う。
このエンジンはボア×ストローク:86×103×2のS/B比2.4の単気筒OP2Sの1.2Lエンジンだ。2本のクランクシャフトは逆回転、2ストロークの掃気はルーツブロアで行い、2本のクランクシャフトからチェーンで増速した2組の発電機を搭載する。逆回転のフライホイールと発電機がヘロンバランサーとして働き、無振動を実現する。
燃焼室は副室ジェット燃焼を採用、定点運転には超リーンバーンを適用する。図示していないがクールドEGR経路を持ち、それ以上の出力が必要な場合は高EGRストイキ燃焼にして負荷を高める。さらに最高出力は高回転を使う。定点運転は熱効率が高く振動騒音が少ないことが条件だ。高負荷運転は熱効率が高く振動騒音が少ないことが好ましい。最高出力運転は、連続高速走行と高速登坂走行に十分な出力が必要になる。合わせて高効率も必要になる。
OP2Sの特徴として、吸気ポート形状から想像できる様にタンブルによる強い筒内流動を作りにくいことが挙げられる。スワールは容易にできるが、スワ-ルが強いと掃気中に高温の既燃ガスがシリンダ中央に集まって排気されずに残って残留ガスが増加する。そのため筒内流動に頼らない燃焼として、ここでは副室ジェット燃焼を採用する。
副室ジェット燃焼は、燃焼室の横に小さな副室を設け、その中に点火プラグを配置して着火、高温高圧になった副室から、複数の小さな連通口を通ってジェット火炎が主室内に噴出してリーンな主室内の混合気を急速燃焼させる燃焼方式だ。
この燃焼方式は、レースの世界では数年前から採用が始まり、F1では主流になっている。市販車では、マセラティが2020年にスポーツカー用のV6エンジンとして実用化した。目的はリーン燃焼のノック抑制であるが、超リーンバーンへの適用の研究も行われている。副室内にインジェクターを持つアクティブ方式もあるが、副室内のリーン混合気を着火しやすくするため、ここでは燃料の蒸発による温度低下が起こらない。副室内にインジェクターを持たないパッシブ方式を採用する。直噴のインジェクターは副室の反対側に配置する。
副室をλ>2の超リーンバーンで着火させるには、副室内の既燃ガスを掃気して、残留ガス割合を低下することが必要になる。そのため、副室内には電磁バルブを設け、圧縮行程でバルブを開いて副室内のガスを吸気マニホールドに逃がす仕組みを導入する。副室周りの混合気の状態に応じて、電磁バルブの開時期を制御すれば、副室内の空燃比を主室とは独立して制御できる。
高負荷SI運転では、排ガス対策のためにストイキ燃焼として三元触媒を使う必要があるが、2ストロークエンジンでは、十分な掃気を行うために排気ポートへの新気の吹き抜けが避けられないので排気がストイキにならない。そのために新気の吹き抜けを防止する機構を導入する。図は最近の2ストロークエンジンが採用している、層状掃気システムだ。2ストロークエンジンをよく知らない読者が多いと思うが、基本的な仕組みはモーターファン・イラストレーテッド誌Vol.163/P84-91を読んでみて欲しい。
層状掃気というのは、TDCで混合気をクランクケースに吸入する時に、別ルートから掃気ポートに燃料を含まない空気を吸入する仕組みだ。次に下死点で掃気ポートが開くとクランクケース内の混合気がシリンダに送り込まれる。最初にシリンダ内に流入するのは、掃気ポート内にある空気で、続いてクランクケース内の混合気が流入する。その結果、流入空気流の先頭になる空気が排気ポートから最初に吹き抜けるので、燃料を含む混合気の吹き抜けが大幅に抑制される。
このシステムは排ガスのHC対策として使われるが、ストイキ排気のためには燃料でなく、空気の吹き抜けを防止しなくてはならない。まだアイデアレベルであるが、層状掃気の空気の代わりにEGRを利用すると、ストイキ燃焼の排気には未燃空気(酸素)がほとんど含まれないので、排気はほぼストイキを維持できる。図のように、掃気ポートが開く前にクールドEGRをポート内に導入して、ポート内から空気を追い出しておけば、掃気後半に新気の吹き抜けが始まる時期には排気ポ-ト周辺は酸素を含まないEGRガスになるので、空気の吹き抜けは発生しない。EGR専用ポートを設けて、排気ポート開直前のシリンダ圧力を利用すれば、EGRを吸気ポートに効果的に導入できる。
このコンセプトエンジンの性能を1次元の性能シミュレーションで予測した。性能に影響するパラメータが10個以上あるので、最適化ソフトを使って、熱効率が最大になるパラメ-タを設定した。ただし、燃焼については計算が複雑で予測精度が十分な状況にないので、副室ジェット燃焼が期待通りの燃焼を実現できるものと仮定した。また、EGR層状掃気の影響は評価していない。なお、容積比は24.5に設定、SIストイキ運転ではEXクランクの位相を6度遅角(容積比24.0)するEXポート遅閉じと、長い排気管の圧力振動の負圧波を利用したミラーサイクル効果で有効圧縮比を14.4まで低下させてノックを回避している。
定点運転は「SI_S-Lean」の超リーンバーンで19kW/2400rpm効率48%、高負荷は「SI_best」のストイキ運転で37kW/2400rpm効率48%、最高出力点の「SI High rpm」では、ストイキ運転で75kW/4500rpm効率44%が期待できることが分かった。定点運転は無振動、他の2点は微振動エンジンになる。
現在、三次元の流体シミュレーション技術を使って、吸気ポート形状、副室形状、EGR層状掃気の研究を計画しているので、来年の年頭所感では、より具体的な構造を紹介したいと思う。