油圧アシスト式パワステだからこその「特質」:奥深く、味わい深い操舵フィール

省燃費要求から次々に電動PS化される乗用車のステアリングアシスト。だが、その操舵フィールに不満を抱くドライバーは数多い。それは油圧PSというリニアで人間の掌の感覚と調和したシステムの美質を知っているからこその不満だ。40%を超える油圧PSグローバルシェアを誇るジェイテクトで、新旧両システムの利害得失を訊いた。
TEXT:三浦祥兒(Shoji MIURA)

モーターファン・イラストレーテッド vol.143「油圧の技術」より一部転載

世の中のクルマがどんどん電動パワーステアリング(EPS)化されるようになったのは、ひとえに燃費向上の要求からだ。油圧パワーステアリング(HPS)は、アシストのための油圧をエンジン出力で作り出す。加速のために使うはずのガソリンが、多少なりともステアリング操作のために食われることになるから、CO2排出量削減要求がグローバルスタンダードになってくると、HPSはその槍玉にあがるようになったのだ。2014年に35%だったEPSに対するHPSのシェアは2022年には9%にまで減少すると言われている。

EPS化の要求は燃費の問題だけではない。自動運転のためにはステアリングをクルマ側で操作することが求められるが、その際EPSであれば最初からアクチュエーターたるモーターが付いているから、制御ロジックだけを組み込めばよい。けれどHPSだと改めてモーターを付けてやらねばならず、二重投資になってしまう。だったら最初からEPSでいけば簡単だ、という論法が主流になってきたのだ。

それでもまだ、HPSには存在理由が残されている。

まず、現状のEPS用モーターではアシスト力が不足する大型車用だ。特にバス・トラックにEPSを装着するのは当面無理だろう。また、SUVのような車種は車重も重く大きなエンジンを積んでいるので、相対的にHPS用のオイルポンプが燃費をスポイルする度合いが少ない。もうひとつは信頼性だ。HPSのトラブルはほとんどの場合フルードのリークに因る。配管が千切れでもしない限りリークは徐々に進むから、ドライバーは異音やアシスト量の低下などの予兆を感じ取ることができる。しかしEPSの故障イコール完全な機能失陥なので、そうなったらとりあえず家まで帰る――ということも不可能になってしまう。同様の理由でアジアの途上国では、壊れても簡単に直せるHPSが歓迎される。三菱のフィリピン向けデリカ・トラックでは、1979年の登場以来彼の地の要求でHPSを使い続けているらしい。部品も当時のままなので補修部品を供給するジェイテクトからすれば痛し痒しらしいが。

そしてなにより、HPSは操舵フィーリングが優れている。「EPSだって制御次第でHPS以上のモノは作れる」という意見もあり、技術の進化を考えれば正論ではあるけれど、EPSはその基本構造からして宿痾があるのだ。EPSのモーターが回転すると慣性が働く。ドライバーが操舵を終えてステアリングを戻そうとしても、その慣性力によってタイヤの向きを変えようとする力が残ってしまう。また、モーター自体のフリクションが、路面の状態やSAT(セルフアライニングトルク)を感じ取ろうとするドライバーの掌の感覚を惑わせる。

ラック&ピニオン式の油圧アシスト機構(FIGURE:JTEKT)

EPSはドライバーがステアリング操作をしてからその操舵量とスピードをECUが判断した後、モーターに信号を出してそれからやおらモーターが動き出す。わずかではあるが応答遅れが不可避に発生するのだ。さらに
フリクションによるフィールの濁りによって、人間側にも操作に無意識の逡巡が出る。両者が重なると応答遅れは複合化して、操作とECUの指令の間に看過できない矛盾が生じる。EPSと人間がケンカを始めて、結果的に制御が混乱してしまうのだ。ベルジャンロードでEPSをテストすると、制御の混乱と応答遅れの積み重ねでノンアシスト状態になってしまうこともよくあるのだそうだ。考えてみれば、一般的にモーターは一定の方向に回転を続けるものであって、慣性に抗って逆回転を繰り返すようにはできていない。それを制御でなんとかするのがEPSの勘所なのだが、人間のステアリング操作のやり方は百人いれば百人違い、その個人差をすべて呑み込んで十全なフィールを作るのはどう見ても難しすぎる。

「そもそも自身の回転トルクに逆らって行ったりきたりするのはモーターが不得手なこと」と、油圧のスペシャリストであるジェイテクト・油圧システム技術部・第1油圧技術室 室長の伊藤守宏さんは言う。HPSの油圧バルブをモーターで動かす実験をしてみたところ、機構はHPSのままであるにもかかわらず、その操舵フィールは見事なまでに不出来なEPSになってしまったそうだ。どうやらモーターはステアリング機構と基本的に相性がよくないらしい。

よくできたと思えるEPSでも、やはり中立付近の微舵領域には曖昧なところが残っていることが多い。HPSは中立状態で常に両方向に油圧がかかったスタンバイ状態にあり(それ故に少なからず油圧の駆動損失が出てしまうのだが)、ほんのわずかの操作でも間髪入れずにアシスト力が立ち上がる。戻す場合も左右の油圧が釣り合うところに勝手に収まるようになっているから、タイヤやサスペンションの偏位がない限り中立は黙っていても出る仕組みだ。その点、前輪のトーやキャスターだけで機械的に中立を保つノンパワーアシストより中立が出やすいともいえるだろう。EPSは反力もモーターで出すため、中立状態では保舵力はフラフラな状態にしておかないと異様に過敏なものになってしまうし、直進を保つためにモーターを動かし続けていなければならなくなる。あえて言うなら中立付近を多少鈍感にしておく必要があるのだ。「このクルマなんだか真っ直ぐ走らない……」と感じるEPSが多いのは、そういうことなのである。

そうはいってもHPSだって普及が進み始めた頃のものは結構ヒドかった。油圧ポンプの容量が足りずにスティックしてしまったり、エンジンの回転数によってアシスト量が変わってしまうものも多かった。HPSのキモは油圧供給だけに、油圧ポンプの性能はHPSの良否を左右する。「フルードの流量はアシスト量だけでなくフィールにも影響する」とはHPS設計に携わるステアリング事業部・西部テクニカルセンター・第2設計室・第2設計グループ・グループ長の池田強さん。ジェイテクトではHPSのポンプ損失を低減するため、機械式ポンプに電磁弁を付加し、ECU指令によって随時流量を制御して非操舵時のロスを抑える「V.F.Cポンプ」を開発しているが、それはステアフィールのチューニングにも役立っているという。ECUに複数のマップを組み込むことで、ダンパーや出力の可変モード制御と操舵力変化を組み合わせることが可能になるのだ。

EPSが容量の点で大型車やSUVには使いにくいことは先記したが、HPSも砂漠のような場所でスタックしてゴリゴリ据え切りを繰り返されると、油温が上昇してポンプを焼き付かせてしまう。HPSの作動時に圧力を制限するレリーフバルブから先のポンプ内だけでフルード(わずか60cc!)が循環するからだ。そこでレリーフバルブをポンプから離した場所に設置し、循環する容量を1L近くまで増やして温度の上昇を緩慢にする「外部レリーフシステム」という製品も2007年から供給している。

HPSの弱点であるポンプ損失を緩和するには、ポンプの動力をエンジンから切り離して電動化するのが良策だ。いわゆる電動油圧パワステというヤツで、ジェイテクトでは「H-EPS(電動油圧パワーパック)」と呼称している。前記のV.F.Cポンプが従来品から45%の燃費低減効果を持つのに対し、H-EPSは70%(スタンバイ時)〜80%(作動時)もの省燃費が可能になった。頻繁にエンジンが停止するHEVでもHPSを選択できるようにもなる。機械式ポンプはエンジンが低回転時でも流量を確保しなければならないのでどうしても大型になるが、モーターはオンデマンドで力を出せるから流量は1/10程度で済み、ポンプ自体が小型化できる。そのためベーン式から低コストのギヤ式にポンプ形式が変更になっている。クランクプーリーと同一平面上に設置しなければならない機械式と違って、搭載位置を自由に選べるのも電動式の利点だ。

HPSの低燃費化手法:H-EPS・電動パワーパック(FIGURE:JTEKT)

H-EPSは低流量で済むとはいえ、大型車用はそれなりに流量を確保する必要から、パワーパックを二重に装備。モーター故に必要な冗長化に対応する。小型車用の冗長化対応としては、V.F.Cポンプにパワーパックを組み合わせる方法を使う。

ポンプで油圧の供給が万全になっても、それだけでは麗しい感触のHPSにはならない。操舵スピードによって要求される油圧は変化するから、単に油圧供給するだけではフィールにバラつきが出てしまう。そこで、油圧バルブの開口部の切り欠き角度を部位によって微妙に変化させて油圧の変動を馴らしたり、操舵時に油圧の発生方向を決定するトーションバーの剛性を車種別に細かく変えたり、トーションバー上のOリングの位置や形状の吟味といったチューニングが施される。欧州では高速直進性担保のために、トーションバーの剛性は上げてなるべく不感帯を作らないよう要求されるが、北米では片手運転対応であえて緩めにするなど、フィールの作り込みに関しても地域差があるのだそうだ。

1970年代から40年以上かけて練り上げられてきたHPSも、CO2低減と自動運転という潮流には逆らえず採用数を減らし続けている。HPSの美点である操舵フィールも「自動運転になったら機械が操舵するからフィールもなにもないですから」とは、HPS設計の長である、ステアリング事業本部・西部テクニカルセンター・第2設計室・室長の宮下彰信さん。ジェイテクトにはEPSの開発生産部門もあるから立場としては難しいところと想像するが、世の中の流れのなかで需要の高いものを進化させていくのは必然、とも語ってくれた。

キーワードで検索する

著者プロフィール

Motor Fan illustrated編集部 近影

Motor Fan illustrated編集部