Honda eが後輪駆動になった理由:目標としたサイズと走行性能を実現するための最適解

エンジン横置きFFモデルがいまのところ主流を占めるホンダだが、BEVであるHonda eはなぜ後輪駆動を選択したのか? 初期段階での決断の理由、そしてその後の開発で目指した走行性能についてエンジニアに訊く。
TEXT:安藤 眞(Makoto ANDO) PHOTO:HONDA/神村 聖(Satoshi KAMIMURA)/MFi FIGURE:HONDA

モーターファン・イラストレーテッド vol.186より一部転載

Honda eが後輪駆動となった理由を、あらためてお聞かせいただこう。

「ホンダはMM思想をコンセプトに掲げており、パッケージングの巧みさを強みとしてきたメーカーです。Honda eも企画の当初は、荷室をフィットのように使えるようにするなど、パッケージで勝負しようと考えていたため、FFとしてスタートしました。モーターはエンジンより小さいから、FFでもクルマは小さくできるだろうし、小回りも利くようにできるだろうと考えていたのです」(開発責任者の一瀬氏)

それがなぜ後輪駆動に?

「レイアウト設計を始めて3ヵ月ぐらい経ったときに、那須の山にこもって“ワイガヤ(各部門の担当者が正規の職場以外のところに集まり、自由闊達に本音を出し合う会議)”をやったところ、ボディのプロジェクトリーダーが『前面衝突時のクラッシュストロークを取るには、フロントオーバーハングがあと110mm必要だ』と言い出しまして。モーターはエンジンと違って電気がずっと生きていますから、衝突したときに高圧配線系にダメージを負うのは避けなければならない。だから衝突した後も、どこにもぶつからないようレイアウトしなければいけない。でもクルマは大きくはしたくない」(一瀬氏)

電動車なら、エアバッグのセンサーをトリガーにしてバッテリー内で高電圧をシャットダウンする回路は必須になるはず。しかしそれだけでは充分でないという。シャットダウンするまでの0.1秒以下の間に何かが起きる可能性もある。センサーやコンタクターの故障、Gのかかりかたによってはコンタクターが機能しないことなども考慮すると、二重三重にフェイルセーフにしておく必要が出てくる。そのため構造的に安全にしておくのがもっとも確実だという。

だが、フロントではなくリヤにモーターを搭載しても、後突試験があるのだから、ボディ延長が必要では、と思うかも知れないが、後突は前突に較べて安全性確保のハードルが低い。

「追突時にはシートバックが乗員を支えてくれますから、Gへの配慮は前面衝突よりずっと楽です。しかも、後突のときは自分は停まっていますから、車重以上のエネルギーは発生しません。エネルギーを吸収するためのストロークは前ほど必要ありませんから、ホットスタンプ材などでモーターの周囲を固めれば、クルマを大きくしなくても成立するんです」(一瀬氏)

これだけ聞くと、“衝突安全”という消極的な理由でリヤモーターを選択したように聞こえるが、実態はそうではなかった。

「小回りできるように転舵角を大きく取りたいけれど、ドライブシャフトのジョイント角が限界を決めてしまうので、『この仕様では関節(等速ジョイント)が脱臼します』という話もありました。でもそういうのは表向きの理由で、じつはみんな『315NmもトルクのあるモーターでFFでは、楽しいクルマにはならないよね』と思っていたから、『RRにしようよ』とその場で決まりました。ですから『EVにとっての駆動方式はなにが良いのか』という以前に、自分たちが楽しみたかったんじゃないかと」(一瀬氏)

そうした経緯でRRとなったHonda eだが、実際にはどのようなメリットがあったのか。性能目標の設定などを取りまとめた新家エンジニアによると「いちばん大きいのは、前後重量配分50:50が無理なくできるということです。補機類が前にあって、いちばん重いIPU(バッテリー及びECU)が真ん中にあって、後にモーターがあれば、それだけでほぼ50:50になります。しかもモーターはエンジンに比べて低いところに置けますから、重心高を低くできるというメリットもある。重心高が低ければ、ロールやピッチのモーメントは小さくなりますから、ばねやダンパーを柔らかくできるので、乗り心地は悪くなるはずがない。しかもステアリングを前引きにできますから、『上質なのに軽快』という相反要素を両立できて、ICE車より一段上の運動性能が狙えるというのが、後輪駆動化によって得られるいちばんのメリットだと思います」

「あれだけ小さなクルマで50:50の重量配分ができたのは、モーターをリヤに置けたからです。これを内燃機関でやるには、ミッドシップにする必要があり、後席は犠牲にせざるを得ません。Bカテゴリーのハッチバック車で重配50:50、かつS2000並みの低重心にできたのは、EVだったからこそ、と言うことができます」(一瀬氏)

 “EV+後輪駆動”はメリットばかりのように思えるが、唯一の懸念材料が回生ブレーキだ。

「減速エネルギーの回生制御は、開発に時間がかかったところです。後輪で回生を取る場合、タイヤの摩擦円を回生で使い切ってしまうとオーバーステアになりますし、減速時に荷重移動が起きることを考慮すると、前で回生を取るより、理屈の上では上限は低くなります。ドライバビリティを無視して能力いっぱいの回生を取ろうとすれば、315Nmぶんのブレーキ力が出ますから、後輪では吸収しきれません」(一瀬氏)

とはいえ現実の運転領域で、スタビリティ確保のために回生量を減らすことはしていない。

「回生量とスタビリティのバランスチューニングには苦労しましたが、北海道の圧雪路でも、必要な回生を取りながら、スタビリティも確保できる制御を作り込むことができました。納得のいくレベルになるまで、数ヵ月北海道にこもっていたら、一瀬から『いつまで行ってるんだ!』と怒られてしまいましたが」(新家氏)

圧雪路(一般論でμ=0.2〜0.3)で充分な回生が取れるということは、ドライやウェット程度では、まったく問題にならない。

「急ブレーキをかけるとなると話は別ですが、通常走行の減速度(ほとんどが0.15G以下)なら、回生量を減らさなければならないことはありません。そのくらいの減速Gなら、圧雪路でもロックはしませんから。ですから雪国でも、普通のクルマとほとんど変わらないですね。不安定になりそうな場合でも、油圧ブレーキリッチな制御に切り替えますから」(一瀬氏)

「東北や北海道のお客様には、RRのBEVであることを心配されるかたもいらっしゃるのですが、そこは『安心して楽しめますよ』と自信を持って言えるレベルになっています」(新家氏)

Honda eはシングルペダルコントロールもできるが、そのときも回生ブレーキだけではなく、油圧ブレーキとの協調制御を行なっている。しかも旋回時だけでなく、直進からの制動でも、姿勢を作るために油圧ブレーキを併用している。

「シングルペダルコントロール使用時でも、フロントにもわずかに油圧ブレーキを効かせ、前輪荷重がしっかり乗るように制御しています。リヤで引っ張りすぎると、フロントが浮いてしまって横力が出にくくなりますから。開発当初はリヤの回生だけだったのですが、それだとうしても、狙っていた愉しさが出せなかった。欧州の目の肥えたドライバーにも『おっ!』と思ってもらえる性能にしたかったので、そういうことをやり始めました」(新家氏)

「油圧と回生の協調は、フィットEVからやっていますので、スムーズに受け渡すノウハウの蓄積はあるんです。当時は『ホンダはBEVで遅れている』と言われていましたが、じつはけっこういろいろやっていたんです」(一瀬氏)

BEVと後輪駆動の相性は、非常に良いようだ。

「運動性能以外の点でも、すごく良いと思います。内燃機関のような振動騒音がありませんから、音の点でスッキリしています。それならば、ステアリングフィールやアクセルフィールもスッキリさせたい。そういうトータルとしてのど上質感を出すためにも、ドライブシャフトのないところにステアリング系が配置でき、余計な振動が伝わってこないとか、駆動力の応答性が高いというのは、良いことだと思います」(新家氏)

「Honda eはRRであるがためにスポーティを目指していると誤解されがちですが、新家は『楽しい』を目指したのであって『スポーティ』を狙ったわけではないんです。スポーツを狙うなら限界性能だけ追っていれば良いのですが、そこは追いすぎず、乗りやすくて楽しくて、長いこと乗っていても飽きないことを大切にしました。Honda eはRRの特質を、今までの概念とは違う方向に体現したクルマなんです」(一瀬氏)

(左)一瀬智史氏:本田技研工業株式会社 デジタル改革統括部 プロセス改革部 プロセス企画課 シニアチーフエンジニア
(右)新家崇弘氏:本田技研工業株式会社 四輪事業本部 ものづくりセンター 完成車開発統括部 車両開発三部 開発管理課 チーフエンジニア

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著者プロフィール

安藤 眞 近影

安藤 眞

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェク…