デファレンシャルギヤ:内外輪速度差がもたらす曲がりにくさ、その解決

(PHOTO:JATCO)
クルマがスムーズに曲がるためには、左右のホイール回転速度差をうまくいなす必要がある。そのための仕組みがデファレンシャルギヤ。なぜ必要なのか、どのように働いているかを考える。
TEXT:安藤 眞(Makoto ANDO) ILLUSTRATION:熊谷俊直(Toshinao KUMAGAI)

モーターファン・イラストレーテッド vol.177より一部転載

トランスミッションから出力されたエンジントルクは、左右のタイヤに振り分けられる。このときに必要なのは、①トルクは常に左右均等であること、②旋回時に左右輪に生じる回転数の差を許容しなければならない、という2項目だ。

ひとつ目の理由は、わかりやすいと思う。左右の車輪にトルク差があると、重心まわりにヨーモーメントが発生し、クルマが向きを変えてしまうからだ。これを利用したのがトルクベクタリングなのだが、それは「基本的に真っ直ぐ走ること」を前提として制御すべきもの。ドライバーの意思とは無関係にクルマが向きを変えてしまっては、運転自体が成立しない。

ふたつ目の理由も、簡単な作図で説明できる。クルマは旋回する際、ある点を中心とした円運動を行なっている。円でないカーブを曲がる場合でも、ある瞬間を取り出せば、特定の中心を持つ円運動だ。となると、カーブ内側のタイヤ(内輪)と外側のタイヤ(外輪)では、外輪の旋回半径のほうがトレッド分だけ大きくなる。いっぽうで、旋回中に変化する中心角は内外輪とも同じだから、描く円弧は外輪のほうが長くなる。すなわち旋回中は、内輪より外輪のほうが速く回る必要がある。そして内外輪の回転速度差は、旋回半径が小さいほど、すなわち操舵角が大きいほど大きくなる。

ここで、もしも左右輪が1本の軸で繋がっていたらどうなるかを考えてみよう。旋回中には内輪は遅く回ろうとし、外輪は速く回ろうとするから、双方の間で力のぶつかり合いが起こる。具体的に言うと、内輪は外輪にブレーキを掛けようとし、外輪は内輪を駆動しようとするのだ。すると、何が起きるのか?
 内輪は地面を蹴ろうとするから、旋回方向とは反対側にクルマを向けようとする。しかも外輪は制動しようとするから、やはり旋回方向とは反対側にクルマを向けようとするモーメントを発生する。すなわち左右の回転数差が許容されないと、マイナス方向のトルクベクタリング効果が生まれ、クルマは曲がりにくくなってしまうのである。

これを解決するために考案されたのが、“デファレンシャルギヤ”と呼ばれる機構。 デファレンシャルギヤの和訳は“差動歯車”。“作動”ではないのは、左右の歯車の回転数“差”を許容するための装置だからだ。発明したのは、フランスの機械技術者、ネオシフェール=ペックール。ダイムラーとベンツがガソリン自動車を発明する59年前の1827年のことで、蒸気エンジンを搭載した4輪自動車に、これを採用している。ペックールは時計職人でもあったため、歯車機構に精通していたと思われる。

デファレンシャルギヤを構成する要素は、左右の回転数差を吸収するための“スパイダーピニオン”、その軸を支持する“デフケース”、スパイダーピニオンからのトルクを受け取り車輪に伝達する“サイドギヤ”で、デフケースはトランスミッションからのトルクを受け取る“リングギヤ”に剛結されている。すなわちスパイダーピニオンは、走行中はリングギヤといっしょに公転している、ということだ。

デファレンシャルギヤの働きを理解するための第一歩は、「デファレンシャルギヤは遊星歯車の一形態」と認識すること。スパイダーピニオンとデフケースは、遊星歯車のプラネタリーピニオンとデフケースに相当する。サイドギヤは一方がサンギヤで他方がリングギヤ。一般的な遊星歯車のような平面配置にしてしまうと、サンギヤのピッチ円半径(噛み合い半径)とリングギヤのそれが異なってしまい、伝達トルクが50:50にならないため、ベベルギヤ(傘歯歯車)にして双方のピッチ円半径を揃えたのが、デファレンシャルギヤだと解釈できれば、その働きは理解できたも同然だ。

では、実際の動きを確認してみよう。直進時には、スパイダーピニオンは自転せず、両方の噛み合い面で左右のサイドギヤを均等に押しながら、車軸を中心に公転する。スパイダーピニオンとサイドギヤの噛み合い面半径は左右とも同じなので、スパイダーピニオンの回転軸を中心としたやじろべえのような力の釣り合いとなり、トルク配分は50:50となる。

旋回が始まり、左右の噛み合い面の反力(=駆動抵抗)に差が生まれると、やじろべえのバランスが崩れそうになるが、スパイダーピニオンが回転することでそれを吸収。左右のサイドギヤの回転数に差を生じさせると同時に、噛み合い面の反力(サイドギヤへの伝達トルク)は、常に50:50になるようにバランスされる。

しかし実際の走行では、タイヤのグリップ力は左右均等になっているとは限らない。たとえば旋回中なら、荷重移動によって外輪側が大きく、内輪側が小さくなる。そこに50:50のトルクを伝えれば、内輪側が先にホイールスピンを始める。ここでスパイダーピニオンは、歯面反力の小さいほうに合わせてバランスしようとするため、グリップを失った内輪と同じレベルまで、外輪側のトルクも減らしてしまう。サーキットならタイムロス、悪路ならスタックだ。

そこで、ピニオンシャフトやサイドギヤに摩擦要素を付加し、スパイダーピニオンを自転しにくくして差動を妨げる装置LSD(Limited Slip Differential)が発明された。

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著者プロフィール

安藤 眞 近影

安藤 眞

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェク…