回生によるエネルギーマネジメントの難しさ:フォーミュラE[ZFとモータースポーツ]

(PHOTO:ZF)
自動車関連製品とシステムのグローバルサプライヤーであるZF(ゼット・エフ)は、2016年にモナコに本拠を置くヴェンチュリー・フォーミュラEチームとテクニカルパートナーシップを結び、フォーミュラEへの参戦を始めた。「シーズン3」と呼ぶ2016/2017年シーズンに、ダンパーを供給することで開発に関与。2017/2018年のシーズン4ではギヤボックスの供給を始めると、第2世代を意味する「Gen2」シャシーが導入された2018/2019年のシーズン5で、電動パワートレーンの供給を開始した。電動パワートレーンはモーターとインバーター、ギヤボックスで供給される。共通仕様のバッテリーが蓄えたエネルギーを有効に使うためのソフトウェア開発も開発領域のひとつだ。
TEXT:世良耕太(SERA Kota)

ZFのフォーミュラEに関連する開発・製造拠点はドイツおよびチェコに点在している。レース活動の主体であるZFレース・エンジニアリングはシュバインフルトにあり、ここで、ダンパーの開発および製造、パワートレーンシステムの開発およびテスト、モーターの開発および試作、カーボンパーツの設計と製造などを行なっている。

ギヤボックスの製造はドイツ・ザールブリュッケン、ギヤボックスの開発とインバーターの開発、コンポーネントのテストはドイツ・フリードリヒスハーフェン、ソフトウェア開発、システムキャリブレーション、プロジェクトマネージメント、システムテストはドイツ・シュヴァインフルト、インバーターの開発はチェコ・プルゼニ(ドイツ語名ピルゼン)、ギアボックス製造とプロトタイピングはドイツ・ザールブリュッケンといった具合だ。まさに、全社を挙げての活動となっている。

Gen1車両で行なわれたシーズン4では、モーターの最高出力は予選時に220kW、レース時に180kWに規制されていた。フォーミュラEには独特のルールがあり、ファン投票によって多くの支持を集めた上位のドライバーにレース中エクストラのブースト機会が与えられる。「ファンブースト」と呼ばれる制度だ。人気を集めた上位5名のドライバーは、レース後半にプラス20kW、すなわち220kWの出力を5秒間、任意のタイミングで使うことができた。ファンブーストを使えば追い抜きのチャンスを拡げることになるし、逃げを打っている場合は防御に使うこともできる。

(PHOTO:Mahindra Racing)

Gen2車両ではモーターの出力が引き上げられ、予選時は250kW、レース時は200kWの出力を発生することができるようになった。ファンブーストの出力は+50kWの250kWに設定された。また、シーズン5からはレースに「アタックモード」が導入された。コースに設けられた特定のゾーンを通過すると、一定時間、+25kW(225kW)のブーストが得られる仕掛けだ。特定のゾーンを通過するには走行ラインを外さなければならず、追い抜かれるリスクもある。しかしいっぽうで、ブーストの威力は大きな武器になる。アタックモードの使用は義務のため、使わないとペナルティが科される。どのタイミングでどう使うかも、レースの展開を左右する。

Gen1車両で行なったシーズン4まで、回生側の出力は150kWに規定されていたが、Gen2車両が導入されたシーズン5以降は力行側と同じ250kWに引き上げられた。これにともないブレーキ・バイ・ワイヤ(BBW)が導入された。量産電動車両の技術用語としては「協調回生ブレーキ」として知られる技術である。モーターの発電抵抗を利用した回生ブレーキと、従来の油圧(摩擦)ブレーキの配分を自動制御する技術だ。このタイミングで、ZFは電動パワートレーンの開発に乗りだしたことになる。

Gen2車両が導入されたシーズン5からは、レースのフォーマットも変わった。シーズン4までは周回数(距離)が設定されていたが、シーズン5からは「45分+1周」になった。バッテリー容量はほぼ倍増し、Gen1の28kWhから、Gen2は52kWhに増えた。シーズン4まで、ドライバーは周回数が設定されたレースの途中で充電済みの車両に乗り換える必要があったが、シーズン5からは、充電済みの車両で最初から最後まで走りきれるようになった。

(PHOTO:Mahindra Racing)

いや、最後まで走りきれるかどうかはエネルギーマネジメント次第で、このエネマネのソフトウェア開発がそれ以前にも増して重要になった。例えば、44分59秒に先頭のマシンがコントロールラインを通過した場合、レースは残り2周となる。ところが、45分1秒で通過した場合は、残り1周だ。極端にいえば、2秒の違いで周回数が1周変わる。与えられたエネルギーを使い切ってスピードに転化するのがエネマネの狙いだが、攻めすぎたり、展開を見誤ったりするとエネルギーが足りずに電欠で止まってしまう。反対に、エネルギーを余らせてはもったいなく、ゴールした瞬間にゼロになるのが望ましい。ファンブーストの権利を得た場合はエネルギーマネジメントの修正が必要で、そうなることを想定し、事前に準備しておく必要がある。

予選とレースでもエネマネは異なる。予選ではエネルギー量の制約がないから、ラップタイムを最優先したエネマネとする。いっぽう、レースで予選と同じ走り方をするとバッテリー電力量が不足して最後まで走りきれないので、減速時の回生を重視したマネジメントになる。ラップタイムの貢献度が高いエリアでエネルギーを使って加速し、出力感度の低いストレート後半ではリフトオフして空走。減速時は回生ブレーキに頼り、エネルギーを可能な限り回収する。力行側、回生側とエネルギーの出し入れを頻繁に行なっているとバッテリー温度が上昇するので、熱マネジメントも重要だ。レースでは回生に頼るので、リヤの油圧ブレーキはほとんど出番がない。

レース主催者から提供を受けるサーキットデータをもとに、ZFとヴェンチュリーは事前に共同でシミュレーションを行なった。検討を重ねて最適なエネルギーマネジメントを構築したうえでサーキットに赴き、現地でのフリープラクティスで微調整を行ない、予選〜レースで最良のパフォーマンスが発揮できるよう作業を進める。モーターやインバーターにギヤボックスといった電動パワートレーンを構成するハードウェアの効率を高める開発も重要だが、限られたエネルギーを有効に速さに結びつけるエネルギーマネジメントも重要。シーズンを通じて一瞬たりとも気を抜ける瞬間はない。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…