モーターファン・イラストレーテッド vol.152「クルマにまつわる単位」より一部転載
40歳代以上のみなさんなら、あるときからクルマのカタログに記載されている出力が「ps」から「kW」に、トルクが「kg-m」から「Nm」に変わった(または併記されるようになった)ことを憶えている方も少なくないと思う。これは1992年に実施された計量法の改正によって、工学単位からSI単位に切り替えが行なわれたことによるものだ。
日本は1886年にメートル条約に加盟する以前は、尺貫法という単位を使用していた。昔からある道路は尺貫法で作られたため、幅が一間(約1.8m)の倍数となっていることが多い。メートル条約に加盟した後も、建築関係は尺貫法が使い続けられていたため、いまでも日本家屋の間口や鴨居の高さは、尺貫法で作られるケースが少なくない。
しかし、輸出もする工業製品となると、日本独自の単位では具合が悪い。そこで1951年に、度量衡法を改めた旧計量法が制定され、工業製品に関しては、原則として長さをメートル(m)、重さをキログラム(kg)、時間を秒(s)で表す工学単位が使われるようになった。
さらに1960年開催の国際度量衡総会(CGPM)において、メートル法を改良したグローバルな単位系として、The International System Of Units、すなわち「SI単位」が制定される。主な特徴は、力をkgfではなくN(ニュートン)、出力をpsではなくW(ワット)、圧力や応力をkg/cm2ではなくP(パスカル)で表すなど、それぞれの分野で業績を残した人物の姓を単位に採用したことだ。
CGPMの発表を受けて、日本工業規格(JIS)は1972年から段階的にSIの導入に向けて動き出し、1990年には完全SI化に向けた技術的方針を発表。91年4月からは、日本自動車技術会(JSAE)でもSI単位への統一が開始されている。
それと並行して、文部科学省が教育課程へのSIの導入を決定。92年度の小学過程を皮切りに、翌年には中学、翌々年には高校の検定教科書をSI表記で統一するよう指針を発表。学業の場では、SIへの移行がスムーズに行なわれている。
世界的に見ても、欧州連合を中心にSIへの統一が進められていたのだが、旧来の慣習は、なかなか改まることはなかった。とくに、長らくヤード・ポンド法を使用してきたイギリスとアメリカは、未だにクルマのカタログ表記の最高出力に「HP」、最大トルクに「lb-ft」を使用しており、日本のメーカーも、それらの市場では現地方式に倣っている。
設計の現場でも、同様の状況が続いている会社があるらしい。「らしい」と推測なのは、僕はちょうどSI単位に切り替わる91年末に自動車会社を辞めてしまい、以降のことや他社のことは正確には知らないからだ。
ともあれ、設計は過去のデータやノウハウを伝承することが多く、先達が工学単位系で残した資産をいちいちSIに読み替えていたのでは効率が悪く、上司も直感的に理解できない。だから、なかなか全面移行できないという事情は理解できなくもないが、SIで学んできた学生は、入社してから戸惑うに違いない。