JATCO[JR913E]9速ステップAT:直結感と応答性とスムーズさ

ジヤトコが9速ステップATを開発し、北米で販売される日産車に搭載された。フルサイズピックアップトラックに求められる動力性能や牽引性能、登坂性能だけでなく、ハイブリッド化も見据えた将来の存在意義にも焦点を当てている。
TEXT&PHOTO:牧野茂雄(Shigeo MAKINO) FIGURE:JATCO/NISSAN

モーターファン・イラストレーテッド vol.169「e変速機」より一部転載

 北米で2020年モデルとして発売された日産のフルサイズ・ピックアップトラック「タイタン」に、新しい9速ステップAT「JR913E」が搭載された。開発はジヤトコ、製造は同社の富士工場である。

 この変速機は、もとをたどると日産とダイムラーの技術提携が出発点だ。ルノー・日産アライアンスとダイムラーとの間でパワートレーンの協業が打ち出され、FR車用のエンジンとステップATをダイムラーから調達することになった。そのプログラムのひとつが、当時は日産陣営が持っていなかった9速ATである。ダイムラーとの間で9Gトロニックについてのライセンス契約を結んだ。

 通常、ライセンス生産はオリジナルのフルコピーで行なわれる。しかし日産とジヤトコは、変速機全体の構成はライセンス契約として引き継ぐものの、中身は「できるかぎり自分たちの使い勝手に合うもの」を目指した。そのため、オリジナルの9Gトロニックとはほぼ別物と言っていいような変速機になった。

 では、どのような中身になっているのか。ジヤトコ本社を訪れ開発チーム代表の3名にインタビューした。まず、9Gトロニックの印象を尋ねた。

「変速機は、組み合わせるエンジンの想定やメインとする市場の特性によって設計が変わる。欧州は音・振動にはある意味で寛容だ。例えばアクセルを踏んでいないときの減速しながらのダウンシフト時のショック、エンジンブレーキ感に関しては寛容な面もある。ギヤノイズについても同様で、北米市場は厳しい。9Gトロニックは欧州のステップATという印象だった。このまま車両搭載すると北米市場では指摘に繋がると考えられる点もいくつかあった」

 筆者が欧州で変速機の取材をしたとき、ギヤノイズは車両側の防振・制振で対応すればいいという話を聞いた。それとFR用の変速機では日本より車両搭載要件がはるかに緩いという印象も抱いた。ステップATが売れ筋になるモデルは大型で高額だから、伝統的に全体寸法のことはあまり厳しく問われない。そんな印象を抱いた。性能要求は日本のほうが細かい。

 次に、9Gトロニックの設計をどこまで踏襲したのかを尋ねた。

「9速ATを作るにあたっては自前の7速ATをアップデートするという道もあったが、8速、9速となると遊星歯車(プラネタリーギヤ)セットは4個、ブレーキ/クラッチの締結要素は6要素以上でないと実現できない。これを基本から選ぶと、3要素締結・3要素解放に限定しても4百億通り以上のパターンの中からの選択になる。レシオカバレッジ(最Lowギヤ比÷最Highギヤ比)の広さと、その中を刻むギヤの段間比(ギヤスプレッド)を考えても基本設計は9Gそのままでいいという結論になった。4遊星6締結要素というスケルトン(骨格)は9Gのままだ」

9Gトロニック

 そのレシオカバレッジは、9Gトロニックは1速が5.503と低く2速で3.333、最Highの9速は0.601だから5.503÷0.601=9.156。ジヤトコの9速JR913Eはこれが9.091だ。

「わずかにカバレッジが小さくなった理由のひとつがギヤ形状だ。ギヤノイズをできるだけ小さくしたい。電動化が進めばさまざまな方式のモーターとの組み合わせも予想される。ICE(内燃エンジン)の暗騒音がない状態ではギヤノイズは商品性に関わる。基本性能として静かなATにしておきたいから歯車の仕様が少し違う」

 カットモデルを見たところ、中央部分のギヤボックスのケース長はほぼ同じ印象だが、寸法・重量は前作の7ATより減っているそうだ。

「7速ATではケース外側にあったパークギヤを内蔵したうえで寸法は同じ。トルクコンバーターにはペンデュラムアブソーバー(遠心振り子ダンパー)を装備し、このぶんの寸法が増えたが、ギヤボックス側をコンパクトにすることで吸収した。また、7速にあったふたつのワンウェイクラッチも廃止した。従来の7速ATのスペースにそのまま載せられるサイズだ」

 多板式のクラッチ/ブレーキを締結/解放するためのクラッチピストンは、一部がアルミ鋳造から鋼板プレスへと変更されているという。薄肉化による重量軽減が狙いだ。遊星ギヤセットを構成する歯車の「どれか」にエンジンからの入力を伝える、あるいは切断するという場合は湿式多板クラッチを使う。リング状のプレートとリング状の摩擦材を交互に並べ、そのどちらかを油圧でスライドさせる機構だが、可動する部分(クラッチピストン)は丈夫なアルミ鋳物であることが多い。そこに高張力鋼板をプレス成形した部品を導入した。

 ご覧のようにステップATの中身は複雑に入り組んでおり、部品の薄肉化はレイアウト上でもメリットがある。さらにギヤボックス部分のケースはマグネシウム合金製とし、樹脂製オイルパンとアルミボルトも採用した。電動化でモーターやバッテリーが搭載されると車両重量は一気に増える。変速機を少しでも軽く仕上げておくという配慮だろう。

 つぎにギヤ比の設定。JR913Eは6速が直結でギヤ比1.000。現行の7速はどちらかというとLow側がギヤ比低めでHigh側がやや高めという印象だが、9速ではどこを狙ったか。

「我々の意図としてはクロスレシオ化を狙った。ギヤ比の設定はドライバビリティと音・振動と効率のバランスで選んだ。多段化すると変速回数が増える。7速では2回の変速だった発進加速は4回の変速になる。その4回をすべて、狙った動作点に収めるにはクラッチ/ブレーキを動かすアクチュエーターの性能を高めないといけない」

 さらに続ける。

「多段化は、素早く正確に動くアクチュエーターとセットでないと意味がない。変速が遅ければ発熱が大きくなる。この9速ではクラッチの回転が変化する前からクラッチのガタ詰めをして、狙った油量まで上げて、同時に解放側の油量を下げる動作をしている。この油圧の制御精度が高いから、素早い変速でも変速ショックを抑えられた。これが効率にも効いた」

 JR913Eの動力伝達効率は、計測点にもよるが「イメージで言うと90%の後半。MTと比べても遜色のないところまで来た」と言う。筆者の印象では96%。そう思うポイントはピニオンの数だ。カットモデルを見ると、4つの遊星のうち車輪への出力軸に繋がる前から3番目の遊星だけが4ピニオンで、残る3つの遊星は3ピニオンになっている。細かいところまで気を配り、日本流の「チリも積もれば」の発想で効率を稼ぎ出したように見える。

「7速ATは中トルク対応と高トルク対応の2タイプがあり、高トルク対応のほうは遊星のピニオンが4つまたは5つだった。この9速ATは1タイプで最大700Nmのトルクに対応するが、遊星ひとつを除くとピニオンは3つ。120度の等間隔配置だ。負荷頻度設計とギヤそのものの強度で最適化し、ピニオンを減らした。この分でも伝達ロスをセーブしている。音・振動のキャンセルは90度ピニオン配置が有利だが、ギヤそのものの工夫も含めて120度配置で狙ったところに落とし込んだ。ピニオン1個の重量は200〜300グラムあり、キャリアとシャフトを合わせるとユニット全体で1kg近い軽量化にも繋がった」

 贅肉を削ぎ落として性能は譲らないということだ。ダイムラー9Gは700Nm対応型だと全遊星でピニオン4つである。

「オイルをまわす量も極限まで絞った。従来の7速ATはマニュアル弁があって、そこからDレンジ用の油圧とリバース用の油圧を振り分けていたが、9速ATはマニュアル弁レスでソレノイドの駆動だけで前進/後進を作っている。直接比較は難しいが、そのぶんのスペースがないためバルブボディとしての体積は7速より小さくなった。その代わり、潤滑に回す分か、潤滑に回さないでポンプに戻す分か、という潤滑油の循環量を減らす制御弁などを追加した」

 カットモデルを見て、筆者はトルクコンバーターにも目が止まった。日本製ステップATによくある扁平型ではない。やや丸い。

「スペース確保が難しい横置きFFでは、多少の効率低下と引き換えに扁平タイプを使っているが、この9速は流体の伝達効率とスリップロックアップのスリップ量コントロール性も考慮して、なるべく扁平でないものを選んだ。発進の一定開度加速では、アクチュエーターの精度を向上させてロックアップクラッチをタッチさせるところのスリップ量を従来の7速より減らした。ただしタービン/インペラーの羽根は7速と同じものを使っている。アクチュエーターの精度向上も含め、コントロール性向上がロックアップ開始の早期化、スリップ量低減を実現している。発進の一定開度加速だけを見ても1速からロックアップ締結できている点も含めて改善している」

 このロックアップクラッチの外周にペンデュラムアブソーバーを配置したこともスリップ量の減少に役立った。スリップさせなくても音・振動が気にならない直結領域が広がったのだ。ステップATの音・振動に神経質な北米市場でも問題ないという。

 電動化対応についても訊いた。当面、この9速は700Nmクラスのトルクを持つICEとの組み合わせで使われるが、電気モーターが入り込む可能性は高いはずだ。

「どんなモーターが相手でもスムーズなHEVにできるよう考えた。高応答もそのための策だ。1モーター2クラッチを考えると、どこかでエンジンを止める、再始動する、というオペレーションが入る。これを多段化したATでやるとなると、ひとつの動作を早く終えることができるアクチュエーターは重要になる。また、エンジンやモーターのトルク応答性を比較しても、エンジンのトルクは100ミリ秒レベルの時間がかかるが、モーターは50ミリ秒以内。クラッチ/ブレーキの油圧アクチュエーターがボトルネックにならないように同程度の応答性を確保する必要があることも念頭において油圧系の高応答化を狙っている」

 それと、電動化については「モーター動力が加わったときと抜けたときの、トータルでの伝達トルクのいなし方が肝心」という。これが変速機をあえて使う理由になる、と。ICEと電動モーターの調整役をATが担う。ICEにもモーターにも無理をさせない。ケンカもさせない。そんな姿を描いているのだろう。牽引も含めて2トン以上の重量を扱うとなると、HEVはたしかに最適解のひとつだと言える。

著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…