名機RB26エンジン:最高出力441kW(600ps)、WLTCモード20km/Lを目標に新たな生命を吹き込む

チューニングメーカーにとって、RB26DETTを600psにパワーアップするのは朝飯前だ。エッチ・ケー・エスは、600psと同時にWLTCモードで20km/Lの燃費ターゲットを課し、開発に取り組んでいる。
TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO:宮門秀行(Hideyuki MIYAKADO)/HKS

モーターファン・イラストレーテッド vol.176より一部転載

株式会社エッチ・ケー・エス(HKS)は2021年1月に「Premium Salon Online 2021」と名づけたバーチャル展示を行なった。この展示で披露された提案のひとつが「ADVANCED HERITAGE(アドバンスドヘリテージ)」だ。生産が終了した旧車に最新の技術を投入してカスタムし、「最新の車両以上に魅力的」に仕上げるのがコンセプトである。

第1弾として取り上げたのは、日産自動車のRB26DETT型2.6L直列6気筒ツインターボエンジンである。1989年に発売されたBNR32型スカイラインGT-R専用に開発されたエンジンで、BCNR33型(1995年)、BNR34型(1999年)の各GT-Rに受け継がれた。

「単純に『ヘリテージ』とすると、古いものをそのまま残すだけになってしまいます」

こう話し始めたのは、代表取締役社長の水口大輔氏だ。自身、BNR32型スカイラインGT-Rのオーナーであり、RB26DETTが現役だった当時は担当としてチューニングを手がけてきた。今回のプロジェクトは水口社長の肝いりである。

「現職に就いたのは2017年です。その頃からずっと、古いクルマを大事にする文化はこれから増えていくだろうと感じていました。発売当時のまま保存するだけでなく、積極的に走りを楽しみたいというお客様の声も聞いていました。その声に応えるためにも、新しい技術を取り入れ、環境性能も含めて提案しようと考えました」

アドバンスドヘリテージのコンセプトは、出力と燃費を高次元で両立させることだ。最高出力を引き上げるチューニングは、さんざん行なってきた。レース参戦を前提に生まれたRB26DETTエンジンの素性と、HKSでいままで培ってきた技術をもってすれば600psの出力達成は容易である。(ちなみに、RB26DETTの最高出力、最大トルクは当時のスペックで280ps/6800rpm、36.0kgf-m/4400rpm)。しかし、出力を向上させるだけでは芸がない。チューニング業界への新たな提案の意味も込め、600p(s441kW)の最高出力を引き出すと同時にWLTCモードで20km/Lの燃費を目指すことにした。どれだけ高いハードルかは容易に想像がつくが、現在地がわからなければ到達地までの距離を正確に把握することはできない。

HKSにはWLTCモードの排ガスを計測できるシャシーダイナモがある。そのダイナモに、一般的なチューニングを施して600psにパワーアップしたRB26DETT搭載車を載せ、燃費を計測した。数字の公表は差し控えるが、20km/Lの燃費を達成するには、軽く2.5倍以上もの燃費向上を実現しなければならない。どうやって?

出力と燃費を高次元での両立する技術として開発に取り組んでいるのが、プレチャンバー・イグニッション(PCI)である。プレチャンバー(副室)は点火プラグの先端を覆った構造だ。プレチャンバーの先端には小さな孔(オリフィス)が複数開いており、吸気行程でここから混合気が中に入る。プレチャンバー内でその混合気に点火すると、オリフィスからジェット火炎が噴出し、メインチャンバー内の混合気を急速に燃焼させる。一般的な火花点火燃焼の場合は点火プラグの電極を中心に火炎が広がるのに対し、PCIは瞬時に燃えるため(燃焼速度が速い)、エネルギーの変換効率が高くなって熱効率は向上する。また、ノック低減効果が高く(容積比を高められる)、リーン燃焼との相性がいい(比熱比が向上→熱効率向上に繋がる)。

HKSがプレチャンバーに着目したのは、16年頃だったという。ちょうど、F1でプレチャンバーが話題になりだした頃だ。しかし、それが直接のきっかけではない。開発を担当する中島久晴氏は次のように説明する。

「我々は以前から、天然ガスエンジンの分野でメーカーさんや大学とも一緒に、世に出る前の研究開発をやっていました。プレチャンバーについてはそのなかで取り組む機会があり、アドバンスドヘリテージにとって核になる技術にふさわしいのではないかと考えました」

天然ガスエンジンの熱効率を高める方法のひとつに希薄燃焼が位置づけられている(ガソリンエンジンと同じだ)。比熱比が高くなり、燃焼温度が低くなって冷却損失の低減を図る見込みが立つため、熱効率を向上させるポテンシャルがあるからだ。しかし、希薄(リーン)にしていくと着火しにくくなるため、燃焼の安定化を図るためにプレチャンバーが着目されている。「天然ガスエンジンの世界では当たり前です」と指摘するとおりで、自動車技術会の論文を見渡すだけでも、天然ガスエンジンと副室に関するテーマは、ガソリンエンジンの世界で話題になるずっと前から見受けられる。

「以前から、プレチャンバーが持つポテンシャルの高さに注目していました。この技術をお客様のもとに届けたいという思いが出発点です。最初に試験をして筒内圧を見たときは、衝撃を受けました。オットーサイクルの理論式の波形は上死点ですべての燃焼が終わる。それが理想ですが、プレチャンバーはその理想に近づけることができる。これはすごい、と思いました」

すごいのはそれだけではない。燃焼が速いのに、燃焼がぶれない。

「レースで適用する場合はぎりぎりを攻めます。その場合、ぶれがあると下限で合わせなければならず、そのぶんマージンが減ってしまう。燃焼が安定していれば、マージンを減らさずに性能を出すことができる。燃焼が安定しているプレチャンバーには将来性を感じています」

天然ガスエンジンでの知見は相応にあるが、ガソリンエンジンへの開発は始まったばかりで、ガス(気体)ではなく液体の燃料を適用した場合にどういう現象が起きるのか、理解を深めている段階だ。低負荷領域での燃焼安定性と高負荷領域でのプレイグニッションはガスの場合と同様、課題になるだろうと予測している。

「燃焼が速くなるので、P-MAX(最大筒内圧)は必ず上がる。燃焼圧を受ける部品は強度を上げる必要がありますが、我々はその分野で多くの知見がありますので、そのあたりは問題になると感じていません。もっと上げられます。ただ、効率の観点で見ると、筒内圧の上昇は冷損や摩擦の面で損失の増大を招くことがわかっています。リッター20キロを目指すのであれば、P-MAXは落としていきたい。リーンバーンは低温燃焼なので、それによって冷損はかなり減ります。燃焼が遅くなるのを補いつつ冷損を減らせるので、リーンバーンとプレチャンバーはすごく相性がいいと思っています」

プレチャンバーはあくまでもRB26DETTで出力と燃費を両立するための技術のひとつであり、プレチャンバーに最適化したエンジンを開発するのが目的ではない。ユーザーの負担を抑えるため、仕様変更は最小限に抑えるのが前提。だから、吸気ポートの形状は30年以上前に設計された当時のまま開発を行なっている。

「お客様になるべく負荷を掛けないのがコンセプト。オリジナルの構造を保ったまま、どうやってプレチャンバーを成立させるかが開発の醍醐味だと思っています」

アドバンスドヘリテージでは、プレチャンバーを技術の核にし、今回紹介したバーチカルターボチャージャーやデュアルプレナムインテーク、デュアルインジェクションのほか、開発の状況をみながら、熱効率向上に向けた新たなメニューも組み合わせ、20km/Lの達成に向かう考えだ。

「600馬力は普通。その先に行ってお客様を満足させるには、環境性能が欠かせません。我々チューニングメーカーが生き残っていくための答えのひとつだと思って取り組んでいます」

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…