リヤモーターの駆動力をロスしないシャシー設計:ノートe-POWER 4WDのリヤサスペンション

ノートe-POWERが採用する電動4WDのリヤモーターには、50kW・100Nmという高出力版が奢られた。その駆動力を生かす緻密な制御はもちろんだが、操作に対する車体の動きが遅れなく反応する素性の良さが際立っている。
TEXT:髙橋一平(Ippey TAKAHASHI)

モーターファン・イラストレーテッド vol.176「制御時代のサスペンション」より一部転載

10月から4月までの間、降雪や氷結に見舞われる地方ではメカ式4WD車が絶大ともいえる信頼を得ている。その後ろ盾となっているのは、滑りやすい路面でも安定した姿勢を保つことによる安心感である。

駆動においてエンジンの介在しないフル電動の4WDシステム、日産の電動制御技術を生かし、前後独立で駆動力を緻密に制御すれば、それを超えることは充分可能なはず……。ノートe-POWER 4WDのシャシー設計から、操安乗り心地、パワートレーンの性能開発まで、幅広い範囲をまとめてきた富樫氏は、企画段階ではプロペラシャフトを用いたシステムも検討していたとのことだが、こうした確信のもと、フロントとは別にリヤアクスルにもモーターを備える電動4WDにこだわった。

電動式の4WDは先代ノート(E12型)でも採用されていたが、リヤアクスル用モーターは出力3.5kWという小さなものだった。雪路や凍結路などでの発進や登坂のアシストを主目的としていたためだが(それでも30km/h程度までアシストが可能だった)、新型ノートe-POWER 4WDに搭載されるリヤモーターの出力は50kW、最大トルクに至っては100Nmに達する。当然ながら体格も堂々たるもので、フロントのエンジン/モーターに加え、これがリヤに収まる様は、さながら“ツインエンジン(この場合はモーターだが)”である。

ハイブリッド車の電動4WDでは、無通電時に引きずりトルクの発生しない誘導型(インダクションモーター)をリヤモーターに用いることが多いが、ノートのそれは界磁に永久磁石を用いる同期型(シンクロナスモーター)だ。無通電時も永久磁石によるリラクタンストルクが残る同期モーターは、駆動をオフにすることが苦手で、必要な場面のみで駆動を掛けるパートタイム型の4WDには向かない。一般的な電動4WDがリヤモーターに誘導型を採用するのはこのためだが、ノートe-POWER 4WDはフルタイム、つまりリヤを常時駆動し続ける。

「目指したのは、いつかのためでなく、いつものための4WDです。力強さを備えながらも、荒くはなく繊細な、これまでにないものです。ただ単に後輪も駆動できるバリエーションにとどまらない、日産における電動車の進化のかたちです」

駆動システム制御を担当したPT・EVシステム設計グループの坂上永悟氏によれば、ノートe-POWER 4WDは走行中のあらゆる場面でリヤの駆動力を活用するべく、緻密に制御されるという。

実際に乗ってみれば、その効果は歴然だ。CMF-Bと呼ばれる新たなプラットフォームが採用された新型ノートは、スタンダードのFWD版であってもステアリング操作に対し、車体の動きが遅れなく反応する素性の良さが感じられるものだが、4WDではそれがさらに際立つかたちとなっている。応答性の高さゆえにステアリング操作のオーバーシュートが最小限に抑えられている点は、FWDも4WDも基本的に共通するところだが、4WDではステアリングの操作量がさらに小さくて済む感覚なのだ。

なによりも印象的だったのは、あらゆる所作において感じられた上質感である。ターンインから先のライントレース性がFFと比べ明確に向上しているのに加え、アクセルペダルから足を離した際にもノーズダイブは最小限にフラットな姿勢を保ちながら、車両全体と4つのタイヤで地面を捉えている感覚が伝わってくる。そのどれもが一般的なBセグメントのイメージとはかけ離れた、しっとりとしたもので、ともすると車格のもっと大きな車両に乗っているようですらある。いっぽうで元気よくタイトターンを試みてみれば、しっかりBセグメントらしい機敏な動きを見せてくれる。しかも、その時の“G”は結構なものだが、やはりそこでも安定した姿勢で地面を捉える安心感は変わることはない。

これらはフロントとリヤの駆動力を最適に制御することで生み出された効果であり、双方ともに純粋なモーター駆動だからこそできる技だということだが、緻密な制御もさることながら、そこではサスペンションも含めたシャシーまわりの造りも重要なカギとなったという。

「100Nmという大きな駆動力を持つリヤモーターの反力をしっかりと受け止めることのできる骨格をまず作りました。モーターのトルクが瞬時に遅れなく伝わらないと、この電動4WD制御技術は成立しません。モーターユニットのブラケットはトラス状にユニットの重心点を囲むように配置、直付けできる範囲で前後方向を支えるブラケットのスパンを大きく採りながら、横方向のブラケットを支えるために、シャシー側にサードメンバーを追加しています。トルクを受け止めるためには取り付けのスパンが大きいほうが有利ですが、そのためにブラケットを長くしたり、ステーを追加すると、剛性の低下によりトルクが瞬時に伝わらないだけでなく、音や振動を増幅することになってしまい、結果として制御の足枷にもなってしまいます。ここは妥協のないように頑張ったところです」(操安乗心地性能設計グループ・富樫寛之氏)

モーターは内燃エンジンとは比較にならないほど高い応答性を持っているが、その応答性も伝達の過程で遅れが出てしまっては充分に生かすことができない。もちろん、そうした伝達系の挙動すらも制御できるのがモーターでもあり、日産ではドライブシャフトの捩れから、それらにともなうギヤの歯当たりの音まで制御する制振技術も持っており、このノートのe-POWER 4WDでも下支えする存在となっている。姿勢制御やハンドリングといった領域に踏み込む制御を行おうとすると、トルク伝達の遅れという要素の排除が重要になってくるという。

前述のとおり、ノートe-POWER 4WDの制御は極めて自然で違和感のないものとなっている。そこでカギとなっているのがフィードフォワード制御だ。

「リヤ側の回生をうまく使いながらフラットな減速が可能となったことで、結果として回生量を大きくとることが可能になっています。具体的には通常のブレーキ配分としている7:3よりも、もっとリヤ寄りになるところまでリヤの回生を使っています。回生側は姿勢を作るための配分はフィードフォワード制御により実現し、氷結路などのような滑りやすい路面では、ドライバーに伝えながらも路面μに合わせてできるだけ高いGでの減速を行ないます。回生側だけでなく、力行側(加速側)でもドライバーの要求駆動力に対して4輪のグリップ限界を高める狙いで同様の制御をしています」(坂上氏)

電動の応答をもってすれば、フィードフォワードもフィードバックも似たような挙動は実現できるが、フィードバック制御は、微小ではあってもロックやスリップといったイベントが発生するまで待ってから制御システムが介入する。それではドライバーが気づいてしまうし、旋回など横方向の運動がともなう領域ではスピン挙動に繋がってしまう。「いつかのためでなく、いつものため」と氏が言うように、普段使いの中心となる舗装路でも4WDの駆動力を最大限に、しかし違和感なく生かすために、このフィードフォワード制御が重要な役目を果たしたことは言うまでもないが、その開発は一筋縄にはいかなかったという。とくに困難を極めたのが雪道や凍結路という条件での作り込み。北海道などの寒冷地では、これらの条件も“普段使い”に含まれるからだ。

「3年かかりました。テストできる時期が冬季に限られますから、時間との戦いでもありました。3年でようやく納得いくものができました」(富樫氏)

制御開発で中心となったのは車両の運動を統合的に制御するVCM(ビークルコントロールモジュール)だが、トーションビームのピボット部分のブッシュの仕様など細かな機械要素にも目が向けられた。

日産の電動4WDシステムといえばアリアでの採用が予告されている「e-4ORCE」も気になるところだが、ノートe-POWER 4WDはコンセプトを含め、多くの技術要素までをも共用するかたちとなっているという。文字通り未来を先取りしたともいえるこの技術は、純粋な電動駆動のe-POWERだからこそ可能になったもの。世界最先端といえる日本の電動技術を代表するひとつである。

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