電動モーターで走る電気自動車(BEV)が増えている。ハイブリッド車(HEV)はエンジンを積むが、発進から低中速域はモーターのみで走る、いわゆるEV走行をする機種が多い。BEVにせよ、HEVにせよ、EV走行をしているときはエンジン車よりも格段に静かで、それがBEVやHEVのセールスポイントのひとつになっている。
エンジン音がせずに静かになると、それまでエンジン音にマスクされて聞こえなかった音が聞こえるようになったり、目立たなかった音が目立つようになったりする。その代表格がタイヤ起因のノイズではないだろうか。EV走行を行なう電動車の増加にともなう静音性の向上についてタイヤメーカーはどのように受け止め、対応しているのか。横浜ゴムの松田将一郞執行役員 タイヤ第二設計部部長と、川瀬博也タイヤ第一設計部部長に話を伺った。
自動車の騒音はエンジンやトランスミッションなどの車両系とタイヤ起因のふたつに大別できる。タイヤ騒音もパターンノイズとロードノイズのふたつに大別することが可能だ。パターンノイズはトレッドパターンが主要因で発生し、500Hzから数kHzの周波数帯に分布。ロードノイズは路面が加振源になって発生するノイズで、数十Hzから1kHz超まで分布する。エンジン起因の騒音はさまざまあるが、例えばこもり音はその名称から想像できるとおり周波数帯としては低く、10Hz超から200Hz超に分布する。
タイヤ起因の騒音を別の視点で分類すると、直接音と間接音に大別することができる。直接音はタイヤから直接放射される音で、空気を伝わり、耳に届く。これを空気伝播音ともいう。いっぽう、間接音はタイヤの振動が車体や内装材を通じて伝播する音のことで、固体伝播音ともいう。パターンノイズは直接音/空気伝播音、ロードノイズは間接音/固体伝播音だ。
タイヤ起因の音にはパターンノイズやロードノイズのほかに、スキール音(空気伝播音)や停止時(あるいは転舵時)ゴー音(固体伝播音)、ビート音(固体伝播音)などがある。「キー」というスキール音は急旋回時にトレッドゴムが路面に対してスティックスリップ(固着と滑りの繰り返し)を起こすことによって発生する音。停止時(転舵時)ゴー音は、トレッド(ショルダー部)の剛性不均一により、パターンピッチの周期で加振され、その振動が車体に伝達して停止(転舵)時に発生する。偏摩耗が原因のひとつだ。
ビート音はタイヤのユニフォーミティ(寸法や重量の均一性)に起因して発生する音。つまり、寸法や重量のバランスが不均一であることによって発生するうなり音を指す。スキール音やビート音などのタイヤノイズは50Hz弱から1kHz弱に分布する。
「このなかで、一番気にしているのはパターンノイズとロードノイズです」と川瀬氏は説明する。「音圧レベル的に支配的だからです。比較的スムーズな路面ではパターンノイズが目立つし、荒れた路面になるとパターンノイズがマスキングされ、ロードノイズが支配的になります。両方に気を使いながらタイヤを設計しています」
固体伝播音系タイヤ起因の振動は接地面〜タイヤ本体〜ホイール〜サスペンション〜ボディの順に伝達していく。川瀬氏によると、静音化にとって重要なのは、路面に接する部分のエンベロープ特性(緩衝作用)とサスペンションの一部として機能するタイヤの伝達特性だという。
パターンブロックと路面の接触や、接触した際のブロックの変形から発生するパターンノイズは、パターン加振音(トレッドブロックが路面を叩く音)、エアポンピング音(溝から空気が出てくる際の音)、接地摩擦振動音(滑り音)の3種類に分類することができる。溝をなくせばエアポンピング音とは無縁になるが、排水性を確保するには欠かせず、バランスを取りながらの設計が求められる。
ロードノイズは周波数帯で3つのゾーンに分けることができる。100Hzあたりにピークがある低周波(こもり音、ゴー音)と250〜300Hzにピークがある中周波(ガー音)、それに、音圧レベルは低いが目立ちやすい高周波(シャー音)だ。ゴー音とガー音は音圧レベルが高いため、OEMからの低減要求が大きいという。こもり音はタイヤの回転方向のねじれが起因で発生。低周波のゴー音は径方向の1次モード、中周波のガー音は断面方向の2次モードが関連することがわかっており、関連する因子を操作することで音圧レベルをある程度コントロールすることはできる。
低周波と中周波のロードノイズを低減する代表的な手法と主なトレードオフを示したのが上の図だ。タイヤの1次共振周波数を下げると低周波のピークが下がることは分かっている。同じく、2次の共振周波数を上げると共振点がずれ、中周波のピークは下がる。これらとは別にエンベロープ特性を向上させることで、低周波・中周波のロードノイズ低減につながる。
1次共振周波数を下げる設計要素として代表的なのは、サイド剛性やトレッドの質量を増やすことだ。前述したように各設計要素にはそれぞれトレードオフがあり、例えば、サイド剛性を落とすと、コーナリングパワーが落ちて操縦安定性は低下。乗り心地面では、硬さが落ちる半面、ダンピング(減衰)が悪くなる。「他の性能との兼ね合いで、どこに着地させるかが難しい」と川瀬氏。車両の特性も加味しながらバランスさせ、トライ&エラーを繰り返しながら開発しているのが実状だ。
「我々のなかで諦めやすいロードノイズ低減手法はトレッド部の重量増加です」と、松田氏は補足する。「むしろ、トレッド部の重量は削っていく方向で調整しています。そうすることで転がり抵抗を下げつつ、トレッドの厚みが減ってボリュームが小さくなるので、コーナリングパワーが上がり、操縦安定性もカバーする考えです」
新世代の車両用タイヤで注目度が大きく高まっている空洞共鳴音
低周波と中周波のロードノイズは音圧レベルが高いことは触れたが、それとは別にピークを持つのが空洞共鳴音だ。タイヤとホイールリムに挟まれて形成される空洞の空気が共鳴して発生するノイズである。キャビティノイズとも呼ばれる。200〜250Hz近辺にピークを持ち、荒れた路面を走行した際に発生する「ホォーン」という音や、道路のジョイントを通過したときに発生する「パカーン」という残響感のある音が空洞共鳴音(キャビティノイズ)だ。いったん耳に付くと気になって仕方ない類の音である。
「一概には言えない面もありますが一般論としては車両側の静音対策が効き、前の世代のクルマより低周波や中周波のピークは下がる傾向です。例えば高級車には、こもり音をキャンセルするために逆位相の音を出すノイズキャンセリングシステムが積まれていたりします。そういったこともあり、空洞共鳴音以外の低周波、中周波のロードノイズは下がる傾向で、そのため、空洞共鳴音が感知されやすくなっています。BEVに限らず、空洞共鳴音を下げたいという要望が出てきています」(川瀬氏)
空洞共鳴音の周波数は計算で求めることができる。空気中の音速とタイヤの周長でほぼ決まり、f=C/L(C:音速、L:周長)で求めることができる。音速は温度が上昇すると速くなるので、温度が高いほど空洞共鳴音の周波数は高くなる。また、周長が長くなるほど周波数は低くなる。小径タイヤより大径タイヤのほうが周波数は低いということだ。「空洞共鳴音は周長で決まってきますので、タイヤの内部構造や材料面では打ち手がないのが実状です」(川瀬氏)
ではお手上げか、といえばそんなことはない。横浜ゴムはSILENT RING(サイレントリング)と呼ぶ吸音材を開発し、これを搭載したタイヤを2010年に商品化している。サイレントリングは吸音材をリング状にしたモジュールをタイヤ内部に組み入れることで空洞共鳴音を吸収し、ノイズを低減する技術だ。
リング状のモジュールをタイヤの内側に組み入れるのではなく、スポンジ(ポリウレタンフォーム)をタイヤの内側に直接貼るのがSILENTFORM(サイレントフォーム)だ。7月12日にはEV専用ウルトラハイパフォーマンスタイヤ「ADVAN Sport EV」が発表された(2023年秋頃より欧州などで順次発売)。このタイヤがサイレントフォームを適用し、空洞共鳴音を低減している。サイドウォールにはSILENTFORMの刻印があり、ロードノイズを減らす特別な技術が適用されていることがひと目で分かる仕掛けだ。
「空洞共鳴音がサッと消えます」と、川瀬氏はサイレントフォームの威力を簡潔に説明する。「なぜ、空洞共鳴音がカットされるのか。スポンジの内部には気泡がたくさんあり、ここに空気が細かく分かれて進んでいくことで、摩擦が生じて音のエネルギーが減衰するからです。さらに、スポンジの骨格に振動が伝わることで音のエネルギーの一部が振動エネルギーに変換され、音が減衰する。こうした原理で空洞共鳴音がなくなるのです」
車内騒音を測定したグラフを見ると、サイレントフォームが効果的に音を減衰させ、ピークがきれいさっぱりなくなっているのがわかる。
ADVAN Sport EVにはサイレントフォーム以外にも特徴がある。電動車への対応商品であることを示す「E+(イー・プラス)」のマークが付与されたのだ。SILENTFORMと同様にサイドウォールに刻印がある。E+マークはADVAN Sport EVを手始めに、電動車に対応した商品に導入していく考え。電動車に特徴的なニーズである低電費や静粛性に対応した技術を搭載している証明だ。
燃費や電費の向上につながるため、転がり抵抗の低減は電動車にとって重要な要素だ。「他の性能との両立を図るのは非常に難易度が高い」(川瀬氏)というが、そのなかで新しい構造にトライしたり、新しい部材を探索したりし、最適化を図っている。転がり抵抗の低減という電動車にとって代表的なニーズを満足させながら、静音化も求められているのが現状。電動車だからこそ目立ちがちな空洞共鳴音をサッと減らす技術が、サイレントフォームである。