目次
概要
一般的に、レアメタルであるコバルトは多くの正極材料に含まれており、生産国の偏りによるサプライチェーンやコストの安定性が課題とされているが、本5V級正極材料はコバルトを含まない。また、近年の需要増加と共に価格が高騰しているニッケルの含有量が少ない点にもメリットがある。
5V級高電位正極は、電解液の分解によってガスが発生することが実用上の課題であったが、電極の構成部材を改良することにより、従来型の電解液を使用しながらも副反応が大幅に低減された。5V級高電位正極をリチウムイオン二次電池に採用することで、電池の高電圧化とパワー性能の向上が期待される。
東芝は、今般、本正極技術とニオブチタン酸化物(NTO: Niobium Titanium Oxide)負極を組み合わせたリチウムイオン電池(ラミネート型)を試作し、3V以上の高電圧、5分間で80%の急速充電性能、高いパワー性能に加えて、60℃の高温下でも優れた寿命特性が実証された(図1)。本リチウムイオン電池は、小型で高電圧が必要な産業用途から、将来的に電気自動車などの大型用途に至るまで、幅広いアプリケーションへの適用が期待される。
開発の背景
カーボンニュートラル社会の実現に向けて、家庭用から産業用まで幅広い用途でリチウムイオン二次電池の需要が高まっている。こうした中、正極を安定させる特性のあるレアメタルのコバルトは正極材料として広く用いられている反面、供給量の懸念、コストの変動、資源産出国の偏在、採掘や精錬の際の土壌や水質汚染、生物多様性の低下などの環境問題を引き起こすことが指摘されている。
リチウムイオン電池のエネルギー密度を高める特性のあるニッケルも同様に正極材料に多く使われているが、精錬過程における特定国への偏在等がある。以上のことから、サプライチェーン上のリスクを抑えるにあたり、レアメタルを含まず、安定的な調達と資源保全を両立する材料を用いた電池が求められている。 また、自動車産業において、モーターやインバーターを含む電動システムの高効率化、電池の高出力化に加え、充電時間の短縮に向けて電池パックを高電圧化する動きがある。電池1セルあたりの電圧が高まれば、電池モジュールのセル積層数を削減することができ、低コスト化につながる。
従来技術と課題
リチウムイオン電池の正極には、コバルトフリーかつニッケル含有量が少なく、スピネル型の高電位正極である「ニッケルマンガン酸化物(LNMO)」が着目されている。しかしLNMOは作動電位の高さゆえに電解液が酸化分解してガス化するため、電池が著しく膨れたり寿命が短くなったりする課題があった。これまでに、電解液の高濃度化や、フッ素化溶媒・イオン液体の適用など、電解液の酸化耐性を向上する試みが多く報告されてきたが、ガス発生の抑制とリチウムイオンの良好な伝導性の確保の間でトレードオフの課題があった。ガスの発生を抑えようとすると電気抵抗が上がり、電気の入出力性能や低温性能の低下など、性能やコストの観点から課題が未だに多く、実用化に向けた対策が必要であった。
本技術の特徴
当社は、高電位正極の表面で電解液が分解されてガスが発生することや、正極材料に含まれる金属が溶出し、溶出した金属が負極表面でガス発生を促進するメカニズムを持つことがつきとめれらた。これにより、正極の粒子表面を改質して電解液との反応を抑制する技術に加え、負極表面で溶出イオンを無害化する技術が開発された(図2)。この技術により一般的に広く使用されている電解液を使ってもガスの抑制が可能となる。
今回の開発技術の実証にあたり、東芝はニオブチタン酸化物(NTO: Niobium Titanium Oxide)負極を採用し、1.5Ah級のラミネート型電池を試作した。電池性能評価では、3V以上の高電圧、5分間で80%の急速充電性能、充放電を6000回以上繰り返しても初期に対して80%以上の容量を維持する耐久性、および60℃の高温下においても優れた寿命特性が実証された(図3)。
今後の展望
東芝は、本電池の応用先として、先行して電動工具や産業機器など小型で高電圧を必要とする用途への展開を検討している。将来的には車載用途への展開を目標とし、本技術を用いた電池の大型化が目指される。また、本電池は2028年に実用化することを目指して研究開発が推進されている。