林義正氏に訊く「エンジンの振動とは」[内燃機関超基礎講座]

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そもそも「振動」とは何なのだろうかーーこれを探るために林義正氏に講義をお願いした。日産でレーシングエンジンなどの設計・開発を担当し、その後は東海大学教授として教壇に立たれていた林氏に訊く。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

まず、振動とはどんなものなのかと言えば、下のチャートのように4つに分類できます。エンジンには弾性振動はほとんど関係ないのですが、それ以外の3つは関係があります。

次に、下の計算式です。これはスッ飛ばしていただいて構いません。ちょっと難しいですから。要は、クランクシャフトが回転していると、その回転中心から離れた位置にコンロッドの取り付け中心があるため、コンロッドは右に左に、つねに振れ踊るのです。燃焼の圧力を受けたピストンが真下に向かう力を、フラフラと揺れているコンロッドが受け止めるので、そこに横方向の力(スラスト力)が生まれます。

どれくらいのスラスト力が発生するかは、下図に描いた「r」(クランクシャフト中心からクランクピン中心までの距離)と「l」(コンロッド長さ=ピストンピン中心とクランクピン中心の距離)の比率、いわゆる「連桿比」が影響します。この値を7.5くらいにすると、つまり「l」が「r」の7.5倍くらいあればスラスト力はほとんど無視できますが、普通の自動車エンジンではせいぜい連桿比4程度ですからスラスト力からは逃げられません。

上の数式が示す1シリンダーの話である。クランクピンに180°(=π)の位相があれば、そのシリンダーの慣性力はθの代わりにθ-180°を入れればよい。120°ずつ3スローのV6エンジンならばθの代わりにθ±120°を入れて足し合わせればよい。加速度×質量が力であり、ピストンが上下運動するときの1次振動はとにかく大きいが、2次振動もなかなかの破壊力を持っている。その2倍の4次振動になると影響は小さくなる。(林氏談)

物体が運動するときは慣性力が働きます。たとえばクルマがカーブを曲がるときには、だれかがヒモで引っ張っているわけではないのに旋回外側に引っ張られます。クルマが自分で慣性力を発生しているのです。これと同じで、ピストンの上下運動やクランク軸の周囲を回るクランクピン(コンロッドのクランクシャフト側)も慣性力を発生しています。慣性力は外力です。

最初のチャートに「エンジンの不平衡慣性力による振動」と書きましたが、これは「外力」と考えるほうがわかりやすいでしょう。外からの力で自分が動くということです。エンジンの場合はその外力が燃焼です。不平衡とは「釣り合っていないこと」です。

エンジンの振動は複雑です。アイドリング振動の場合は、最初のチャートにあるように「強制振動」「自由振動」「剛体振動」がミックスされたものとして現れます。燃焼の力は強制振動であり、これは不平衡慣性力がもたらす振動です。また、燃焼で起きる振動はエンジンブロックという剛体を振動させるので剛体振動でもあります。さらに、エンジンブロックを支えているエンジンマウントにはマウンティングラバー(ゴム)が使われていますから、柔らかいゴムがブルブルと震える自由振動になります。このゴムが柔らかすぎるとエンジンシェイクが出ますが、これはエンジン全体がゴトゴトと動く現象になりますから剛体振動です。

さて、ここからはクランクシャフトの回転とピストンの位置が、実際にはどのようになるかを見ていきます。前ページのグラフは単純に4ストローク・エンジンの動作を表しただけですが、下のグラフはピストンに加わるスラスト力の影響を加味してあります。黒い線は余弦波(cosθ=正弦波sinθの位相遅れ)であり、クランク軸中心からクランクピン中心までの距離「r」が描く軌跡です。赤い線はスラスト力を受けたピストンがわずかに首を振るような動きを伴って上下するときの軌跡です。

ピストンが上昇するときは、本来クランク角が90°進んだときに「いるべき位置」よりもやや遅れが生じます。上死点に向かってこの遅れは解消され、上死点では遅れゼロになります。ここから下死点に向かってピストンが下がるときは、逆に早めに進んでしまいます。この進みは下死点でゼロになります。この「遅れ」「進み」の原因がコンロッドの傾き、つまり左ページの上のイラストに示した「Fc」によって生じるスラスト力「Fs」のせいなのです(ピストンが上昇するときはスラスト力が「引きずり力」を生み、下降するときは「引っ張り力」になると考えればいい=筆者注)。スラスト力の発生は、このイラストのように簡単なベクトルで説明できます。

【グラフ1】
【グラフ2】
4ストロークエンジンのピストン位置とクランクシャフト回転の関係を、もう少し詳しく見てみる。実は、エンジン回転中にコンロッドが斜めに傾くことで、ピストンの位置は微妙にズレる。このズレが2次以上の高調波を生む原因になる。つまり、コンロッドが長い(連桿比が大きい)エンジンは高調波を生む要因が小さくなるということだ。

グラフ2は、グラフ1の補足説明のために描きました。クランクシャフトの回転角で180°が2回、つまりクランクシャフトの360(°1回転)ごとに発生するピストン位置の「遅れ」と「進み」です。これがシリンダーに対して横方向の振動になります。クランクシャフトの1回転でピストンは1往復します。これが縦方向の振動です。重たいものがドッカンドッカンと上下に動くのですから、慣性力による機械振動が発生します。クランクシャフト1位回転で「行って、戻る」の1振幅ですから、これを1次振動と呼びます。

一方、横方向の振動は「遅れ」「進み」がクランクシャフト180(°半回転)ごとに発生しますから1回転では「ガタガタ」が2回おきます。1回転して1回の振動が基本で、これを1次振動と呼ぶなら、1回転で2回は2次振動と呼ぼう――。単純にそういうことです。基本に対して何倍なのか、ということです。180°=πですから2π=360°なのです。

【グラフ3】気筒数を増やすとエンジン全体の振動はどうなるのか。直列4気筒の場合はクランクシャフト2回転で4回の燃焼になるから、1気筒の場合に比べて1次振動は密になる。コンロッドの傾きによって生まれる2次振動はちょうど重なり合う。

グラフ3は直列4気筒と120°バンクのV型6気筒で同じことを考えたものです。直4は2気筒ずつがペアになって上下するので、そこで互いに1次振動を打ち消し合います。ただし2次振動は1/4番気筒と2/3番気筒で重なり合って増幅してしまいます。V6では1次振動を打ち消せないのですが2次振動は打ち消されます。実際にはそれほど単純ではないのですが、原則的にはこうなります。以上がエンジンの1次/2次の振動発生メカニズムです。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…