2026年、ミニバイクレースで経験を積んできた市川速人選手(14歳、中学3年生。2026年7月現在)が、ヤマハYZF-R3を駆って本格的なロードレースへステップアップした。初めてのロードレースとなった筑波では、公式予選でいきなりポールポジションを獲得。決勝では上位争いの最中に転倒し、チェッカーを受けられなかったものの、ナショナルクラスのファステストラップを記録し、その速さが本物であることを証明した。4歳でバイクに乗り始め、父と二人三脚で走ってきた少年は、いま、世界へと続く育成カテゴリーの入り口に立っている。

バイクに乗りたいと思っていた

市川速人選手にとって、バイクはいつも身近にある存在だった。父がロードレースの国際ライセンスを持ち、バイクに乗っていることを幼い頃から知っており、家にもバイクがあった。「自分もいつか乗ってみたい」と思っていたという。
バイクに乗り始めたのは4歳の頃。初めて乗ったときは、楽しさよりも怖さのほうが先に立った。しかし、少しずつ操作に慣れ、思うように走れるようになると、恐怖心は楽しさへと変わっていった。

2021年、関東ロードミニ選手権への参戦を始めると、KIDS-Eクラスのシリーズチャンピオンを獲得。ギヤ付きマシンへ移行した2022年には、モトチャンプ杯と関東ロードミニ選手権で、それぞれジュニアランキング1位となった。さらに、モビリティリゾートもてぎ北ショートコースで行われたNSF100 HRCトロフィーでは、ジュニアランキング2位に入っている。

2024年からはFIM MiniGP Japan Seriesにも参戦した。FIM MiniGPは、世界各国で同一コンセプトのシリーズを開催し、若いライダーを育成するプログラムだ。日本シリーズでは、主催者が管理するOHVALE(オバーレ)GP-0 160を使用する。マシンの個体差を抑え、ライダーの技量を競うことが狙いだ。
2024年第2戦の桶川では、レース1、レース2ともに3位に入り、表彰台へ上がった。ホームコースで上位に食らいつくことを目標にしていたものの、序盤のペースアップに課題が残ったと本人は振り返っている。一発の速さだけでなく、シリーズを勝ち抜くにはさまざまな能力を備えなければならないことをMiniGPで学んだ。

2025年もMiniGPに参戦し、常に上位グループでトップを追う展開を繰り返した。一方、NSF100で争う関東ロードミニ選手権の最高峰、SP-EXPクラスにも参戦し、第2戦と第5戦で優勝。最終的に2025年のシリーズチャンピオンを獲得した。MiniGPでの同条件のバトルに加え、セットアップ能力も問われるSP-EXPを経験したことが、次のステップへの確かな土台になったことは間違いないだろう。

BLU CRU Webike Team NorickからJP-SPORTへ

2026年、速人選手はBLU CRU Webike Team Norickから、ヤマハYZF-R3でJP-SPORTに参戦することになった。チームノリックは、故・阿部典史選手の名を受け継ぎ、若手育成を続けてきたチームである。ミニバイクからフルサイズのロードレーサーへ移る速人選手にとって、車両のセットアップ、走行データの活用、ライディング、レース運営など、大きくの学びがあることは間違いない。
JP-SPORTは、2025年までのJP250から名称を変更したカテゴリーで、市販スポーツモデルをベースに争われる。ヤマハは、このカテゴリーを上位カテゴリーへつなぐ育成の入り口と位置づけており、2026年の「YAMAHA YZF-R3 スカラシップ」には、速人選手を含む5人の若手ライダーが挑戦している。走行会や指導を通じてライディングを学び、将来の進路を広げていく仕組みだ。
NSF100やOHVALEからYZF-R3へ乗り換えれば、車体の大きさや重量、パワーは大きく変わる。速度域も一気に高まり、考えなければならない要素も増える。ミニバイクで身につけた操作を生かしつつ、フルサイズ車両の動きを身体に覚え込ませる必要がある。

デビュー戦でポールポジション&ファステストラップ

Photo/POP近藤

その適応力が最初に示されたのが、2026年3月の筑波ロードレース選手権第1戦だった。ミニバイクからステップアップして初めて臨むロードレース。速人選手は公式予選の後半にペースを上げ、いきなりポールポジションを獲得した。
決勝ではスタートでわずかに出遅れ、1周目は4番手。慣れないフルサイズ車両でのバトルは、ミニバイクと勝手が違っていたのかもしれない。それでも遅れることなく、ナショナルクラスのトップ争いを繰り広げた。
9周目、第1ヘアピンで前を走るライダーに仕掛けた際に接触し、転倒。デビュー戦の正式結果はクラス12位となった。ただし、決勝中に記録した1分05秒855は、ナショナルクラスのファステストラップだった。
「仕掛けても引いてしまう場面が多く、順位を上げられませんでした。課題が明確になったので、次のレースに生かしたいです」

軽いライダーならではの課題。205kgを満たすためのバラスト

Photo/POP近藤

ロードレースへステップアップして変わったことの一つに、ライダーとマシンを合わせた最低重量の規定がある。2026年のJP-SPORT技術規則では、YZF-R3のトータル最低重量は205kgに設定されている。予選前車検からレース終了時まで、この重量を常に満たしていなければならない。
身体の軽い速人選手の場合、マシン側にバラストを積んで調整する必要がある。取材時には、潜水用として使われる2kgのウエイトを車体に搭載し、さらに燃料をやや多めに入れて重量を合わせていると説明してくれた。
規定重量を満たすためのバラストをどこに搭載するかによって、マシンのハンドリングは変化する。重心位置や前後バランスも考えてウエイトは車体中央の下部に取り付けられていた。速人選手は成長期にあるため、今後は体重の増加に応じてバラストの量も減っていくだろう。

転倒の悔しさを初優勝へ変えた、もてぎ第2戦

筑波のデビュー戦の後も速人選手は実戦経験を重ねた。オートポリスで開催されたMFJカップJP-SPORTでは、初めて走るコースや天候の変化に戸惑いながらもナショナルクラス6位に入り、シリーズポイントを獲得している。

さらに2026年6月7日、もてぎロードレース選手権第2戦のナショナルJP-SPORTクラスでは優勝。フルサイズのYZF-R3へ移ってから初めての勝利を挙げたことは、速さだけでなく、結果へとつなげられるようになってきたことを証明している。

速人選手の活動を語るうえで、父の存在は欠かせない。マシンを整備し、現場で助言し、家でもバイクの話をする。ときには考えの違いから親子げんかになることもあるのだとか。その過程のすべてが、速人選手自身の判断力を育てていくことだろう。
2021年、9歳だった速人選手は、将来の夢を「Moto3に出ること」と話していた。目的に向けたステップは着実に進んでいて、「今はバイク以外にやりたいことはない」と話すほど、レースに意識を集中させている。市川速人の挑戦は、新たな段階へ入った。そしてもちろん、最終的に見据えているのは、Moto3のさらに先、世界最高峰クラスへの挑戦である。