砂漠でタイヤに刺さった山羊の骨

いきなり我々のモロッコラリー取材は試練から始まった。
競技開始の0日目、シェイクダウン走行のスタート地点で撮影しようと、我々の乗ったレンタカーはわずか数十mだけアスファルトの道路を外れ、土漠へと足を踏み入れた。撮影ポイントを変え移動するため車両を動かすと、現地の人がタイヤを指さしている。車外へ出てみると「シュー」という音が聞こえる。
なんと、これだけの走行でパンクしてしまったのだ。レンタカーのオンロード用ノーマルタイヤを見てみると、おそらく山羊か何か、死んだ動物の骨らしきものが、トレッドとサイドウォールの境目あたりに刺さっていた。
オフロードレース、ラリーレイドが過酷なのは頭では理解していた。しかし、普段ではあり得ない出来事の出迎えは、その理解を実体験に変えてくれた。



ダカールへの「予行演習」の意味合いも持つモロッコ

世界ラリーレイド選手権(W2RC)第4戦「ラリー・OLA・エナジー・デュ・マロック」は、9月28日にモロッコ西部に位置する海辺のリゾート地アガディールで幕を開けた。W2RCは、FIAとFIM(国際モーターサイクリズム連盟)が共同で主催するクロスカントリーラリーの世界選手権で、源流はパリ・ダカールラリーに始まる冒険的なラリーレイドにある。
2026年は全5戦。開幕戦が1月のダカールラリー(サウジアラビア)で、第2戦がポルトガル、第3戦がアルゼンチン、そして今回の第4戦がモロッコだ。最終の第5戦は11月にUAEのアブダビ・デザート・チャレンジで行われる。

モロッコは2022年のW2RCシリーズ発足以来組み込まれており、今年が27回目になる伝統あるラリーであり、ダカールに向けた「予行演習」あるい「前哨戦」の場としても知られる。アガディールから内陸のザゴラへ移動し、5つのステージで広大な砂丘地帯を含む約2700kmを走る。競技区間(SS)の合計は約1600kmだ。
社員ドライバーが選んだ、最高峰への道
この舞台に挑む日本人が、三浦昂選手である。
小学生の頃から夢はF1ドライバー、クルマに関わりたいと入社したのは、ランドクルーザーの開発、製造を担うトヨタ車体だった。一般的な社員として働きながら、ダカールラリーの市販車部門に社員ドライバーとして挑み続けてきた。2026年のダカールを終えた後は、トヨタ自動車のGRブランド事業室でワークスチームに所属し、TOYO TIRESのアンバサダーも務める。今夏からはフィンランドに移住し、トヨタ自動車に出向した形で TOYOTA GAZOO Racing World Rally Team(TGR-WRT)に所属している。

その三浦選手が次の目標に定めたのが、ダカールラリーの頂点にあたるT1+クラスだ。モリゾウこと豊田章男会長へ自ら進言し、トップカテゴリーへの挑戦が始まった。市販車ベースのクラスから、ラリーレイド専用に設計された車両で世界のトップと競う舞台へ。サラリーマン出身のドライバーとしては、異例のステップアップである。
フィンランドで変わった練習の質
フィンランドへ移って約2カ月。三浦選手は現在、会社員としての業務から離れ、ラリーのトレーニングを軸にした生活を送っている。
「週に3日は、フィンランドの実際の道やオフロードのトラックで、ラリー3のマシンを使ったドライビングトレーニングをしています。それとは別に、3〜4日はフィジカルのメニューがあり、週1日がレストデーで休養というイメージです」

空き時間には市販ラリーベース車で近所の道を走り、距離を測ってコーナーを読みながら、ペースノートを作り練習を重ねる。オンボード映像や走行データの分析にも余念がない。8月末には自宅用のシミュレーター機材を購入した。組み立てとセットアップに苦戦中とのことだが、期待は大きい。
「ドライビングにかなり集中できる環境を作ってもらっているので、技術だけでなく、プレッシャーとどう向き合うかまで、レースをシミュレーションしながら深く考えられる。トレーニングの質が大きく変わったと、早くも実感しています」
フィンランドは涼しく過ごしやすいが、実戦の舞台は灼熱の砂漠だ。そこで三浦選手は、フィジカルトレーニングの際にあえて着込んで体温を上げるなど、暑さへの対応も工夫している。
ドアノブしか共通点がない「ハイラックス」

三浦選手が駆るのは、トヨタGRハイラックスT1+である。市販のハイラックスは2025年11月にタイで発表、発売されたばかりだが、競技車両の中身はまったくの別物だ。
全長×全幅×全高=4500×2300×2100mmと、まずそのサイズからの迫力に圧倒される。軽量なカーボン製のボディパネルをまといながらも、乾燥重量で2010kgある。耐久性と信頼性を追求して開発されたパイプフレームに、ランドクルーザー300系の3.5L V6ツインターボを搭載する。最高出力は330kW(約449ps)、最大トルクは700Nm(約71.4kgm)で、500Lの燃料タンクにはオクタン価101.89のRepsol社製再生可能燃料を給油する。

足まわりも市販車とは別世界だ。前後ともダブルウィッシュボーン式で、ホイールトラベル(サス・ストローク)は350mmにも及ぶ。ダンパーはライガー製のモノダンパーで、ステアリングもライガー製の油圧パワーステアリングを採用する。トランスミッションはSADEV製の6速シーケンシャル、デフはロック可能なLSD。ブレーキはアルコン製の6ピストンキャリパーを前後に備える。ホイールはEVO CORSE製17インチの鍛造だ。



「純正のハイラックスと同じ部分は、ほとんどドアノブくらいじゃないでしょうか」と三浦選手。大柄ながら動きはむしろ、トレーニングで使うラリー3やラリー2に近いという。
三浦選手が初めて現行の競技車両に乗ったのは、今年初め。ダカールラリーでの最後のTLC参戦から約2週間後のサウジアラビアでのことだった。
「サスペンション性能が本当に高く、以前なら飛べなかった場所を飛んでも、大きなギャップもクルマが平気で吸収してくれる。最初は速さに驚くばかりで、ついていくのが必死でした」
そのハイラックスが履くのは、TOYO TIRESの「OPEN COUNTRY M/T-R」。サイズは37×12.50R17の大径サイズだ。

TOYO TIRESは、三浦選手とTLC(Team Land Cruiser=トヨタ車体のダカールラリー参戦チーム)に寄り添い、ダカールでの12連覇を支えてきた大切なパートナーである。今回のモロッコでも全力で三浦選手とTLCをバックアップする体制を敷き、現場にはエンジニアも2名を同行させている。
古巣TLCも、TOYO TIRESも、挑戦は続く
なお、三浦選手の古巣であるTLCも、モロッコラリー2026に2台体制で参戦している。
1号車のドライバーは、過去にもTLCで活躍した経験豊富なクリスチャン・ラヴィエル。ナビゲーターは、2023年大会からラヴィエルとともにダカールを戦ってきたヴァランタン・サローだ。2号車には、サウジアラビア出身でラリーレイドのさまざまなカテゴリーで活躍するヤシール・セイダンを新たに迎え、ナビゲーターは長年TLCで活躍するジャン・ミッシェル・ポラトが務める。

社員ドライバーである三浦選手が抜けても、チャレンジが続いていることをうれしく思う。TOYO TIRESも、サポート体制を変えることなく、エンジニア2名をチームに同行させている。景気などに左右されやすいモータースポーツの世界で、両社が挑戦を続ける姿勢は称賛に値するだろう。冒頭で紹介した我々の受けた洗礼からも、タイヤの重要性とそれをサポートするありがたみが改めてひしひしと伝わってくる。
さらにTLCでは、引き続き社員ドライバーを選考しているという。三浦選手に続く、サラリーマンからのトップドライバー誕生というストーリーには、なんとも夢がある。
三浦選手がステップアップしたからと言って、TOYO TIRESもトヨタ車体も、その挑戦する姿勢に変化は無かったのだ。
コ・ドライバー、モンレオンからの評価は?

ナビゲーターを務めるのは、スペイン出身のアルマン・モンレオンだ。コンビを組んでおよそ半年になる。モンレオンは三浦選手の成長ぶりに驚いている。
「正直、アキラには本当に感心している。クルマに乗るたびに、彼は何かしらスキルを向上させているんだ。この半年で、どれだけ進歩したかは驚くほどだよ。1日ごとに1つ目、2つ目、3つ目の進歩が見える。学習曲線は本当に急だね。今回のモロッコのシェイクダウンでもペースは非常に良かったし、自信を持ってラリーのスタートを迎えられる」
年明けにT1+クラスとして初のダカールにチャレンジする三浦選手。その前哨戦とも言えるモロッコでどこまで手応えをつかめるか。砂漠の1週間に注目したい。

■トヨタ「GRハイラックスT1+」 主要諸元

●寸法・構造
ボディ:軽量カーボン製ボディパネル
全長×全幅×全高:4500×2300×2100mm
乾燥重量:2010kg
●シャシー・トランスミッション
シャシー:耐久性と信頼性を追求して開発された金属製フレーム
トランスミッション:SADEV製 6速シーケンシャル
デフ:SADEV製 ロック可能なLSD
●サスペンション・ステアリング
フロントサスペンション:ダブルウィッシュボーン式(ホイールトラベル350mm)
リアサスペンション:ダブルウィッシュボーン式(ホイールトラベル350mm)
ダンパー:ライガー製 モノダンパー
ステアリング:ライガー製 油圧パワーステアリング
ジャッキ:内製の油圧式車両リフトシステム内蔵
●ホイール・ブレーキ
ブレーキ:アルコン製 6ピストンキャリパー(前後)
ホイール:EVO CORSE製 ダカール鍛造17インチ軽量リム
タイヤ:TOYO TIRES OPEN COUNTRY M/T-R 37×12.50R17
●エンジン・性能
エンジン:V6ツインターボ(ランドクルーザー300系市販エンジンベース)
排気量:3.5L
バルブ:1気筒あたり4バルブ
燃料:Repsol製再生可能燃料(オクタン価101.89)
最高出力:330kW(約449ps)
最大トルク:700Nm(約71.4kgm)
燃料タンク容量:500L
