ホンダの新型電動スクーター「EM1 e:」 、航続距離は”ロードパル”、乗り味は”優しい”。

「そろそろeかも」のキャッチコピーと共に5月19日に発表された電動パーソナルコミューターの「ホンダ・EM1 e:」が、全国のHonda 二輪EV取扱店から8月24日より新発売された。同日、都内の豊洲で開催された報道試乗会に参加、僅か1時間に限られたプチ試乗で、周辺一般道を散策してみた。

REPORT●近田 茂(CHIKATA Shigeru)
PHOTO●徳永 茂(TOKUNAGA Shigeru)
取材協力●株式会社ホンダモーターサイクルジャパン
開発メンバーは左から順に、本多真悟、内山一、開発責任者の後藤香織、石川隼人、三奈木浩一。(敬称略)
カラーバリエーションは2種、パールサンビームホワイト(左)とデジタルシルバーメタリック

ホンダ・EM1 e: …….299,200円(バッテリー&充電器、消費税10%を含む)

上のグラフは実用値ではないものの、満充電で走れる航続距離を示したもの。上手にエコランできると約50kmは走れそうだが、一定パターンの加減速を繰り返すモード値(実用を模した走り)では30km程度。その後は出力がセーブされて、延べ41.3kmというデータだ。

本(走行用)システムの起動や電装部品用に普通の12Vバッテリーも搭載されている。

一般向け製品としてはホンダ初となる電動二輪車が新発売された。EM1 e:登場時の記事は既報の通り。ビジネス用途としてはベンリィe:Ⅱなどが先行投入されていたが、ターゲットを個人需要とし多くの人に普及すべく、原付一種(エンジン車なら50cc)に相当するEVスクーターが投入された。詳細については5月発表会時のレポートを参照して欲しい。多少、内容の重複もあるが、ここでは補足説明を加えておきたい。
冒頭でも記した通り、「日々の生活スタイルにマッチするちょうどe:Scooter」。日常の移動手段として多くの人に使ってもらえるよう先ずは原付一種からのスタートである。販売を担うHonda二輪EV取扱店は、全国で526店舗あり、5月の発表以来約3ヶ月で764台の受注を記録したそう。年間販売計画は3,000台。今のところほぼ計画通り順調に推移しているわけだ。

EVはその欠点として航続距離の短さが知られており、出先で電欠した時の対応にも不安が残ると言うのが一般的な認識。EM1 e:の航続距離は「一充電走行距離」として明記された諸元値で53km。体重55kgのライダーが乗り30km/hで定地走行した時の試験値(国土交通省届出値)である。
ガソリンエンジン車の目安になる「燃料消費率」の定地燃費値でも、実用データがそれより低くなることは必至。走り方次第で値は大きく変わってくる。ガソリン車の場合は燃費値にガソリンタンク容量を乗算すると航続距離となる。
ちなみに実用値に近いモード値(欧州届出値)は41.3km。こちらは体重75kgのライダーが乗り全開加速、減速と停止を繰り返すモード試験値。30km走るとバッテリー残量が20%まで低下し自動的に出力(バッテリー消費)がセーブされる状態になり、41.3km走れるというもの。なお、最初からECONモードで走ると値は48kmまで伸ばすことができるという。
とはいえ、この手のスクーターで遠出する使い方は希なケースだろう。ショッピングや所用で家から数kmの距離に使うのが一般的。多くの場合は帰宅時(必要に応じて)に家へ電池(モバイルバッテリーパック)を持ち帰り、家庭電源(交流100V)を使い専用充電器で充電する。翌朝は満充電状態の電池をシート下のスロットに射し込めば出発できるので、実用上不便はないわけだ。
仮に電欠状態からの充電でも6時間で満充電になる。また将来的には出先で手軽に電池交換できるように環境整備されたり、同じサイズの電池パックでも実容量が増えて航続距離が伸びることは期待できる。
片道十数kmとなる通勤や通学用途の場合は、実用上原付二種以上の製品が求められるから原付一種としてベーシックな機能を満たすには十分な性能があると言えよう。
思い出すと、かつてロードパルやパッソルが庶民の足として空前の大ヒット商品となった時、実用上の航続距離は50kmぐらいだった。燃料タンクが2L程だったので、頻繁にガソリン給油が必要だったが、そんな煩わしさよりも手軽に乗れる価値と便利な使い勝手を誇る魅力の方が大きかったわけだ。

見ての通りステップスルーのフラットフロアを持つスクーターに違いはない。アンダーボーンフレームや前後サスペンション、コンビブレーキの装備も同様だが、ユニットスイング構造のエンジンを持たないことが決定的に異なる。付随するマフラーもないので、触れて火傷する心配もないし、静粛性も特筆物。燃料タンクが無いから、ガソリンの匂いも皆無。
タンクが無くて良いならさぞ大きな収納スペースが稼げるのではないかと安易に想像してしまうが、フロア下にはPCU (パワー・コントロール・ユニット)他電装部品が納められ、大きな電池パックはシート下に収納。スクーターなら常識的だったシート下のメットイン構造が消滅してしまっている点はとても残念なところである。

バイク初体験、スクーター初体験の人にも薦められる親しみやすさ

試乗が許されたのは1時間。写真撮影に費やす都合もあったので、結果的に約13kmしか走れなかった。走行場所は豊洲やお台場周辺の一般道。大きな幹線道路が多く、交差点で右方へ行きたい時は二段階右折が強いられるので、なるべく3連続左折でクリアするようなルートを辿った。
通常のSTDモードでスタートしてメーターにある「動力用バッテリー残量表示」を見ると56%。試乗後返却時の表示は14%だった。ECONモードの乗り味もチェックはしたが、エコラン(節約)はまるで意識せずに走行。
残量数値を頼りに算出すると、13kmの走行で消費した電力は42%分。実用上の航続距離は約31kmという結果になる。
大雑把な一般論として実用上の燃(電)費データはカタログ値の60%程度と言われることが多いので、まずまず順当な結果と言えるだろう。節約を意識してスロットル操作すれば40km程度まで伸びることも期待できそう。
つまり近所のスーパーマーケットを梯子して1日に4~5kmを走る使い方なら、週に1回ペースの充電で事足りるというわけだ。

右手のスロットルを開けるとしっかりした駆動トルクを実感。エンジン車のようにアイドリングはなく、静かでスッと発進する様はEVならではの感覚である。何故か幼少時代にデパートの屋上で走らせた、豆自動車(EV)の感覚が脳裏に蘇った。
EM1 e:のスタートダッシュは不足の無い性能を発揮。ただしスピードが乗るにつれて加速フィーリングは緩慢になる。総じて穏やかでスムーズ、そして静かでスロットルレスポンスの優しい乗り味が印象深い。
法定速度が30km/hである原付一種の動力性能として割り切るならこれで十分だろう。ECONモードではスロットルを全開にしても30km/h程度しか出せない。
説明によると最高速性能は50km/h足らず、電池残量が20%付近まで低下すると節約モードに入りスロットルを全開にしても40km/h足らずの速度に制御されると言う。余談ながら残量19%以下では表示が点滅して電欠への注意を促してくれる。
出力特性として印象的なのは0発進時(回転初期)のトルクが大きいこと。EM1 e:はギヤを持たないダイレクトドライブ方式。つまりモーターが直接後輪を駆動する。動力であるモーターの軸と後輪軸は同一であり、そこに90Nmのトルクが発揮されるのである。制御も含めたモーターの特性でググッと強さを感じる出足も、発進後の加速度は回転(車速)の上昇に従って緩やかになりスムーズな感触を残しつつも明確な頭打ちとなる。トルクが大きいとは言え、ビックリするような加速力ではなく穏やかでスムーズさが際立つ加速フィーリングに調教されている感じである。
同社のタクトを例に、原付一種のエンジン車と比較すると、最大トルクは4.1Nm/6,000rpmに過ぎない。しかしこれはクランク軸での計測値。1次2次とVマチック(無段変速機)のロー側での減速比を考慮すると後輪軸では大きく減速される。各減速比を乗算すると約35倍の駆動トルクを発生。機械損失などは考慮せずに単純計算するとタクトの後輪軸には約143.7Nmの高トルクが発揮される。
なるほどそれなりに活発で元気の良いタクト(エンジン車)に対するEM1 e:の穏やかな走りも納得である。なぜなら両車のパフォーマンスを比較するとEM1 e:はタクトの63%程度のポテンシャルに仕上げられていたからだ。
操舵の軽い操縦性も軽快で親しみやすいし、30km/hクルージング時の安定した乗り心地も好印象。コンビブレーキも扱いやすく安心感が高い。
扱い方で気になったのはサイドスタンドが無い事ぐらい。またヘルメットを保管する使い勝手に画期的な便利機能(装置あるいはヘルメットその物に)が加われば実用性と商品力はより高いものになると思えた。
一方、イージーな操作性で得られる穏やかな乗り味は、バイクや自転車未経験の人にも、試しにチョット乗ってもらう(もちろん公道以外で)のにお薦め。そんな無理のない親しみやすさが嬉しいチャームポイントになるだろう。

もしも筆者がEM1 e:のユーザーになったら、幹線道路を走るのは慎しむと思う。その理由はEVだからではなく、原付一種だからだ。順法運転を厳守すると周囲の交通の流れと大きな速度差が生じてしまう。そんな危険なシーンは極力招きたくないからである。
つまり原付一種を賢く使うには工夫が大切。それこそ自転車変わりに近所の足として楽~に移動するのに最適。さらにEM1 e:なら騒音面やマフラーの熱さに対する心配や汚れも少ない使い勝手がとてもフレンドリー。
屋内でも使えるメリットは工場や倉庫など、限られた施設内で誰もが気軽に利用できる足になる。ライドシェアの担い手としての価値も見逃せないな~。
などとアレコレ空想していると、いっそのこと無免許で乗れる特定原付と共に規定を見直し1本化するのが理想的ではないかと思えてきた。機種の分類は細分化されるよりも単純明解な方が良い。現状にある電動キックボードやその他多くの製品と比べてみても、EM1 e:はどれよりも安全性の高い乗り物に仕上がっていることは間違いない。
現時点ではあくまで絵空事。筆者の勝手な空想ではあるが、大昔がそうであったように14歳(現代より若い内)から許可制で乗ることができ、そこには基本的な交通安全教育を伴うものとする。現行の原付免許は125ccにシフト(小型限定普通二輪免許は廃止)すればグローバルスタンダードに揃えられる。
道路では交通の流れを阻害しない運転が如何に大切かが身をもって理解でき、賢い対処方法も自然と身につけられる。かつてスーパーカブが公立学校に寄贈されたという話を聞いたことがあるが、同様にEM1 e:が中学校に配備されれば、教育現場でそれを活用する頻度が多くなり、やがては正しい基本的な交通マナーも育まれるだろう。頭の中にはそんな期待が膨らんできてしまった。

パーソナル向け電動スクーターを目指して開発されたEM1 e:だが、実は公共性、公益性にも優れる乗り物であり、そんなニーズに相応しい仕上がりと、潜在需要の多彩さは侮れないと思えたのである。

リアホイール自体がエンジンの代用となる三相交流モーターになっている。
ハンドル右手のスイッチ操作で、走行モードが2段階に変えられる。ECONモードにすれば、出力が抑えられ走りはおとなしくなるが、航続距離が伸びる。

試乗前の技術説明でガソリンエンジンスクーターとの違いを解説してくれた。

足つき性チェック(身長168cm/体重52kg)

ご覧の通り、両足は膝にも余裕を持って楽に地面を捉えることができる。シート高は740mm。タクトやダンクより車体サイズも大きいが見た目はスマートで親しみやすい。

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著者プロフィール

近田 茂 近影

近田 茂

1953年東京生まれ。1976年日本大学法学部卒業、株式会社三栄書房(現・三栄)に入社しモト・ライダー誌の…