1980年代は空前のバイクブームでした。ピークの83年には328万5000台の販売台数が記録。しかし、バイクの増加は交通事故数の増加にもつながりました。70年代に比べれば減少したとはいえ、暴走族の横行は相変わらず社会問題となっていましたし、峠道をサーキットに見立てて過激な走りをするローリング族も大きな問題になりました。そうした背景から1982年、高校生に対して「オートバイの免許を取らせない」「オートバイに乗せない」「オートバイを買わせない」といった3つの指針を掲げた「三ない運動」の推進が全国高等学校PTA連合会により決議されました。三ない運動は全国的に広がり、高校生はバイクから隔絶されることになりました。 90年代に入ると三ない運動による事故予防効果に疑問が抱かれるようになり、運動を廃止してオートバイの安全運転指導を導入していこうと180度方向転換する機運が高まってきました。実際の導入に当たっては都道府県や各学校に委ねられるかたちでしたが、高校生にオートバイは必要なし!という風潮はなくなっていくことになりました。しかし現実にはなかなか三ない運動はなくならず、数年前まで残っていた自治体もありました。そのひとつが埼玉県です。 埼玉県は2018年に三ない運動を撤廃。交通安全教育を推進する方向にかじを切りました。そして2019年から埼玉県教育委員会が主催となって『高校生の自動二輪車等の交通安全講習』が行われるようになりました。協力する県内の教習所において年に数回開催されるのですが、本年は7月26日に、和光市にあるレインボーモータースクール和光で、われわれ報道関係者にも公開するかたちで開催されました。
うまくいかないことが勉強になる実技講習
今回参加した高校生は26名。大半の生徒が愛車での参加で、50㏄スクーターから400㏄ネイキッドまでと車種もさまざま。もちろんバイクを所有していない生徒も受講が可能です。 9時からの開講式に続いて、いよいよ実技講習がスタート。埼玉県警交通機動隊の隊員が講師となって、まずは準備体操から始まり、運行前点検のポイントや仕方、正しい乗車姿勢の取り方、そして身に着ける装備の大切さなどについて、隊員が実際に見せながら説明していきます。ちょっと駆け足で進行するところはありますが、内容はわかりやすいです。
ひととおりのレクチャーが終了したところで、いよいよ実技講習に進みます。一本橋走行、スラローム走行、Uターン、ブレーキング、速度超過時のコーナリング、交差点通過など、オートバイの基本操作だけじゃなく、どんな危険性が潜んでいるかといった実践的な内容となっています。これを一つひとつをまず白バイ隊員が行って見せ、その後生徒たちが順に行っていきます。
一本橋走行では、長い時間をかけて走り切った者の上位者に景品が用意されるなど、ゲーム的な要素も交えていたのが印象的です。一本橋で脱輪しても一向にかまいません。その都度講習員が適切にアドバイスしてくれるので、何度かやっているうちに渡り切れるようになっていました。スラロームはちょっと間隔が狭かったため倒れてしまう生徒もいましたが、次第にバランスをとってクリアできるようになりました。Uターンやブレーキング、コーナリングについても同様に、うまくいかないことも体現することで安全に走るためのスキルを高めていけるのです。
休憩を挟んで約1時間30分、ひとりのケガ人もなく実技講習は終了。無事に走り切ったことで参加者みんなの緊張もほぐれたようでした。一休みしたところで場所を教室に移して交通安全の講義が行われました。シュミレーターを使用して安全に走行するため基本を45分間の講義で学びます。その後また別の教室に移動して、救命救急法を学びます。3、4人が一組となって実際にAEDによる心臓蘇生法を行います。こうした救命救急法はこのように一度でも練習しておくことが大切なので、非常に役立つ講義です。
こうして約4時間の交通安全講習が終了しました。閉講式では一本橋走行記録の上位者に景品のTシャツが進呈されました。 この交通安全講習は年に数回開催されていて、多くの高校生が参加しています。一度の参加でテクニックが上達するわけではもちろんありませんが、安全と危険を体現することで安全運転のコツをつかむことはできます。臭い物に蓋をするような三ない運動から、積極的にオートバイの安全走行技術を身に着けさせる。前向きなそんな取り組みが交通安全講習なのです。