【03】パリダカを走り抜いた先達に訊く|パリダカ経験インタビュー第二弾/柏 秀樹さん(前編)

こんにちは!田中愛生です。今回は、かつてパリダカを走ったライダーにその魅力や苦労などについてインタビューする企画の第二弾をお届けします。ゲストは柏 秀樹さん。
柏さんと言えば、還暦を過ぎたいまも二輪メディアなどで精力的に活躍している超ベテラン二輪ジャーナリストであり、バイクの免許保有者対象のライディングスクール「KRS」の代表としても広く知られる存在です。
じつは私も生徒として柏さんのレッスンを受けたことがあるのですが「なぜそうなるか」という理論を分かりやすく教えてくれる指導内容に感激しました。それではどうぞ!

きっかけは三好礼子さんとの誓い?

こちらは二度目の挑戦で見事35位完走を果たした97年のパリダカ。

田中:柏さんは1984年のファラオラリー出場を皮きりに多くの海外ラリーに出場されていますよね?

柏:88年インカラリー、90年南米ラリー、オーストラリアンサファリラリー、そして96~98年と06年にパリダカ出場かな。最初のパリダカはほとんど自己資金だけで出場したから大変だった。でも当時はバイク雑誌がもの凄く売れていた時代だったから仕事もものすごく忙しくてね。十数年間ほとんど寝る暇もなく働いていましたよ。

田中:なぜ海外ラリーに出場するようになったんでしょうか?

柏:昔から砂漠をバイクで走ってみたいという漠然とした憧れがあったんだよね。そうそう、あれは70年代の終わり頃だったかな。当時、礼子ちゃん(三好礼子さん)の自宅が友達同士のたまり場みたいになっていたんだけど、そこであるとき礼子ちゃんと二人きりになったことがあってさ。外の夕陽を眺めながら「いつか砂漠を走りたいよね」って話したことがあって。

田中:え~何かロマンチック!

柏:いや全然そんな感じじゃないよ。ただの友達(笑)でもその後、言葉通り本当に二人ともラリーに出場して砂漠を走ることになるんだから面白いよね。それぞれまったく違う人生を歩んでいたし、一緒に出場しようと申し合わせたこともないのにさ。

田中:運命を感じます。ファラオラリーが最初のデザート走行だったんですよね?

柏:そう。結局のところ、そこで体験した砂漠があまりにも美しく、面白かったことがラリーにのめり込む直接的なきっかけだったと思う。エジプトの砂漠って世界でも屈指の美しさなんですよ。綿みたいに白くて軽い砂質で日光を透過するわけ。だから日が暮れてくると辺り一面サーモンピンクに染まってさ。そこを一緒に参加した日本人ライダーとバトルしながら走ったんだけど鮮烈過ぎる体験だったね。

田中:聞いているだけでワクワクします。怖さは感じなかったですか?

柏:まったく感じなかったんだけど、3日目で怪我をしちゃったんだよね。真っ白な砂丘が綺麗だから上から写真を撮ろうと思ったんだけど、あまりに白すぎて高低差が分からなかったんだよね。頂上を登りきると断崖になっていた。何とか着地はしたんだけど、サスペンションで衝撃を受け止め切れず背骨を圧迫骨折してしまって。

田中:ひえ~

柏:痛みに耐えながら何とか走り続けたんだけど、エンジンも壊れてしまって無念のリタイア。マシンはホンダ XLX 250だったんだけど、カムシャフトを駆動するチェーンが緩んで外れてしまったんだよね。でも、これはファラオ(古代エジプトの国王のこと)から「もう一度来いよ」というメッセージのような気がしてね。僕はファラオの祟りだって言ってるんだけど(笑)

パリダカ以外のラリーだって素晴らしい

これまでに参加した海外ラリーの写真をまとめたアルバムに興奮!

田中:パリダカ以外にも沢山の海外ラリーに出てらっしゃいますよね。「いつかはパリダカ」みたいな感じだったんでしょうか?

柏:いや、そういう意識はなかったかな。当時、パリダカに憧れる人は沢山いたけど僕はそれぞれのラリーに独自の魅力があると思っていたから。よく「パリダカに出たい」と相談されることがあったんだけど、この人はスキル的に難しそうだなと感じたら「パリダカにこだわらず他のラリーも考えてみたら。面白いよ」とアドバイスしていたね。やっぱりパリダカは費用と共に高度なスキルも必要だしさ。無責任に行きなさいとは言えないよ。だって何百万円も払って数日でリタイアしたら悲しいじゃない。

田中:いままさに実感しているところですが、海外ラリーは出場するまでのプロセスも大変ですもんね……。

柏:インカラリーのときはマシンを作るところから、梱包、発送、現地での受け取り、車検などを全部自分ひとりでやった。当然ものすごく煩雑で面倒なんだけど、僕のようなプライベーターは現地を走るまでのプロセスも含めて海外ラリーの魅力や価値なんだと思うな。こういう苦労がないと、速さや順位といった結果でしか評価できなくなってしまう。もちろんワークスライダーのように上位を目指して走る人はそれで良いのだけど。

田中:旅的な要素もあるということですか。

柏:そう。現地で色々と動いていると出会いもあるからね。インカラリーの開催地であるペルーでは仲良くなった女の子の住まいにお邪魔して大勢でパーティを楽しんだこともあるよ。決して立派な家ではなかったけれど、サルサを踊ったりと一生忘れられない時間を過ごすことができた。そういえば、ペルーにはインカと南米ラリーで二回訪れているんだけど、あそこには富士山そっくりなミスティと呼ばれる6000m級の山があるんだよね。それがまたうっとりするほど美しい。そんな山を見ながら走るのはアフリカの砂漠に負けず劣らずの素晴らしい体験だった。

田中:96年に初めてパリダカに出場したときはどうでしたか?

柏:まずマシンに手こずった。ヤマハ・モーター・フランスのXTZ850TRXというラリーレイド競技用のマシンで出場したんだけど、850㏄もあるから重くて大きいのよ。お尻をずらさないと足が付かないぐらいシートも高い。そのうえ当時のレギュレーションの関係で52Ⅼの燃料タンクを搭載していた(現在は450㏄のマシンが主流で燃料タンク容量も35Ⅼほど)。

田中:それは緊張しますね。

柏:僕はそれをスタート前に現地で購入したんだよ。300万円の現金を持ってフランスの街を歩いているときは強盗にでも会うんじゃないかと気が気じゃなかった。そもそも父親から借りたお金だったし。

田中:そうだったんですね。

柏:それなのに翌年も出場してるんだから我ながらバカだよね。よっぽど好きじゃないとできないよ(笑)まあ働きまくって5年で返済したんだけどさ。ただ、最初のパリダカはゴール寸前まで走りながら、不本意な形でリタイアしちゃった。主催者から提供された燃料に軽油が混ざっていたの。途中からエンジンの調子がもの凄く悪くなって、四輪に引っ張ってもらわないと始動できない状態になってさ。それでも何とかゴールまで残り200㎞まで迫ったんだけど、ニジェール川を渡り終えたところでうんともすんとも言わなくなって万事休す。あのペテランセルも同じトラブルでリタイアしたんだけど、ワークスライダーと違ってこっちは身銭切って参加しているからね。本当に悔しかった。

田中:当時、TV放映された映像も見ました。体調も相当悪そうで……。

柏:熱は出るし、下痢は酷いしで普通ならドクターストップがかかるような状態だった。40番手ぐらいを走っていたから遅い方ではなかったし、スキル的にも充分に完走できるはずなのに、次々と不運が襲い掛かってくるというね。まるで完走させまいとする神の意志が働いているかのように。でも、こういう不確定要素が他のラリーに比べて断トツで多いのがパリダカなんだよね。

技量や使い方などに応じた適切なアドバイスをくれる柏さん。私もレッスンを受けて感動しました。

今回はここまで。後編では、パリダカを走り抜くために必要な心得などについて伺います!

最後に小ネタ!

私がたまに管理人を務めている「MotoTrekField 鹿沼木霊の森」。昨年末に開催されたオープン三周年記念イベントでMCをさせてもらいました。森の中に作られた自然共存型のオフロードコースです。ぜひ皆さんも遊びに来てください!

オープン三周年記念イベント「MotoTrekField 鹿沼木霊の森」
MCを務めさせていただいた、「MotoTrekField 鹿沼木霊の森」

柏 秀樹氏プロフィール

モータージャーナリスト/柏 秀樹さん

大学院生時代に作家、片岡義男とバイクサウンドをテーマにしたLPを共同製作する。卒業後はフリーランスのモータージャーナリストとして二輪専門誌に勢力的に寄稿を行う傍ら、パリダカをはじめ、様々な海外ラリーに参戦。現在はそれらの経験を活かし「KRS(柏秀樹ライディングスクール)」の代表として、安全運転に役立つ実践的な技術を多くのライダーに伝えている。ベストセラーになったライディングDVDや著書も多数。


キーワードで検索する

著者プロフィール

MotorFan編集部 近影

MotorFan編集部