ブランド対談「なぜクルマ好きは性能ではなく物語(ブランド)を買うのか?」

【特別対談】「なぜクルマ好きは性能ではなく物語を買うのか?」ブランドの大家が指摘した自動車の特殊性

書籍『なぜクルマ好きは性能ではなく物語(ブランド)を買うのか』は絶賛発売中だ。
書籍『なぜクルマ好きは性能ではなく物語(ブランド)を買うのか』は絶賛発売中だ。
月刊『GENROQ』と当ウェブサイト『ゲンロクWeb』に連載していた山崎明氏のコラムをまとめた書籍『なぜクルマ好きは性能ではなく物語(ブランド)を買うのか』が発売された。自動車業界における「ブランド」をテーマに、世界の主要な自動車メーカー32ブランドの変遷と未来展望について論じた一冊である。その刊行を記念して、ブランド論の大家である田中洋氏を招き、著者の山崎氏していただいた。2人のスペシャリストが、自動車に限らずブランドが持つ力の秘密を解き明かす。

欧米と日本のブランドに対する取り組み方の違い

中央大学名誉教授の田中洋氏(左)と対談する著者の山崎明氏。かつての同僚でもある。 
中央大学名誉教授の田中洋氏(左)と対談する著者の山崎明氏。かつての同僚でもある。 

山崎明(以下、山崎) 田中さん、久しぶりにお目にかかれて光栄です。田中さんとは電通マーケティング局でご一緒させて頂いた間柄でしたね。

田中洋(以下、田中) 私は1996年まで電通にいました。1975年入社で当初は新聞局でしたが、海外留学の後1985年にマーケティング局に移りました。山崎さんは何年入社?

山崎 私は1984年入社です。最初からマーケティング局でした。私はトヨタ自動車担当で、田中さんは外資系企業をメインに担当されていましたね。ところでどうしてブランドに関心を持たれて、アカデミックな世界に転じられたのですか?

田中 やはり外資系企業を担当していたことが大きいです。ネスレとかアメックスとかユニリーバとか。日本企業に比べ、欧米の企業はブランドを大切にする文化が圧倒的に強いですからね。そして1980年代になるとデビッド・アーカー教授のブランド論が脚光を浴び始めていました。それまではプロモーションばかり注目されていましたが、プロモーションばかりやっているとブランドが傷ついてしまうと。1991年にサンフランシスコで広告業界のカンファレンスがあって、その時のテーマがブランドエクイティだったのですよ。それで自分でも勉強をするようになったという感じですね。

山崎 私も20年トヨタを担当したあとBMWを担当することになって、ブランドに対する認識がこれほどまでに違うのかとびっくりしました。トヨタではブランドって最後のお化粧みたいな認識でしたが、BMWはブランドが経営の根幹にあるのですよね。その時はプレミアムブランドの領域では日本企業は100年経っても追いつけないと思いましたよ。

田中 自動車という意味では私も日産のブランド戦略をお手伝いしたことがあるのですよ。1999年にゴーンさんが来たじゃないですか。その時ゴーンさんの命で日産ブランドプロジェクトが立ち上がって、それに参加を要請されたのです。その当時の日産の日本人社員はブランドってシャンプーとか食べ物の世界の話ですよねと言っていてびっくりしました。日本ではその程度の認識だったのですよね。ゴーンさんはブランドを大切にしないから安くしか売れないんだと言っていました。

高品質ゆえにブランド戦略が疎かに

山崎 私はBMWを担当した時、ミュンヘンに行ってBMWのブランド戦略を徹底的にたたき込まれました。

田中 マクドナルドでもブランドの神様みたいな人がいて、その人がブランドの有り様を決めているんですよね。逆にトヨタアメリカの人はなぜトヨタはブランドというものを理解しないのだと私に言ってきたことがあります。

山崎 私もトヨタの南アフリカの仕事したことあるのですが、南アフリカでは日本本社がブランド戦略を全く立てないので業を煮やして独自にブランドロゴ作って戦略的にブランド構築しようとしていた時期があるのですよ。日本の自動車メーカーは品質が高かったからブランド戦略なんて考えなくても売れちゃったからそうなってしまったのでしょうね。

田中 でもそうやってブランドを疎かにしていたツケが回ってきているような気がしますね。トヨタはレクサスがひとつの転換点になったのでしょうか。シャンパングラスのCMなどうまくいきました。

山崎 レクサス立ち上げの戦略を考えたのはトヨタアメリカなんですよね。日本は当初レクサス導入には反対だった。アメリカ主導だったからブランドが一気に確立できたのです。でも2005年の日本への導入は私も絡んでいたのですが、あまりにブランドというものに対する理解がなく愕然としました。

ホンダとソニーのコラボへの期待

田中 ところで山崎さんの本読んでびっくりしたのですけど、ホンダのことメチャ褒めているじゃないですか。

山崎 はい、世界の自動車メーカーの中でもトップクラスの美しいストーリーを持っていますからね。でもそのストーリーを全く活用できていないのが問題です。今F1で勝ち続けていますけどそれも有効活用できていない。それを受け止める商品もない。

田中 ホンダとソニーがコラボするっていうのですごく期待したけど、あまりこれといった話が聞こえてきませんね。

山崎 私はソニーも10年近く担当しましたが、ソニーもきちっとしたブランド戦略は事実上ないんですよ。盛田昭夫さんが本能的に作り上げたブランド資産を食いつないでいるだけで。

田中 シャネルとかは人を雇う時ブランドを理解しているかどうかで決めるという話でした。そのくらい欧米はブランドを大切にしているのですよね。ブランド担当者がCEOの次くらいのポジションにいることも多い。

山崎 マツダもフォード傘下になってブランドの大切さを学んだのですよね。

田中 フォードのPAGは最終的にはうまくいかなかったのだけど、たくさんブランドを抱え込んだフォードはそれぞれのブランドの役割を明確化する必要があった。当然の成り行きでマツダのブランドアイデンティティもはっきりさせる必要があったと。

山崎 それ以前のマツダは魅力的な車種はありましたが統一感があるとはいえないラインアップでしたからね。結局、レクサスも日産も日本企業がブランドを考えるきっかけは外国人なのですね。

田中 ゴーンさんはブランドにはヘリテージが大切だと力説していました。日産にも誇らしい歴史があると。だからあんなコストカッターにもかかわらずGT-RやフェアレディZも復活させ、ミスターK(日産スポーツカーの生みの親、片山豊氏)を呼び出したりもしたのです。

山崎 日本の製品は性能の良さだけで世界に勝負できてしまったので、ブランド意識が育たなかったのでしょうね。自動車も家電もカメラも。

田中 そういう意味では一般的な消費財では日本ブランドって全然ダメですよ。例えばシャンプーとか。P&Gとかユニリーバの方が断然強くて、日本ブランドは日本でしか通用しない。結局海外に行くとアイデンティティが問題になるのですよ。日本は良い物を安く、という意識が根幹にあって、そういうものを作れば売れると。お宅の会社の強みは何ですか、と聞くと業種を問わず真面目なもの作りです、という答が多いんですよ。

消費財が弱い日本ブランド

中央大学名誉教授の田中洋氏(左)と対談する著者の山崎明氏。かつての同僚でもある。 
対談にあたり書籍を読み込んで来た田中名誉教授。

山崎 それから、日本企業ってブランド買収してもつぶしちゃうケースが多いんですよね。日産はプリンスつぶしたし、ソニーはミノルタというブランドをつぶしちゃいました。

田中 ところで話は変わりますが、自動車は電動化に向かっているじゃないですか。電動化時代になるとブランドってどうなっちゃうんだろうと。その辺関心があるのですが、山崎さんはどう思っていますか?

山崎 BEVだと商品上の差別化が難しくなるので、ブランドの重要性がより高まると思います。時計とかもそうですよね。ロレックスなんて精度が高いとかいうけど安物のクオーツ時計の方がはるかに正確なわけで。でもブランド力のあるブランドは高く売れるわけです。要は幻想を売れるかどうかなんですよ。車もどんどんそうなっていくと思います。

田中 技術的な差別化が難しくなると、高い金額で買ってくださいって説得するのがどんどん難しくなるわけですね、なるほど。話は変わりますが、ブランドってストーリーが忘却されるくらいになると強い、という話があります。たとえばマクドナルドやスターバックスってそのブランドの由来とか知っている人ほとんどいないでしょう? もうブランド力だけが人々の頭の中でコロコロ転がっていくみたいな。そういうことって車でもありますか?

山崎 メルセデス・ベンツはまさにそうですね。一時、品質問題や安全性の問題を起こしましたけど、ブランド力は強いままだったし、売り上げも落ちなかった。でもちゃんとした歴史を知っている人なんてごく一部です。

田中 私は山崎さんにひとつリクエストがあります。今回の本はコンパクトにまとまっていて読みやすいのですが、日本車のブランドの歴史をもっと突っ込んで書いてもらいたいです。私もブランドの歴史を私の本の中で書いているのですが、車についてはあまり分析できていないんです。

山崎 それは面白いかもしれませんね。でも、今回32のブランドについて書いたのですけど、実はもっと書きたい、調べたいブランドもたくさんあるんです。

田中 そういうのも含めて是非また書いてください。

山崎 ありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張ります。

書籍購入は下記リンク

書籍『なぜクルマ好きは性能ではなく物語(ブランド)を買うのか』は絶賛発売中だ。

書籍『なぜクルマ好きは性能ではなく物語(ブランド)を買うのか』

自動車ジャーナリスト・山崎明の新刊『なぜクルマ好きは性能ではなく物語(ブランド)を買うのか』。自動車業界における「ブランド」をテーマに、世界の主要な自動車メーカー32ブランドの変遷と未来展望について論じた一冊である。
広告代理店「電通」の戦略プランナーとして、30年以上にわたって様々な自動車ブランド戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わった筆者による鋭い洞察力で、自動車におけるブランドの価値を分析した。
トヨタやメルセデス・ベンツなど主要な自動車ブランドを個別に取り上げ、それぞれのブランドが自動車にとって変革期とも言える現代において、どのような戦略を展開しているのか詳しく掘り下げる。

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著者プロフィール

山崎 明 近影

山崎 明

1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。1989年スイスIMD MBA修了。…