【F1】日本グランプリの「アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チーム」に密着

2024年F1日本グランプリの「アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チーム」に密着

信心深いアロンソは必ず左側からマシンに乗り込むそうで。ピットレイアウトそれによって決められているという。
信心深いアロンソは必ず左側からマシンに乗り込むそうで。ピットレイアウトそれによって決められているという。
アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チームに今年も帯同したモータージャーナリスト藤原よしお。今年の見どころはどこにあった? レースリポートではない密着ならではのF1日本GP観戦記。

Aston Martin Aramco Formula One Team

特別なファンに囲まれて

朝10時。赤と緑、2台のDBX707が連なって現れ、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールがそれぞれのクルマから降りて、パドックに入っていく。チームのために全国のディーラーからデモカーをかき集めて提供しているという。
朝10時。赤と緑、2台のDBX707が連なって現れ、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールがそれぞれのクルマから降りて、パドックに入っていく。チームのために全国のディーラーからデモカーをかき集めて提供しているという。

1987年以来初めて、春の開催となった2024年のF1日本グランプリ。例年に比べて桜の開花が遅れたのが幸いして、サーキットの中も周りも満開の中での開催となった。

昨年、大きなジャンプアップを遂げたアストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チームに今年も帯同することができた。正直にいうと、大きくレギュレーションが変わっていない今年と昨年では、大きな変化はないと思っていたのだが、色々と面白い発見があったのでその様子をレポートしてみたい。

サーキットに着いてまず驚いたのは、朝早くから詰めかけている観客の多さだ。しかもサーキット近くの交差点やゲートの入り口には様々な趣向を凝らしたウェアやパネルを持った大勢のファンの姿が。「世界に比べても鈴鹿のファンは特別。本当に素晴らしい」とチームのスタッフも声を揃えて絶賛する。

朝10時。赤と緑、2台のDBX707が連なって現れ、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールがそれぞれのクルマから降りて、パドックに入っていく。聞けばチームのために広報車はもちろん、全国のディーラーからデモカーをかき集めて提供しているのだという。

ヴァンテージのセーフティカーは見れず

そんなアストンマーティンにとって、チーム以外に大きな話題なのが、デビューしたばかりの新型ヴァンテージにスイッチしたセーフティカーだ。残念ながら今年の鈴鹿はAMGメルセデスのパートだったので、実車を見ることは叶わなかったが、ドライブした印象を25年以上ドライバーを務めているベルント・マイランダーに聞くことができた。

「新型ヴァンテージのデビューは2月。我々は1月の南イタリアで最初のテストをしているんだけど、開発チームは一丸になって3月サウジアラビアGPに間に合わせてくれた。素晴らしい仕事だったよ」

「最高にハッピーだね。新しいおもちゃを手に入れた時の気分だよ。新しいヴァンテージはよりパワフルに、ワイドになった。V8エンジン自体は同じだがトルクが増して、パワーも535PSから665PSに上がっている。バランスが良い完璧なロードカーに仕上がっているよ。また市販車にはない大きなリヤウイングでダウンフォースも増えているし、ルーフのライトバーもボディに一体化した新しいデザインになった。ライトバーの分、パフォーマンスが少し落ちるからね」

マイランダーによると、先代のセーフティカーではGT4用のブレーキを装着していたが、新型のブレーキはロードカーとまったく同じものがついているという。

「新しいヴァンテージは公道用の完璧なスポーツカーだと思う。サーキットでも使えるし本当に素晴らしいよ。ハンドリングもさらに良くなっているしね。F1マシンのセーフティカーならヴァルキリーの方が速くていいんじゃないか?と思うかもしれないけど、FIAの定める速度だと、ヴァルキリーはエアロの効果を得られず本来のポテンシャルを十分に発揮できない。そういう意味でもあらゆる状況、速度域でも速いヴァンテージが最適なんだ」

ちなみにアストンマーティンがF1に参入する以前は、市販車におけるグリーンのボディカラーの割合はたった4%で、007をイメージしたシルバーの割合が圧倒的に多かったがF1に参入して以降、グリーンの割合は24%へアップしたデータがあるという。そのことからもF1、そしてセーフティーカーが、アストンマーティンのイメージアップに貢献しているといえそうだ。

一方、ピットはどうだろう?

昨年は「サムライ魂」というテーマで様々なグラフィックが掲げられていたピットだが、今年の様子は極めてスタンダードで、一見、何も変わっていないように見える。まずはそこから広報女史に聞いてみた。

「ストラクチャーは2026年に大きく変わる予定だけど、去年にとはスポンサーのロゴや配置。あと細かな部分のレイアウトやディテールが変わっています。え? 2026年は大きくHのマークが入る? そうね! それはまたのお楽しみに(笑)」

そしてピットレーンに向かって左にアロンソのマシン、右にストロールのマシンが並ぶレイアウトも基本的に同じ。その周りの機材の配置、スタッフの配置にも大きな変化はない。

「アロンソは信心深くてね。必ず左側からマシンに乗り込む。なぜそうなのかは理由を知らないけど、そのためにこのレイアウトを決めているんです」

確かに慣れたレイアウトを踏襲して敢えて「変えない」方が、スムーズなオペレーションを行う上でも必要なことなのだろう。

そこでもうひとつ気になったのは、過去最高の24ヵ所でレースが開催される2024年シーズンについてだ。果たして、どういうローテーションですべてをマネージメントする予定なのだろうか?

「ピットのストラクチャーは現在6セット。そのうち3セットがヨーロッパに、1セットが中東に、1セットがアメリカに置いてあって、ローテーションしながら24レースを賄います。まずサーキットからその年で使う場所の図面が送られてくるので、それに合わせてレイアウトを考えます。設営は1週間前から。15人の設営専用スタッフが行います」

ちなみに鈴鹿に来ているチームスタッフは総勢85人。多い時は110人くらいの体制になるそうだが、そのほか本国シルバーストンにもスタッフが待機してリアルタイムでデータの分析や、指示を行っているのだそうだ。

「ストラクチャーのスタッフ、メカニック、PR、ピットのスタッフなどを含めて1チームで24レースをフォローします。だからとても忙しい。夏に2週間の休暇まで休みなし。日本GPの後も月曜にイギリスに戻って、その次の月曜に中国GPに向けて飛び立つ予定です」

そのハードスケジュールはセーフティカーを担当するマイランダーも同じだそうだ。

「ドライバーは私だけ。1年の半分以上をコドライバーと過ごしている計算だね。でもこれはF1に限らずすべてのレースがそうだと思う。旅は僕らのライフスタイルの一部だと思うし、それも仕事の一部なんだ。自分のやっていることが好きなら、それでいいと思う。その代わり、オンとオフははっきりさせたい。だから自宅にはレースのトロフィーも写真もないし、休みの日はずっと家にいて家族の時間を大事にしてる。他の人から見たら、世界中を飛び回り、世界最高のサーキットで、世界最高のコンディションで、世界一速いクルマと走ることができて、素晴らしい人たちと一緒にいられることをとても羨ましく思っていると思うけどね」

テレビの画面を通じて、なかなかその仕事ぶりが伝わることは少ないが、彼らの献身的な仕事と情熱によってグランプリは支えられているのである。

シーズン最初の大きなアップデートキットを投入

リザーブドライバーで今シーズンはフォーミュラEやWECにも出場しているストフェル・バンドーン。

レースの詳細に関しては、様々な専門メディアで報じられている通りだが、アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チームは、日本GPに臨むにあたりシーズン最初の大きなアップデートキットを持ち込んだ。

鈴鹿ではその成否を判断するために、プラクティスを通じて様々なテストを行なっているという話だったが、外から見ている限り上手くいっている様子だった。残念ながら金曜午後のFP2はウエットコンディションのため、ほとんど走行できなかったが、土曜午前のFP3では他のチームがソフトタイヤ、ミディアムタイヤでアタックする中、アロンソとストロールの2人だけはハードタイヤをチョイスし、黙々とロングランのテストをこなしているのが印象的だった。

まずはこの週末のチームの状況について、リザーブドライバーで今シーズンはフォーミュラEやWECにも出場しているストフェル・バンドーンに聞いてみた。

「この週末も僕自身の出番はなさそうだけど、2台のマシンともにアップデートキットが装着されていると聞いています。上手く行っているみたいだね。予選では2台ともQ3に進出するのが目標。ただタイムは非常に接近しているから、厳しい戦いになるだろうね。僕も2016年にはスーパーフォーミュラを戦っているけど、このサーキットはドライバーにとって、F1マシンの最高のフィーリングが味わえる場所なんだ。すごく速くて、特にセクター1は印象的だ。絶対にミスは許されないから、予選はこの週末で最もクールな瞬間になると思うよ。新しいパーツを活かして、決勝もいいレースになるといいね」

予選前のアロンソにインタビュー

その後、ほんのわずかな時間ではあったが、予選を前にしたフェルナンド・アロンソに話を聞けた。印象的だったのは、2度のワールドチャンピオンを獲得し、F1通算32勝を挙げている大ベテランであっても、2時間後に予選を控えた状況では非常にナーバスになっているのか、一切笑顔も見せず、静かに闘志を燃やしている様子だったことだ。

「まず僕は日本が大好きなんだ。幼い頃からサムライが好きで、日本の文化が大好きだった。家にも本がたくさんあったし、背中にはサムライのタトゥーも入ってる」

そんな思いをこめ、今年もアロンソは鈴鹿仕様のスペシャルヘルメットを仕立ててレースに臨んでいる。

「鈴鹿にはこの2年、特別なヘルメットを用意してきた。僕は1年に3つか4つのレースでスペシャルを被るんだけど、そのひとつは日本と決めている。これは日本の文化とのつながりがあるからで、今回のヘルメットの後ろには富士山をデザインしている。そうそう、あと黒い背景の芯の部分には、侍の兜をちょっと連想させるようなデザインも入っているんだ」

実はこのインタビューの後、ピットのスタッフから「持ってみる?」とアロンソのスペシャルヘルメットを手にする幸運を得た。とにかく驚いたのは想像以上に軽いこと! マットなスペシャルカラーを施されれたBELLのカーボン製ヘルメットの詳細については「秘密」とのことだったが、一般に市販されているものよりも軽いのでは? と思うほどだった。話を戻そう。では、この週末のレースに関しては、どういうビジョンをもって挑んでいるのか? アロンソに聞いた。

「タイムチャートの上位をランキング上位のドライバーが占めている。鈴鹿はF1マシンにとっては、ポテンシャルをすべて引き出す絶好の機会だからね。なかなかクロスした戦いになると思う。今週の目標はかなり控えめに考えているよ。最初の3レースを終えて、私たちは4番手か5番手のチームの実力だと思う。まずはそれを意識しなければならない。レッドブル、フェラーリ、メルセデス・ベンツ、マクラーレンが頭ひとつ抜けていると思う。ここで状況が劇的に変わるとは思わないね。僕たちは彼らの順位の周辺。だから予選では、7番手から10番手の間が僕たちの自然なポジションだと思う。それよりも、もう少しいい順位に行ければ、それは素晴らしいニュースだ。もし今日の順位がそれほど良くなかったとしても、明日は挽回できるように頑張る。今はマシンのコアの部分について多くのことを学んでいる状況だ。次の2、3戦でさらにアップグレードしたものを持ち込んで、その戦いに参加できることを願っているよ」

かなり控え目に語っていたアロンソだが、いざ予選が始まるとQ1で全体2番手タイムを記録。Q2もトップと0.3秒差の5位につけると、Q3ではトップのフェルスタッペンから0.5秒差、4位のサインツとは0.004秒差(!)の5位につけて見せたのだ。予選前の話からしても、かなりポジティブな結果だったといえるだろう。

一方ランス・ストロールの方は、チャンスを上手くいかすことができず、16位でQ1敗退となってしまったものの、FP3ではハードタイヤでアロンソと共に良いラップを重ねていたので挽回のチャンスはありそうだ。

アストンマーティンF1のアンバサダーを務める理由

アストンマーティンF1チームのアンバサダーを務める、元レーシングドライバーのペドロ・デ・ラ・ロサ。

そんな今のアストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チームの状況をチームのアンバサダーを務める、元レーシングドライバーのペドロ・デ・ラ・ロサに聞いてみた。

「私ももうF1の世界に戻るつもりはなかったんだ。でも、アストンマーティンに入った一番の理由は、可能性を感じたからなんだ。勝つ可能性を見出せなかったら、このチームには入らなかっただろう。最初に彼らのプログラムを見せてもらった時、私もその一員になりたいと言ったんだ。勝ちたい人たちがいて、勝つためにすべてが行われていて、莫大な投資が行われている。去年シルバーストンにできた新しいファクトリーを見たかい? 基本的に3つの建物があって、まだひとつしか完成していないが本当に素晴らしい。3つ目の建物である風洞施設は2024年末までに完成する予定で、これは我々のパフォーマンスに大きな影響を与えるだろう。すべては2026年のため。ホンダが来たときにホンダのための準備ができるように、私たちはすべてを非常にうまく準備していると思う」

レースはアロンソ6位、ストロールが12位

決勝レースでは、アロンソが6位入賞。ストロールは12位で完走を果たした。

そして、ここ数戦レースペースに苦しんできた決勝レースでは、難しいタイヤマネージメントの中でアロンソが6位入賞。ストロールも印象的な追い上げをみせ12位で完走を果たしている。

生馬の目をぬくような動きの激しいF1界にあって、2026年のホンダエンジン獲得、そして悲願のワールドタイトル獲得に向け、アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チームは着実に進化を続けている。今はレッドブル・ブルーに染まったサーキットが、アストン・グリーンに染まる日は、そう遠い未来ではないはずだ!

Photo/Aston Martin Aramco Formula One® Team、アストンマーティン・ジャパン、藤原よしお

左2人目からアストンマーティンAPACリージョナルプレジデントのグレゴリー・アダムス。ジュリア・ロングボトム駐日英国大使。グローバルチーフブランド&コマーシャルオフィサーのマルコ・マティアッチ氏。店舗の運営を行うグラーツ・オートモビールの荒井賢代表取締役。週末のF1日本GPを感じさせるマシンのレプリカも展示された。

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藤原よしお

クルマに関しては、ヒストリックカー、海外プレミアム・ブランド、そしてモータースポーツ(特に戦後から1…