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Porsche Cayenne
現代の自動車に欠かせないソフトウェア
ポルシェの子会社「ポルシェ・エンジニアリング」は、ハードウェアとソフトウェアのエキスパートが、パワートレインとシャシーの分野で緊密に連携する「ドライブシステム(Drive System)」部門を新設した。このチームは、開発要件の定義づけから機能開発、ソフトウェアとアクチュエーターの調整、テスト・検証に至るまで、完全なシステムを立ち上げ、統合する能力を備えている。
現代の自動車において、ソフトウェアはこれまで以上に大きな役割を果たす決定的な要素になっている。しかし、最高のドライブ体験は、プログラマーのスキルのみに依存するものではない。特に実際の走行に大きな影響を及ぼすパワートレインとシャシーではそれが顕著になる。ポルシェ・エンジニアリングのドライブシステム担当ディレクター、エヴァ-ヴェレーナ・ツィーガーンは、ドライブシステム部門について次のように説明する。
「私たちの中心的な仕事のひとつが、システムの統合となります。これにはECUへの新たなコードの実装や、新機能の調整や検証も含まれています」
新型カイエンの開発が進むなか、ポルシェ・エンジニアリングは数多くの開発を担当。ドライブトレインとシャシーに関しては、当初からハードウェアとソフトウェアのシームレスな統合が重視されたという。
「カイエン改良新型は、快適性とスポーティさに求められる要素に関して、多岐にわたっているのが特徴です。例えば、アクティブ・アンチロール・スタビライゼーションは、ソフトウェアの詳細なパラメータ化、そしてシャシー全体への統合によって実現されています。その過程で全輪駆動、全輪操舵、ブレーキシステム、電動駆動など、ドライビング体験に影響を及ぼす、シャシー内の複雑な相互作用を考慮しなければなりませんでした」と、ツィーガーンは付け加えた。
複雑な「2バルブ・テクノロジー」への対応
今回、カイエン改良新型は、足まわりに「2バルブ・テクノロジー」を導入した「アダプティブ・エアサスペンション」を搭載。伸び側と縮み側を独立させたダンパーが、高級SUVとして初採用された。ポルシェ・エンジニアリングがポルシェと共同開発したこのダンパーは、スポーティなドライビングと快適なクルージングを幅広くカバーし、あらゆる走行シーンで最適なパフォーマンスを発揮すると謳う。
革新的なハードウェアは、ソフトウェア開発に関してもこれまでとは大きな違いをもたらしたという。ポルシェの開発エンジニアで電動シャシープラットフォーム(EFP)責任者を務めるファビアン・ハイトカンプは、「新開発の2バルブ・ダンパーでは、コントロールユニットのコンポーネントを変更し、ベースのソフトウェアとの新たなインターフェースを導入する必要がありました。そのため、コントロールユニットと基本ソフトウェアについては、旧バージョンからキャリーオーバーできたのはごくわずか、つまりほぼ新規開発と言えます」と明かした。
ポルシェ・エンジニアリングは、新しいコントロールユニットの開発を担当し、サプライヤーであるポルシェと共同で新しい基本ソフトウェアの開発も行った。
「私たちは、ソフトウェア全体の開発責任も負っています。新しい2チャンバー・エアスプリングと2バルブ・ダンパーシステムは、これまでの足まわりよりかなり複雑ですし、今後は別のモデルラインにも投入される予定です」と、ポルシェ・エンジニアリングの開発エンジニアで、統合管理を担当するマルクス・シュミッドは説明する。
ハードよりも先行するソフト開発
タイトな開発スケジュールの上、複雑なタスクをこなすため、開発陣は新しい制御ユニットと基本ソフトが完成するかなり前の段階で、ソフトウェアのテストを行っている。
「HiL(Hardware-in-Theloop:ECUのテスト装置)やテストベンチで、できるだけ早い段階から様々な機能の通信や相互作用をテストするようにしました。ポルシェ・エンジニアリングでは各拠点で国際的なチームを結成し、機能開発とHiLテストの両面で早い段階から開発をサポートしています」と、ツィーガーン。
ポルシェAGにおいて、カイエンのシャシープロジェクトマネージャーを担当したミヒャエル・ベッカーも、このような開発プロセスの重要性を強調する
「それは、ソフトウェアの最新バージョンをクルマへとインストールして、すぐに走り出すことができないからです。例えばHiLテストでは、個々のソフトウェアコンポーネントが、まったく問題なく動作するかをチェックできます。また、シャシーには法的にクリアしなければならない要件があることも忘れてはなりません」
開発初期段階であっても、様々なシミュレーションを行うことで、事前にソフトの最適化を進めることができた。これにより開発後期段階においては微調整に集中することが可能になった。このプロセスは、システムやコンポーネントの複雑化が、さらに進むとみられいる将来においても非常に重要視されている。
「ポルシェ・エンジニアリングは、機能開発から基本ソフトウェアへの機能実装、そしてテストや車両への組み込みに至るまで、一連の流れ全体をカバーしてくれました。彼らは必要なときに必要なリソースを提供してくれたのです。それもあって、あらゆる困難にもかかわらず、このプロジェクトを予定通りに完了することができました」と、ハイトカンプ。
それぞれの作業は、必要なスキルを持った国際的なチームによって実施された。ドイツ、チェコ、ルーマニアのエキスパートが、コード生成や機能開発そして様々なシミュレーションを含め、ネットワーク化されたチームにおいてテストと検証作業を担当している。
自然な回生ブレーキ介入を実現するために
開発担当者たちは、新型カイエンのブレーキシステムのハードとソフトの相互作用にも焦点を当てた。ここでの課題はドライバーに対して可能な限り自然かつ最高のペダルフィールを提供し、車両の減速時における油圧ブレーキと電気モーターのそれぞれの介入を、知覚できないようにすることだった。
油圧ブレーキと回生ブレーキの”ブレンド”を担当するのが回生機能だ。ブレーキング時におけるブレンドの正確な割合は、様々な要因によって決定する。ポルシェ・エンジニアリングのブレーキ&ステアリングシステム開発エンジニアであるリサ・ヘルビッヒは、回生機能について次のように説明を加えた。
「基本的に私たちの目標は、回生ブレーキを可能な限り使用することでした。走行に必要なエネルギーを削減し、特にEVモードでの走行距離を伸ばさなければなりません。油圧ブレーキは、例えば電気モーターでの減速が不十分な場合や、リヤアクスルの挙動変化が原因で車両が不安定化した場合に作動します」
ブレーキシステムに導入されたソフトウェアは、変化するブレーキ特性を最適な方法で補正。ブレーキの温度と経年摩耗の両方が考慮される中で特に難しいのが、アルゴリズムが異なる制御ユニット上で実行されることだった。ドライバーが、油圧ブレーキと回生ブレーキの切り替えや介入を感じずにドライブできるか、ソフトウェアを含めた徹底的な調整作業が繰り返されている。この結果、新型カイエンは、非常に自然なブレーキフィールを手にしたという。