【フェラーリ名鑑】後世に名を残す通称「デイトナ」リリース

「フロントエンジンフェラーリの美学」275 GTBからデイトナまで(1964-1969)【フェラーリ名鑑:13】

フェラーリ名鑑、275 GTBからデイトナへ
デイトナ24時間におけるフェラーリの活躍を背景に「デイトナ」の愛称で呼ばれるようになった365 GTB/4。
大戦後、いち早くモータースポーツシーンで活躍し、そのイメージを元にした市販モデル(ストラダーレ)も成功を収めたフェラーリ。自慢の高性能V12エンジンは結果を残していたが、レーシングカー及びスーパースポーツの趨勢はフロントエンジン/リヤ駆動(FR)から、リヤミッドシップレイアウトに傾き始めていた。ここではV12をフロントに搭載したフェラーリの集大成、275 GTBと365 GTBを解説する。

エンツォの真意はどこにあったか

1964年にパリ・サロンでデビューを飾ったフェラーリ 275 GTB。フロントに搭載された3.3リッターV12は280hpを発揮した。

スポーツカーレースの主役が、生産台数の規定があるGTから将来生産する計画があればよいというスポーツ・プロトタイプに変わると、フェラーリはプロトタイプを意味する「P」、あるいはル・マンの意である「LM」の称号を掲げたモデルを続々とサーキットに投じ始めた。その一方でロードカーは、メインとなる12気筒&2シーターモデルが1964年に「275 GTB」へと進化。同年のパリ・サロンで初公開されたそれは、あたかも250 GTOを意識したかのようなロングノーズを特徴とする実に魅力的なモデルだった。

レースで勝利することを何よりの喜びとしていたエンツォにとって、コンペティツィオーネとストラダーレを分離することは、自分自身がレースに集中するという意味では都合が良いことだったのかもしれない。だが、その一方でストラダーレとして誕生した275 GTBが果たしてどれほどのパフォーマンスをもつのかを知りたいと思うのもまた、エンツォが心に秘めた願いだったのだろう。エンツォは、1965年のスポーツカー選手権に向けて「275 GTB/C(コンペティツィオーネ)」と呼ばれる3台のレース仕様車を製作することを指示。1965年シーズンからスポーツカーレースで、しばしばその雄姿が見られるようになる。

成功したストラダーレベースのレース仕様

競技仕様(コンペティツィオーネ)として1965年に3台のみ製造された275 GTB コンペティツィオーネ。ベースの275 GTB(公道仕様=ストラダーレ)をチューンした3.3リッターV12は最高出力300hpに強化され、車体は120kgのダイエットが為されていた。

この成功を受けて、1966年には275 GTB/CのシリーズIIがさらに12台マラネッロで製作されることになるが、ベースモデルが前年までのショートノーズからロングノーズにマイナーチェンジしたため、当然ながらレース仕様車も空力的に有利なロングノーズを採用することになった。

レースカーとしてのチューニングは、そのほとんどがマラネロのファクトリーで行われ、カスタマーチームは簡単なメンテナンスのみでレースを戦うことができたのだから、この275 GTB/Cがデリバリーされたのは、ほとんどが以前からフェラーリと親密だったプライベーターに限られた。

ミッドシップ化に遅れをとったフェラーリ

最高出力352hpを発生する4.4リッターV12を長いノーズに押し込んで1968年に誕生した365 GTB 4。

275 GTB/Cは、確かに優れたレースカーのひとつではあったかもしれない。だが、当時の最高水準にあるモデルだったのかといえば、そうとは断言できないだろう。

なぜならすでにレースの世界においてはミッドシップが採用され始めており、一報のフェラーリはその頃伝統を重んじるあまり、失敗を恐れて革新的ともいえる進化には挑戦したがらない傾向があったからだ。それはロードカーにおいても同様だった。

頑なに続けたフロントエンジン

ピニンファリーナが手掛けたスタイリングは今なお色褪せない。コンベンショナルなFRレイアウトを採用する。

1968年のパリ・サロンで、フェラーリは次世代を担う12気筒ベルリネッタ、すなわち2シーターの12気筒クーペたる「365 GTB/4」を発表する。その流麗なデザインは、当時レオナルド・フィオラバンティが率いていたピニンファリーナによって行われ、長いフロントノーズとは対照的に、リヤはほぼ垂直に切り落とされる、実にスポーティで端正な造形が生み出されていた。

しかし、そのノーズの長さからも想像できるとおり、フェラーリはこの365 GTB/4に至ってもなお、V型12気筒エンジンをフロントに搭載するクラシカルな設計を改めることはなかった。レースカーはもちろんのこと、1963年に設立されたランボルギーニがミウラにおいてジャン・パオロ・ダラーラの手によるV型12気筒エンジンの横置きミッドシップという設計を実現していたにもかかわらずだ。

デイトナの由来

1969年式フェラーリ 365 GTS/4。アメリカマーケットを意識し、365 GTB/4にもオープンスタイルの派生モデルが用意された。

後にフェラーリはヘッドまわりをDOHC4バルブ化するなどエンジンの強化を施し、「275 GTB/4」へと275シリーズを進化させる。また、デイトナには、オープンモデルの「365 GTS/4」やワンオフで製作されたタルガトップの「365 GTS/4 ピニンファリーナ」などもリリースした。

一般的には“デイトナ”の愛称で親しまれる365 GTB/4だが、これは当時アメリカで、N.A.R.T.(ノース・アメリカン・レーシング・チーム)を組織し、このモデルを購入することになったルイジ・キネッティが、デイトナ24時間レースにおいて330 P4が1-2-3フィニッシュを遂げたことで、365 GTB/4のプロトタイプをこう呼ぶようになったのが始まりだという。

SPECIFICATIONS

フェラーリ 275 GTB

年式:1964年
エンジン:60度V型12気筒SOHC
排気量:3285cc
最高出力:206kW(280hp)/7600rpm
乾燥重量:1100kg
最高速度:258km/h

フェラーリ 275 GTB コンペティツィオーネ

年式:1965年
エンジン:60度V型12気筒SOHC
排気量:3285cc
最高出力:221kW(300hp)/7600rpm
乾燥重量:980kg
最高速度:282km/h

フェラーリ 365 GTB/4

年式:1968年
エンジン:60度V型12気筒DOHC
排気量:4390cc
最高出力:259kW(352hp)/7500rpm
乾燥重量:1200kg
最高速度:280km/h

フェラーリ 365 GTS/4

年式:1969年
エンジン:60度V型12気筒DOHC
排気量:4390cc
最高出力:259kW(352hp)/7500rpm
最高速度:280km/h

解説/山崎元裕(Motohiro YAMAZAKI)

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