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シングルナンバーを引き継いだ希少モデル
古いクルマのイベント会場での楽しみ方として、展示されている車両のナンバープレートに注目してみることもそのひとつ。ナンバープレートの数字より上にある登録地や、その後に続く数字の桁数を見ると、そのプレートが新しいものか古いものか判明するからだ。
今回の北本市で開催されたクラシックカーフェスティバルにも様々なナンバープレートが存在したが、希少車でありながら古いプレートを備えた日産ローレルにスポットライトを当てたい。
このローレルには足立の後に続く数字が単に「5」とある。これは後に51や52と桁が増え、さらには500や501と三桁になった。この数字が一桁なのは都内であれば昭和40年代くらいに登録された証拠であり、それから一度もナンバープレートが変わっていないことになる。さらに古いものだと都道府県名だけだったり、もっと古いと単に「5」だけというものも存在する。
通常、ナンバープレートは居住地により決まっていて、例えばオーナーが変わって車検証上の住所が変わると名義変更とともに新しいプレートに変更される。だから年が新しくなればなるほど桁数が増えていく。ところがこのローレルは「5」のまま。そこでオーナーを探してお話を聞いてみることにした。
お話を聞いたオーナーの今野信之さんは57歳。今野さんが18歳で免許を取得したとすると1982年。このローレルが初めてのクルマだとしてもナンバープレートがそのままのわけがない。親のクルマを引き継いだのかと聞いてみると「偶然なんです」との答え。雑誌の個人売買コーナーで売りに出ていた現車を購入したのだが、前オーナーが同じ地区だったため古いナンバーを引き継げたのだという。
名義変更されても車検証の住所が前オーナーの登録地と近い場合、古いナンバープレートをそのまま引き継げることもあるのだ。なかには古いプレートを維持してほしいという理由から、同じ管轄地で次のオーナーを探すというケースすらあるほど。古いクルマの価値として、ナンバープレートも大事な要素なのだ。さらに初代ローレルは残存数が少なく、現車は極めてオリジナリティの高い状態で維持されている。
日産ローレル&510ブルが採用していた「流れるウインカー」!
アウディなど輸入車に採用されはじめたのをきっかけに、国内でも2014年に保安基準が改正されたことでシーケンシャルウインカー、俗称「流れるウインカー」が使用可能になった。すると国産車にも続々と採用車種が増えたのはご存知の通り。
けれど昭和40年代前半の国産車にも流れるウインカーを新車で採用する車種があった。それがこの日産ローレルと510型ブルーバード。後にはセドリック/グロリアにも採用されたが、暴走族対策だったのかある時期から禁止されてしまう。そのため採用車種が少なく、存在自体を忘れていた人も多いことだろう。
今野さんがこのローレルを購入したのは22年前のこと。現在57歳ということだから、購入時は35歳。なぜローレルを選ばれたのだろうと質問すると「以前、家のクルマだった」とのこと。幼い頃の記憶から古いクルマを手にする人は多い。今野さんも家にあった記憶を懐かしむように初代ローレルを探したのだという。
22年の間、意外にもトラブルは少なくヒーター部から冷却水が漏れてしまったくらいで済んでいる。とはいえこの時、室内は冠水してしまったので掃除や匂いを消すことに苦労されたことだろう。また普段は別のクルマに乗っているため走行距離が極端に伸びることもなかったため、故障と無縁でいられたのかもしれない。
エンジンは基本的に丈夫で「トルクがある」と評価されている。このG型エンジンは日産自動車と合併したプリンス自動車が開発したもの。ハコスカと呼ばれる3代目スカイラインにも採用され、じつは重たいL型6気筒より場面によっては速いと言われる名機。そんな点もお気に入りの理由だそうで、初代ローレルだけのミーティングなども主催されているそうだ。