脱・温暖化その手法 第70回 ―電気自動車の普及が経済にどう好影響を与えるかー

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

電気自動車となり利便性が高まることでクルマの生産台数は8倍に!

69回では電気自動車の普及に伴い、世界はどう良くなるかについて述べた。一言でいえば、“誰でもが、いつでもどこへでも行けるようになる”ということであった。これは人類が長年追い求めてきた、大きな望みのひとつでもあった。その結果、スマホの普及が世界に与えた生活の上での変化以上の大きな変化が起きることを述べた。

新しい技術が以前の技術に置き換わる3つの要因は、“人間にとって使いやすいこと、効率が良いこと、作るのが簡単なこと”であることは第67回で述べた。その結果、新しい技術に置き換わるとその技術の普及は前の技術より大きくなることも述べた。それは、この3つの条件が満たされた技術は、当然のことながらコストパフォーマンスが良くなるため、これまで買わなかった人、買えなかった人が買うようになるためである。

このことを参考にすると、車の台数は究極的に何台になるのか。ここでは、人口が今と同じ80億人の場合を前提にして求める。

車の生産台数は、日本自動車工業会の報告によると2022年には世界全体で8000万台であった。また平均寿命は「自動車検査情報協会、令和3年度車種別使用年数推移」によると14年である。

では、電気自動車、そして最終的には自動運転が加わるとして、車の生産台数と普及台数はどこまで増えるのかに関しては、スマホの普及台数を参考にするのが最も最も正確だと想定できる。

スマホの保有台数は世界的に約80億台である(矢野経済研究所報告 https://www.yano.co.jp › press › press.php)。平均で、一人1台となる。同じ報告によるとスマホの生産台数は2014年以降年間14億台前後で推移している。ここから、スマホの平均の買い替えは約6年に一度になる。

電気自動車がどれだけ普及するのかを推計するする手がかりとして、スマホと比べた年間のランニングコストを求める。これは、日本を例にとることとする。日本での大手の通信会社3社に支払っている平均の金額は、端末費用も含めて年間17万円である(MMD研究所2021年12月)。

次に、自動車を保有する費用を求める。今の内燃機関自動車では、維持費の内容は車検、点検費用、部品交換費用、自動車税、重量税、自賠責保険料、任意保険料、駐車場代、燃料費と数多く、軽自動車で40万円、コンパクトカーで47万円、ミニバンで54万円である(Rakuten マガジン 2022年12月31日)。

もし、自動運転化された電気自動車になると、多くの費用が不要になる。構造が簡単で壊れるところが少ない電気自動車では点検費用は、ほぼ掛からなくなる。部品交換費用も同様である。電気自動車の電池寿命が心配されるところだが、スマホを思い出すと、毎日フル充電を行ない、フル放電に近いところまで使って充電をするスマホの寿命は6年であるから、2000回充電が行われる。電気自動車で一充電で300㎞の航続距離と控えめに見て、2000回充電すれば60万㎞もの走行になる。日本の自動車の年間平均の走行距離は伊藤忠エネクスカーリース等の資料から、約1万㎞とされている。14年の平均寿命として14万㎞の走行で、スマホの電池の寿命からするとわずか1年半利用した程度に過ぎない。スマホの電池は使用している間に次第に容量が下がるのは誰しもが経験しているが、それでも1年半で大きく減ることはない。ここから類推すると、電気自動車のリチウムイオン電池は車体の寿命まで交換は不要といえる。

車検費用は電気自動車ではブレーキは機械ブレーキに頼ることは限られており、ブレーキ力のほとんどは回生ブレーキで回収されるために車検費用は重点項目のブレーキ点検の費用が軽減され、車検費用も安価になる。自動車税、重量税はこれまで通りかかる。自動運転を前提にすると、保険料は基本不要になる。駐車場に関しては、自動運転になると家から近い所に持たなくてもよくなり、これも極めて安価になる。ガソリン代に比べて電気代は無視できるレベルである。

内燃機関車と自動運転化された電気自動車の維持費比較
自動運転化された電気自動車は、維持にかかる項目が大幅に減る。
これが、価格競争力を持つ理由。

すると、車検費用は残るが、安価になり、税金だけは変わらず残る。ここでは、車検費用はこれまで通りで、駐車場代は少しかかるとして、結局はこれまでの車検費用と相殺できるとする。するとその額は、軽自動車で4万円、コンパクトカーで7万円、ミニバンで10万円となる。

電気自動車の平均価格は寿命から計算すると12万円/年に!

車の維持費用にはその購入費用が大きい。「2020年の新車販売の平均値をチェックする新車購入ガイド」というネット記事によると、その平均は170万円になっている。

電気自動車に替わった場合の車両価格であるが、構造が簡単になる電気自動車は、十分な大量生産がなされれば、電池価格を含めても今までの車より高価になることはない。自動運転は価格高騰の要因になりうるが、その実質的費用はセンサー類である。これらは部品のサイズが小さいのでこれらも大量の生産がなされれば、車両価格に大きな影響を与えるほどではなくなる。その理由は、スマホには今、複数の高性能カメラが付くようになったが、それでも現在のスマホの価格は、車に比べると桁違いに安い。すると、結論的には現在の車の平均価格から高価になることはない。結果として、年間あたりに換算した車の価格は寿命の年数で割って、12万円になると仮定できる。

内燃機関自動車と自動運転化された
電気自動車の維持費比較(万円/年)
自動運転化された電気自動車の維持費は大幅に安価になる。
このために車両価格を含めた年間の費用はスマホの維持費と
ほぼ同じになる。このため自動車の保有台数はスマホと同じ
程度になると予測できる。

維持費と車両価格を総合すると、世界で最も売れているコンパクトカーサイズの年間の車にかかる費用は17万円ということになる。この金額は奇しくもスマホの年間維持費と同等になる。

では、世界の人々は車とスマホのどちらが欲しいか。これは間違いなく両方である。世界でスマホを持てるほどに裕福になった人たちは当然のこととして、電気自動車も持つようになる。結果として車の保有台数は現在のスマホの台数の80億台を下まわることはない。その寿命はここでも14年とすると、年間の生産台数は6億台になる。生産台数は現在の8倍ということになる。結果としては、自動車生産額はこれだけ増える。金額にすると1000兆円という大きな額になる。

自動車と、スマホの世界統計
人口80億人の現在の統計。スマホの保有台数が
多いのは年間の機種費用と通信費用の総額が、
内燃機関自動を持つより大幅に安価なため。

電気自動車とスマホの利用者の負担額は、ほぼ同じというのが今回の結論である。しかし大きな違いは電気自動車の場合、所有にかかる車体価格の割合が大きく、スマホでは、キャリアに支払う利用料が圧倒的に大きい。このために自動車製造産業は巨大なビジネスになる。

ここまで、太陽光発電と電気自動車化の利点だけを中心に述べてきたが、当然、問題点、懸念点も心配される。次回はそれらに関して取り上げ、その解決策に関しても述べることとする。

完成したEliica
正面側から見た写真。遠方がテスト用の1号車。手前が
一般公道走行用の2号車。撮影場所は慶応大学新川崎キ
ャンパス。開発はここを中心に行ない、シェイクダウン
もここで行なった。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…