電動化のメリット実感! ホンダが小型船舶向け電動推進機プロトの実証実験を松江で開始

電動化の波はクルマだけではない。年間3000万人にパワーユニットを提供しているホンダにとって、4輪車以外の電動化も重要なミッションだ。今回、ホンダは小型船舶用の4kW電動推進機のプロトタイプを使った実証実験を島根県松江市でスタートした。電動推進機、どんなメリットと課題があるのだろうか?
PHOTO:Motor-Fan/Honda

松江:カーボンニュートラル観光×ホンダ

島根県松江市の堀川遊覧船で、電動推進機のプロトタイプの実証実験が始まった。

ホンダのマリン事業は、創業者である本田宗一郎の「水上を走るもの、水を汚すべからず」という信念の下、2ストロークエンジンが主流だった1960年代の船外機市場に環境負荷の低い4ストローク船外機「GB30」を1964年に市場投入したところから始まっている。

左が電動推進機のプロトタイプ、右がホンダの最初の船外機GB30(1964年)だ。

船外機のマーケットは、シェアトップのマーキュリーと国内4社(ホンダ、ヤマハ、スズキ、トーハツ)の5メーカーが主力プレーヤーだ。ホンダは、全世界年間約90万台のうちの約6.1万台(2~250psの船外機)を生産・販売している。

この分野も電動化は喫緊の課題だ。ホンダは2021年11月に電動推進機のプロトタイプを公開している。今回、「カーボンニュートラル観光」を掲げる島根県松江市の松江城周辺を周遊する「堀川遊覧船」で実際に4kW電動推進機プロトタイプを使った実証実験を開始した。

ハードウェアはどうなっている?

まずは、ハードウェアを見ていこう。

左が電動推進機のプロトタイプ、右が従来のBF9.9

現在、堀川遊覧船で使用しているは、ホンダ製4スト船外機BF9.9だ。222cc直列2気筒SOHCで定格出力9.9ps(7.3kW)。価格は27万5000円~37万4000円だ。もちろん、燃料はガソリンである。

このBF9.9を代替するべく開発している今回の電動推進機のプロトタイプの出力は4kWだ。エンジン船外機の7.3kWに対して4kWだとパワー不足なのでは、と考えるが低速でのトルクはモーターの方が大きいので電動4kWでエンジン7.3kWと同等の加速、制動性能が得られるという。
5km/h加速(s)
電動4kW:3.6s
エンジン7.3kW:3.6秒

制動距離(m)
電動4kW:2.7m
エンジン7.3kW:2.7m

電動推進機のプロトタイプ。薄い。後方の視界を良くしたいという思いもあってのデザインだ。
手前に着脱式可搬バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:(MPP e:)」を積む。2個1セットで使う。

4kW電動推進機のプロトタイプのパワーユニットは、電動バイクの「ジャイロ e:」のものを使う。もちろん、制御プログラムは船外機用に専用となっている。

モーターは、ジャイロ e:のスペックで
EF13M型交流同期モーター
最高出力:3.2kW(4.4ps)
最大トルク:13Nm
だ。バッテリーは、ホンダが誇るMPP e:(モバイル・パワーパック e:)を2個使う。48VのMPP e:を直列に2個繋ぐから電圧は96Vとなる。

手前の丸く見える部分がモーター、その左(船尾側)がPCUが収まるスペースだ。
ジャイロe:のモーター
ジャイロe:のシステム配置図
ジャイロe:の作動概要図
ジェイロe:のモーターをこのように配置する。下にドライブシャフトが伸びる。

今回の4kW電動推進機のプロトタイプは、ホンダとトーハツの共同開発で、パワーユニットがホンダ、ギヤケースやロワーユニットなどのフレーム領域はトーハツが担当した。上部に配置されたモーター軸からドライブシャフトを下部に伸ばし、スクリューの手前でベベルギヤを介して方向を変え、プロペラを回転させるというわけだ。

船外機だから制動はプロペラを反転させることで行なう。素早くプロペラを反転させる回生制御(特許出願中)を組み込んでいる。回生制御といっても、エネルギー回生が目的というより早く反転させるための制御だという。

スタイリッシュなデザインの理由は、モーターとPCU(パワーコントロールユニット)を上下でなく並列に並べたことで薄く仕上げられたから。モーターとPCUの収めるケースの下部はアルミ製で、放熱効果が高い。

また、エンジン船外機には必要な吸気機構(防水、防湿が必要)がないため、ステアリングレバーの舵角を大きくとれるので、最小旋回半径は
最小旋回半径(m)
電動4kW:1.1m
エンジン7.3kW:1.8m
となっている。実際に電動4kWの旋回を体験したが、船体中心を軸にその場で旋回しているようだった。

ケース下部はアルミ製。PCUのヒートシンクの役割も果たす。

電動 vs エンジン 試乗してみた

実際に試乗してみた

松江氏はカーボンニュートラル観光をテーマに掲げている。

現在、堀川遊覧船には42艇の遊覧船があり、前述のホンダ製4スト船外機BF9.9を使っている。このうちの1艇(実際には3艇で、1艇はスペア、もう1艇はホンダが耐久試験を実施しているという)に4kW電動推進機のプロトタイプを付けて実証実験を行なう。

1艇が1日で8回遊覧航行をする。これに必要なMPP e:は3セット6個だ。

開発責任者の高橋能大さん

電動推進機プロトタイプ開発責任者の高橋能大さんによると「航行1回ごとにMPP e:を交換してもらうのを推奨しています。1回の航行でMPP e:は容量の40%を使います。ですから、1回目100%→60%、2回目は充電されて80%→40%という感じでバッテリーを使うと、MPP e:は、5~6年は充分な性能を維持できる想定です」とのことだ。

MPP e:が1艇に3セット×2個=6個だとすると
航行1回目:100%→60%(その後充電)
航行2回目:100%→60%(その後充電)
航行3回目:100%→60%(その後充電)
航行4回目:(1回目で使ったバッテリーを充電して)80%→40
航行5回目:(2回目で使ったバッテリーを充電して)80%→40%
航行6回目:(3回目で使ったバッテリーを充電して)80%→40%
航行7回目:(4回目で使ったバッテリーを充電して)60%→20%
航行8回目:(5回目で使ったバッテリーを充電して)60%→20%
1日の営業が終了したら翌日までにすべてのバッテリーが100%になる。
……というようなイメージなのだろう。

こちらが従来のエンジン船外機。
こちらが電動推進機のプロトタイプ

まず乗船したのは、エンジン船外機を使った遊覧船だ。艇後部に船頭さんが座り船外機を操作する。このクラスでは静粛性は高いというが、やはりエンジン音がかなり大きい。遊覧船の乗客に観光案内をするのも船頭さんの重要な役割だが、ここはエンジン音がするためにマイク&スピーカーを使う。操作する船頭さんの腕はエンジンの振動で常時震えている。また、エンジン直近に位置する船頭さんは、「お客さんから声を掛けられても聞こえない」そうだ。

乗客も、船体を通して伝わる振動は、やはり気になる。また風向きによっては、ガソリン(とオイル)の匂いもする。

今度は、4kW電動推進機のプロトタイプを付けた遊覧船に乗り込む。

圧倒的に静かだ。低速航行時(5km/h)の騒音値はエンジン7.3kWに対して-5dB、船体振動は-60%。-5dBと言われてもピンとこないかもしれないが、まったく違う世界だ。

船頭さんは、マイク&スピーカーを使わずに乗客とコミュニケーションがとれるし、乗客は船が水面を滑るように走って行くときの水音が聞こえる。当然、匂いもしない。船体から伝わる振動もないから、疲労度も違う。とくに一日中乗船・操船する船頭さんの披露の低減は4kW電動推進機の最大のメリットになるだろう。

「電動だから無音」かというと、今回の4kW電動推進機のプロトタイプは、エンジンをモーター&PCUに入れ替えた構造を採るため、それ以降のドライブシャフト&ギヤトレーンは変わらない。したがって、ギヤノイズはある。といっても、気にはならないレベルだが。

バッテリーの充電は船頭さんの控え室で行なう。

堀川遊覧船の全艇を電動化した場合、毎年47トンのCO₂削減効果があるという。

まずは、1艇から実証実験をスタートし、1年間でさまざまなデータを収集して開発を進める。課題は、やはりコストだろう。

現状のBF9.9が27万5000円だから、そこまでコストを下げるのは難しい。パワープロダクツ事業統括部マリン事業部商品責任者の伊藤慶太さんによれば、「5年間使用した場合の燃料代、メンテナンス代などトータルで考えてどこまでエンジンにコストを近づけるか、です」とのことだった。

船外機の大市場は、北米と欧州。そこでも電動化が進む。今回松江で体験した電動推進機のメリットは世界共通だ。電動バイク(郵便配達など)にも共通する「ルートが決まっていてプロが操作する」分野は、電動推進機を使うメリットは大きい。ぜひ、今回の実証実験が大きな成果を生んでほしいと思った。

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著者プロフィール

鈴木慎一 近影

鈴木慎一

Motor-Fan.jp 統括編集長神奈川県横須賀市出身 早稲田大学法学部卒業後、出版社に入社。…