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WRCにおけるグループAといえばスバル・インプレッサWRXや三菱ランサーエボリューションシリーズが、WRCを戦うためにエボリューションモデルを毎年のようにリリースして鎬を削ったことからベース車両の台数も多く、コリン・マクレーやトミ・マキネンら名ドライバーの活躍と相まって今なお根強い人気を誇り、愛車をレプリカするオーナーも多い。
しかし、「インプ」「ランエボ」以前のグループのAの主役は1987年からグループA「デルタ」シリーズを投入してWRCを席巻したランチアであり、そのランチアの牙城に挑みチャンピオンを手に入れたトヨタ・セリカだった。
それだけにWRCにおいてランチアとデルタは日本車に立ちはだかった巨大な壁であり、その強さは圧倒的だった。その存在感をより高めたのが、グループB時代(加えて言えばそれ以前のサーキットレースにおけるグループ5)から続く「マルティニ」カラーによるところが大きい。
特にWRCがグループAとなってから使用された「デルタ」シリーズは、1987年から1992年までWRCのマニュファクチャラータイトル6連覇を達成したことで、日本車のライバルとして特に印象付けられたことから日本にも多くのファンがいる。加えて量産車であることが義務付けられるグループAで、しかも生産期間が長い車種だけに多くのオーナーの手に渡っている。そして、そんなデルタオーナーの中には愛車をこの栄光のマルティニカラーにする人も少なくない。
レアカラー「赤マルティニ」レプリカを再現する
今回取材したオーナー、氷室豊さんもそんなデルタ乗りのひとり。レースゲーム「セガラリーチャンピオンシップ」にハマり、当時乗っていた“流面形”セリカ(ST162)から、1991年式のランチア・デルタインテグラーレ16Vに乗り換えたのが1999年のこと。
自分で整備もする氷室さんだが、長年手を入れてきた愛車もメンテナンスがひと段落。次なるステップとして、かねてよりの夢であった「レプリカ化」を実現することに決めた。もちろん、デルタのレプリカといえばマルティニで決まり! セガラリーチャンピオンシップはもちろん、その元ネタであるWRCにおけるランチアワークスのカラーだ。
氷室さんのデルタはインテグラーレ16V。デルタHF4WD (1987)、デルタインテグラーレ(1988)、デルタインテグラーレ16V(1989)、デルタHFインテグラーレ(エヴォルツィオーネ/1992)と続くシリーズの第三世代にあたり、WRCでも最も活躍したモデルでもある。
ちなみに、このマルティニカラー。ひと口にマルティニと言っても、年やモデルによってストライプのパターンが異なっており、デルタをレプリカ化するにあたってオーナーのこだわりポイントになってくるのだ。
氷室さんもこの点にはこだわっており、愛車のカラーが赤であることとインテグラーレ16Vであることから、1989年のWRC第11戦ラリーサンレモのウィナーカーをセレクトした。
1989年のラリーサンレモに投入されたデルタのマルティニカラーは通称“赤マルティニ”と呼ばれ、WRCの実戦ではこの1戦のみで使用されたレアカラー。それだけにデルタファンの中でも特別視されているカラーでもある。
ラリーレプリカに強いプロショップ「Prototype」
氷室さんが「赤マルティニ化」を依頼したのが埼玉県春日部市にあるプロショップ「Prototype(以下、プロトタイプ)」。カラーリングやオリジナルパーツ製作、競技車両製作、カスタム、メンテナンス、一般整備と幅広く対応するが、そのカラーリングやレプリカ化の技術は特に支持されており、これまで多くのレプリカモデルの製作を引き受けてきた実績がある。
Prototype 所在地:埼玉県春日部市梅田本町2-37-5 営業時間:11:00~19:00 定休日:毎週水曜日、第一・三木曜日 電話/FAX:048-753-1240 http://www1.odn.ne.jp/prototype/
プロトタイプではすでにデルタのマルティニカラーレプリカを手がけた経験があり、その点も氷室さんが同店を選んだ理由でもある。特にストライプパターンこそ異なるものの、赤マルティニの製作実績もあるという(同社サイト参照)。
■打ち合わせ
事前にレプリカ化の内容や費用についてはプロトタイプと氷室さんの間である程度は進められており、入庫日にあたためて実車を前に打ち合わせが行われた。
特に色味の確認と細かいボディパーツの処理について確認が行われた。色味については赤色がボディカラーと調和するか、ストライプカラーの再現度、何より氷室さんがこだわったのがマルティニロゴのゴールドの縁取りである。
氷室さん曰く、デルタをマルティニカラーにレプリカしているケースはままあるが、このゴールドが黄土色っぽいカラーになっているケースが多いというが、より本物に近い輝く金色の再現を強く希望していた。
■実作業〜マルティニストライプ
打ち合わせ当日から、施工可能なパートから作業に入るが、主にストライプからスタート。サンプルとなる画像を側に置いて慎重に位置を決めつつ張り込んでいく。
ちなみに使用するカッティングシートは3M製で、やはりレプリカ用として使い勝手はもちろん、発色や耐久性、耐候性を考えるとこれが一番だという。
赤マルティニの難しいところは、ストライプが直線的なデザインの割に、その直線がボディのプレスラインや凹凸で綺麗に繋がっていないところ。そのため、カッティングシートも細かく分割しており、手間もかかるし再現も難易度が高くなっている。また、図面や資料写真では凹凸がはっきりとわからないので、現物合わせで作業を進めるケースもある。
また、ドアやボンネットといったボディパネルの分割ラインでは、その分割ラインの内側までカッティングシートを織り込んで貼り付け、仕上がりの美しさはもちろんのこと、剥がれにくさにも留意して施工している。
■実作業〜スポンサーロゴ
氷室さんが特にこだわったゴールド縁取りのマルティニロゴはゴールドのシートにマルティニロゴを重ねる形で作成し、それをボディに貼り付けるという手順。
マルティニロゴはメインスポンサーだけに両サイド、ボンネット、ルーフに大きく入るほか、リヤゲートにはそのサイズ違いが2箇所、別パターンのロゴがさらに2箇所ある。もちろんマルティニだけでなく、ランチアのロゴや各テクニカルスポンサー、ラリーサンレモのゼッケン、左右フェンダー上のクルーネーム(ドライバー/ナビゲーターと各血液型)などを実車を再現する形で貼り付けていく。
そしてついに、氷室さんのインテグラーレ16V“赤マルティニ”レプリカは完成した!
ついに完成! インテグラーレ16V「赤マルティニ」レプリカ!
約1ヶ月弱の入庫期間でインテグラーレ16Vのレプリカ化は完成した。その再現度は極めて高く、こだわりポイントだけでなく細かいところまで作り込まれており、氷室さんも大満足の仕上がりとなった。
もちろん、ルーフベンチレーターやマッドフラップなど実際のワークスカーと異なる部分はあるが、カラーリングはもうワークスカーとほとんど同じと言って過言ではない。なお、フロントウインドウへのステッカー等の添付は違法になるため、フロントウインドウ上端の通称“ハチマキ”は施されていない。
お披露目ツーリングにはホモロゲーションモデルが集合
早速、仲間を集めお披露目ツーリング開いた。このツーリング、氷室さんの赤マルティニを筆頭に、限定デルタ「ジアラ」のマルティニレプリカや、プロトタイプスタッフのランサーエボリューションIV、GRヤリスにメルセデスベンツ190E2.5-16というなかなかマニアックな集まりとなった。
氷室さんがこの赤マルティニレプリカに乗っていると、都心では外国人観光客から称賛のハンドサインをも向けられたり、買い物に行ったスーパーの駐車場で奥様が右側の席に乗り込むことに驚かれたり(デルタは当然左ハンドル)、撮影の許可を求められたりと、明らかに目立ち度がアップしていることを実感しているという。
「もう目立つことはできませんね」とは他ならぬ氷室さんの言葉だ。
今は仲間内でのツーリングを楽しんでいるが、これをきっかけに、グループAホモロゲーション車両のオーナーやレプリカマシンのオーナーと交流を深めていきたいとのこと。プロトタイプの店長も協力して、アットホームなミニイベントなどもできればと考えているとか。
1990年代の市販車ベースのモータースポーツを席巻したグループAカテゴリーだが、市販車ベースで多くの人の手に渡ったホモロゲーションモデルもすでに30年以上が経過してその数は着実に減りつつある。
純正部品の枯渇から維持管理の難易度も上がり、一方で、近年のネオクラシックブームで残る個体も価格が高騰。以前に比べてそのハードルは高くなっているだけに、こうした楽しみ方ができるのは貴重なことと言えるだろう。
逆に、当時モノの車両に拘らず、今あるクルマを往時のレプリカにしてみるのも面白いかもしれない。プロトタイプはそういった方向でのレプリカ化にも対応できるし、その経験も技術も備えている。愛車を憧れのマシンのレプリカにしてみるのはいかがだろうか?