モリゾウの想いが込められた進化版GRヤリス発表 パワーアップ&8速ATモデルを追加 新旧モデル比較

TOYOTA GAZOO Racing(TGR)は1月12日、『東京オートサロン2024』で「進化したGRヤリス」を発表した。ポイントは3つ。1.エンジンの出力/トルク向上に加えボディ剛性の向上などにより車両性能を総合的に向上、2.新開発8速ATを追加設定、3.視認性と操作性を磨き上げた専用コックピットの採用である。進化版GRヤリスは全国のトヨタ車両販売店を通じ、2024年春頃の発売を予定している。
TEXT & PHOTO:世良耕太(SERA Kota)PHOTO:TOYOTA GAZOO Racing

新開発8速AT=GR-DAT

左が現行型、右が新型GRヤリス
新型GRヤリス 全長×全幅×全高:3995mm×1805mm×1455mm ホイールベース:2560mm
現行GRヤリス ボディサイズは同じ

GRヤリスは「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を合言葉に開発された、TGRのクルマづくりを象徴するモデルだ。2020年1月の『東京オートサロン2020』で世界初公開され、同年9月に発売。発売して終わりとせず、スーパー耐久シリーズや全日本ラリー選手権に参戦し、極限の環境で鍛え続けてきた。その成果を2024年1月の断面で反映したのが、進化したGRヤリスである。

新型GRヤリス
現行GRヤリス
新型GRヤリス
現行GRヤリス

GR車両開発部 チーフエンジニアの齋藤尚彦氏はGRヤリスの開発について、次のように説明する。

「GRヤリスは2020年8月にラインオフしました。その日にモリゾウこと豊田章男会長(当時社長)が私にこう言いました。『これがスタートだよ。ゴールじゃないぞ』と。私たちエンジニア、メカニックがある意味ゴールした気持ちになっていたところを引き締めてくれました。そこからスーパー耐久や全日本ラリー等で鍛え、壊し、直してという作業をプロドライバーやマスタードライバー・モリゾウが行なった結果が、進化したGRヤリスです」

商品力面での最大のハイライトは、8速ATのGR-DATを追加設定したことだ。「より多くの方に走る楽しさを提供し、モータースポーツの裾野を広げたい」とするモリゾウ氏の想いを具現化した格好。G16E-GTS型1.6L直列3気筒ターボエンジンと四輪駆動の組み合わせを楽しみつくす狙いで開発された。AT限定免許のドライバーや左足が不自由なドライバーに対してGRヤリス選択の裾野を拡大する“進化”である。

新開発8速AT(GR-DAT)

GRヤリスのATなので、ただ変速を自動化しただけではない。GAZOO Racing Direct Automatic Transmissionの略称であるGR-DATは、「レースでMTと同等に戦えるAT」を目指して開発が行なわれた。減速Gや車速だけでなく、ブレーキの踏み方や抜き方、アクセル操作などを細かく感知し、車両の挙動変化が起こる前に変速が必要な場面を先読みすることで、Dレンジで「ドライバーの意思を汲み取るギヤ選択」を実現したという(SPORTモード選択時)。

いっぽう、パドルシフトやシフトレバーを用いて手動操作するMモードでは、DCTと遜色ない世界トップレベルの変速スピードを実現した。制御ソフトウェアの改良に加え、遊星歯車機構の固定/解放を制御するリニアソレノイドバルブを高応答タイプにし、歯車を固定するのに用いるクラッチ/ブレーキに高耐熱湿式摩擦材を採用するなど、ハードウェアの改良も行なっている。

8速ATを適用する場合はレシオカバレッジ(変速比幅)を大きくして発進加速と高速巡航時の低回転化による燃費の両立を図るのが一般的だが、GR-DATの場合は6MTに比べて2段多い段数を生かし、クロスレシオとしてG16E-GTSのパワーバンドを生かした走りが実現できるようにしている。8速ATのGR-DATは、モリゾウ氏が「ゲームチェンジャー」と期待を寄せる設定だ。

新旧比較

新型インテリア

新型GRヤリス(GR-DAT=8AT仕様)
現行型GRヤリス

新旧を対比させてみれば一目瞭然で、コックピットは大きく進化した。「(GRヤリスがベースの)レーシングカーは本当に、究極のドライバーファーストで作っている」と齋藤チーフエンジニアは説明する。スーパー耐久シリーズでは、参戦ドライバーの要求に応じてコックピットの改良を繰り返し、操作しやすさと視認しやすさを追求している。その成果を進化したGRヤリスに反映した。

ドライビングポジションは25mm下がっている(助手席側も下がっている)。これは、シートレールの取り付け位置を25mm低くすることで実現した。着座位置が変わるため衝突試験を新たに行なわなければならず少なくないコストがかかることになるが、ドライバーファーストを優先した格好。プロドライバーだけでなく、一般ユーザーからの改善要望が大きかった指摘だったという。

新型GRヤリス
新型GRヤリス
現行型のフロントシート取り付け部
新型の取り付け部。低くなっているのがわかる。

ドライビングポジションが下がったのに合わせ、ステアリング位置も修正。視界の妨げになっているとの指摘を受け、上に突き出していたセンターディスプレイを下げた。センタークラスターの上端位置は50mm下がっているという。合わせてインナーミラーの取り付け位置を後退させることにより、前方視界を改善している。

ディスプレイと各種操作スイッチ類が並ぶセンタークラスターは、ドライバー側に15度傾けた。視認性の向上につながる変更だが、操作性への影響も大きい。左腕を伸ばした際の肩から指先までのリーチの基準である720mm以内にすべてのスイッチ類を収めようとした結果、15度傾けることになったというわけだ。

細かなところでは、変速時の回転合わせを行なってくれるiMT(MT車のみの設定)や横滑り防止機能のVSCのスイッチをシフトレバーの後方から前方に移設した。これは、「バケットシートに交換すると操作しにくい」という市場からの声を反映したものだ。

運転席側にあるパワーウインドウのスイッチの位置も変わっている。進化前は水平に配置されていたが、進化型では手前側に傾いている。ドライビングポジションが25mm変われば、スイッチとの位置関係も変わる。4点式シートベルトでガッチリ体を固定した状態でも無理なく操作できるよう試作を繰り返したそうだ。

新型GRヤリスの助手席ダッシュボードのトレイは大きくなっている。

進化したGRヤリスでは助手席ダッシュボードのトレイが大きくなっている。ラリー競技では情報を表示するためにここにスマホを置いたり、追加のメーターを置いたりする事例が見られたが、進化前のトレイでは高さが充分にとれていなかった。そこで進化型では市販の追加メーターが収まるサイズを確保。USBのソケット(Cタイプ)も設置され、電源確保の面倒がなくなっている。

開発用のテストカー

クローズドの環境で行なわれた事前撮影&試乗会の会場には開発に用いた試験車が展示されていた。その展示車には変更箇所に番号が振ってあったが、内外合わせてゆうに30を超えていた。取材時間の関係でごく一部についての説明しか聞くことはできなかったが、ひとつひとつに「いいクルマ」にするためのストーリー(改良するに至った背景)があることが確認できた。進化点の数の多さが、開発陣の熱量の大きさを物語っている。

エクステリア

新型GRヤリスのフロント部分

エクステリアもコックピットと同様にデザインが変更されている。フロントバンパーのロワサイドは、ラリーなどの競技参加時に損傷した際の復元・交換作業を容易にするため3分割構造に変更された。

また、インタークーラーの前にあるメッシュは樹脂からスチール製に変更。樹脂の場合はサーキット走行でタイヤかす、ラリーでは石が当たると破損してしまう事例があったという。破損してメッシュがなくなったところに再度飛来物が当たると、奥にあるインタークーラーの破損につながって大事になる。メッシュを金属にすれば変形してもインタークーラーの破損に至る可能性は減らすことができる。そう考え、スチールメッシュグリルに変更した。

新型GRヤリス(8AT仕様)のフロント
8速AT車の左側には水冷のATFクーラーが搭載される
右側にはサブラジエーターが。
メッシュはスチール製に変更

進化前のバンパーサイド部にはフォグランプが収まっているが、進化型は熱交換器用のダクトとした。メーカーオプションのクーリングパッケージを選択すると、右側にはサブラジエーターを配置。GR-DAT車は左側に水冷のATFクーラーが搭載される。バンパー左側に熱交換器があればGR-DAT車、なければ(フタでふさがっていれば)6MT車との識別が可能だ。

リヤは、バンパー下部にあったバックランプがウインドウ下のガーニッシュ部に移設された。ラリー競技の際に石はねなどで破損する事例があり、その対応である。合わせてバンパーロアは金属メッシュにし、空気の抜けを良くした。

左が前型、右が新型

リヤスポイラーに内蔵していたハイマウントストップランプをバックランプの間に移動させたのは、リヤスポイラーを交換するユーザーを考えてのこと。リヤスポイラーを開発するサードパーティーにとっても面倒ごとが減り、追い風となる変更だ。リヤランプは左右をつなげて一文字とし、ひと目でGRヤリスと識別できるようにした。

エンジン&シャシー

エンジン形式:直列3気筒DOHCターボ エンジン型式:G16E-GTS 排気量:1618cc ボア×ストローク:87.5mm×89.7mm 圧縮比:ー 最高出力:304ps(224kW)/6500rpm 最大トルク:400Nm/3250-4600rpm 過給機:ターボチャージャー 燃料供給:DI+PFI 使用燃料:プレミアム
新型はパワーで32ps、トルクで30Nm、前型より出力アップを果たした。GRカローラと同仕様のエンジンと思えばいいだろう。

エンジンは最高出力を200kW(272ps)から224kW(304ps)へ向上。6500rpmの最高出力発生回転数に変更はない。最大トルクは370Nm/3000-4600rpmから400Nm/3250-4600rpmに向上させている。2022年に発表したGRカローラと同じスペックであり、その技術をスライドさせた格好。高い過給圧に対応できるようピストンの材質を変更するなどしている。

新型のボディはスポット溶接打点数を約13%増加、構造用接着剤の塗布部位を約24%拡大した。

シャシー/ボディでは、スポット溶接打点数を約13%増加したのに加え、構造用接着材の塗布部位を約24%拡大することでボディ剛性を高めた。また、フロントショックアブソーバー(ダンパー)のボディとの締結を従来のボルト1本から3本に変更している。これは、高い荷重が掛かるような走行をした際に「アライメントが微妙にずれる」という声に対応したものだ。ボディ剛性の向上と合わせ、操縦性の向上に効く変更である。

進化したGRヤリスには「もっといいクルマ」にするためのストーリーがたくさん隠れている。「次はどんな展開が待っている?」とワクワクする物語はまだ途中で、終わる気配を見せていない。

新型GRヤリス RZ"High Performance"
全長×全幅×全高:3995mm×1805mm×1455mm
ホイールベース:2560mm
車重:1280kg(8速ATモデルは1300kg)
サスペンション:Fストラット式/Rダブルウィッシュボーン式
エンジン形式:直列3気筒DOHCターボ
エンジン型式:G16E-GTS
排気量:1618cc
ボア×ストローク:87.5mm×89.7mm
圧縮比:ー
最高出力:304ps(224kW)/6500rpm
最大トルク:400Nm/3250-4600rpm
過給機:ターボチャージャー
燃料供給:DI+PFI
使用燃料:プレミアム
燃料タンク容量:50ℓ
トランスミッション:6速MT/8速AT(GR-DAT)
駆動方式:AWD
WLTCモード燃費:-
 市街地モード-
 郊外モード-
 高速道路モード-

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…