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自動車はどうやって生き残るか。その答えのひとつがBEVである。
何の電動駆動機構も持たない純粋なICE(内燃エンジン)車の販売を法律で禁止した国・地域はまだどこにもない。規制案あるいは審議中の段階であり、大方は小池東京都知事のように「私はそうしたい」と個人的な意見を述べているに過ぎない。ただし、長の指示があれば行政機関が動く。アメリカのカリフォルニア州でニューサム知事がCARB(カリフォルニア州大気資源局)に対し具体的な規制案づくりを行なうように指示したように、自治体レベルでは動きが早い。ドイツの一部都市がディーゼル車乗り入れ規制を敷いたように、割と簡単に規制を作ることができる。しかし、国として純ICE車を販売禁止にするとなると、議会での審議と採決だけでなくWTO(世界貿易機関)との調整も必要になる。
しかし、BEVは確実に増えている。人為的CO2が地球温暖化をもたらしていることは「疑う余地がない」とIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が宣言し、世界中で気候変動へのアクションを強化すべきだとの声がさらに大きくなった。過去に何度かウソをついたIPCCを筆者は疑っている(所詮は官僚組織であり、データ改ざんが日本の財務省のように行なわれていることを欧州での取材で筆者は知らされた)が、カーボン・ニュートラル(炭素均衡)への動きが巨大なビジネスになるという認識から、いままでメジャー扱いではなかった産業分野の下克上がものすごい勢いで始まっている。その勢力に「もうお前らの時代ではない」と言われているのが自動車産業である。
では、自動車はどうやって生き残るか。その答えのひとつがBEVである。
COVID-19蔓延により、一時期は「ウェブで買えるテスラ」がもてはやされた。富裕層が外出しなくなると、ネットで高価な買い物をするためだ。しかし、実用的なBEVとして売れているのはもっと安価なモデルだ。
ACEA(欧州自動車工業会)のデータによると、今年2021年1〜9月の欧州市場(EU+イギリス+EFTA)でBEVは前年比91.4%増の80万1025台が売れた。ドイツは23.7万台で前年比約2.4倍、フランスは同50%増の10.7万台、イタリアは同約2.7倍の4.7万台、スウェーデンも同2.3倍の3.7万台……である。ただし、
2020年実績では、欧州でもっとも売れたBEVはルノー「Zoe(ゾエ)」だった。9万9613台、前年比2倍以上も売れた。2位はテスラ「モデル3」だが、これは前年比7.9%減の8万7642台。3位はVW(フォルクスワーゲン)の新型車「ID.3」で5万6937台、4位はヒョンデ(現代)「Kona EV」で4万8537台、前年比約2倍、5位はアウディ「e-tron(イートロン)」で、これはシリーズ全体で3万5463台、前年比92%増、6位はVW「e-Golf」で3万3659台、同17%増だった。
欧州でBEVが売れている国は、国民ひとり当たりGDPが高い国、つまり平均所得の高い国だ。ノルウェー、デンマーク、スウェーデンはその筆頭。続いてBEVインセンティブ(特典)の多い国。補助金交付や取得税減免は当然で、デンマークはバカ高い取得税を大幅減税した効果で売れた。ノルウェーには高速道路とフェリーの無料化、バスレーン走行可といったインセンティブもある。
去る9月はテスラ「モデル3」が車名別販売台数で首位に立った。「あのゴルフが抜かれた!」とメディアは騒いだが、その要因のひとつが半導体不足であり、もうひとつは上海工場製「モデル3」の存在だ。リン酸鉄系のLiB(リチウムイオン電池)を搭載したモデルが上海から出荷されはじめてからテスラは販売台数を伸ばした。
ちなみに昨年までのテスラはCO2クレジットを中国、アメリカ、欧州でほかの自動車メーカーに販売することで大きな利益を挙げていた。中国では全土でNEV規制が敷かれ、アメリカではカリフォルニア州のZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制に賛同する12州が規制を敷き、EUはCO2規制を強化している。それぞれの地域で規制未達成自動車メーカーがテスラからCO2クレジットを買っている。
その売り上げはテスラが決算報告の中に示しており、2012年には4100万ドル(約46億円)だったクレジット売り上げは、中国がNEV規制の罰則実施を開始した2018年には4億1900万ドル(約469億円)と10倍に跳ね上がった。昨年は10億ドル(約1120億円)を超えた。本業の自動車販売ではなくCO2クレジット販売で得る利益がテスラの業績と株価を大きく支配している。今後、ライバル他社がBEVラインアップを拡充しBEV販売台数を増やすと、このテスラのドル箱はなくなる。意外とこの事実は世の中に伝わっていない。
BEVの仕様はどう決めるのか。
さて、BEVの仕様はどう決めるのか。
自動車の開発は「どの市場に」「どのようなクルマを」「どれくらいの値段で」「モデルライフの中で何台を販売し」「原価率はどれくらいで」「何年間にどれくらいの利益を挙げるか」といった要素で決まる。当然、競合モデルのデータが引き合いに出される。
たとえば「CセグメントのSUVで年間10万台販売する」となると、実現可能な販売価格と、それに対する一般的な利益率から原価率が計算され、想定販売台数での「このモデルが稼いでくれそうな利益」がわかる。値段は「ライバル他車並み」にするか、安めにするか。高めにするとしたら何を売りにするか。高めに売れると利益率はどうなるか。こうした検討はかなり細かく行なわれる。
BEVの場合は、どうしてもバッテリーが高価であり、バッテリーコストを車両コスト全体の何パーセントに抑えるかが大きなポイントだ。これはそのまま「航続距離をどれくらいにするか」を左右する。バッテリー搭載量を削れば航続距離が短くなる。極材を三元系(ニッケル/マンガン/コバルト)からリン酸鉄系に換えれば単価は安くなるが、航続距離も縮む。
同様に、車両重量も航続距離に影響を与える。バッテリーを大量に積めば航続距離は伸びるが、車両重量が増えるため、バッテリー容量を2倍にしたら単純に航続距離も2倍になるかというと、そうではない。
お客さんはどれくらいの距離を走りたいのか。たとえばCセグメントのハッチバック系なら一充電で200kmあれば満足してもらえるのか。それとも300km必要か。300kmを走らせるとなるとバッテリー重量はどれくらいになり、コストはどうなるのか。
当然、電動モーターの仕様も航続距離に影響を与える。バッテリー搭載量の不足を電動モーターの仕様と制御ロジックでどれくらい補えるか。減速時回生による電力リカバーはどれくらい可能か。エネルギー回生を行なうには後輪駆動ではだめなのか。後輪駆動にすれば前方衝突の要件がやや緩くなり、そのぶん車体重量を軽くできるが、その効果はエネルギー回生のしにくさで帳消しになってしまうのか。
まだある。空力特性だ。車両の前面投影面積が小さいほうが空気抵抗は減るが、居住性確保のためにはそう小さくできない。前面投影面積をどれくらいに設定し、ボディの空力処理でどこまで補えるか。
こうした検討を重ね、BEVの仕様は決まる。次のテーマは「どう作るか」だ。製造コストはできるだけ抑えたい。販売台数はそう多くは期待できないから、ICE車と同じ生産ラインで作りたい……。
ここまでが序章。ここから先はMFiの特集をお読みいただきたい。
モーターファン・イラストレーテッドVol.182「EVの作り方」