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現行モデルのオーナーである樹崎聖、初代アルピーヌA110に遭遇
プジョーユーザーの駆け込み寺として知られる『原工房』のブースで、社長の原誠二さんにお茶をごちそうになった筆者と樹崎さんは再び会場を散策する。すると、原工房からすぐ近く、『ジロン自動車』のブースで初代アルピーヌA110を発見した。ジロン自動車は大阪に拠点を構える輸入車の老舗ディーラーで、フィアットやアバルト、ロータス、モーガンなどの新車販売のほか、厳選したヘリテージカーの販売も行っている。
「いやー、車体サイズがコンパクトですね。ボクの現行型A110Sと比べるとまるで軽自動車です。モータースポーツを前提にしたマシンとは言え、コクピットなんか大柄の外国人が本当に乗れるのかというほどの狭さです。逆に言えば、この60年の間にいかに自動車が肥大化したかということの現れとも言えますけど……」
A110を前にしてそう語る樹崎さん。
たしかに昔に比べて自動車はかなり大きくなった。先ほど訪れた原工房の近くにVWゴルフ生誕50周年記念展として初代、二代目、四代目、七代目、現行型となる八代目の5台のゴルフが並べられているのを見たが、近年の車体サイズの大型化は著しく、まさに恐竜的な進化と言えるほど。安全基準の引き上げなど自動車に求められる要件が増えたことによるサイズアップとされているが、欧州(とくにトルコや東欧からの移民)や中国のユーザーが「せっかく新車を買うなら大きく立派に見える方が良い」とする市場からの要望も背景にはあるようだ。
現行型ゴルフはすでに初代パサートのサイズを遥かに凌駕している。この半世紀ほどでクルマは大型化したが、それに合わせて道幅が拡大されたわけではない。小型のブレッド&バターカーがここまで大きくなると使い勝手が悪くなる気もするのだが……。
「とは言え、昔のA110のサイズだとさすがに普段遣いはしんどいでしょうね。今となっては現行型のA110はコンパクトなサイズと言えますし、スポーティでありながら快適性を損なわない必要最低限の車内空間を確保しているので不満はないですね。逆に昔のサイズのまま復活していたとしたら、たぶん買わなかったと思います」
マニアが気にする駆動方式の変更を樹崎さんは気にならなかったのだろうか?
「それは全然こだわらなかったです。昔の車名を復活させて、よく似たスタイリングを与えたスポーツカーを作る方が、新規にブランドを立ち上げるよりもビジネス上有利になるという経営上の判断だったのでしょう。だから、自分としてはオリジナルには敬意を払いますが、両車はまったくの別物と考えています。1台のスポーツカーとしてよくできると思ったから現行型を愛車に選んだだけでそれ以上でもそれ以下でもありません。だから、現行型のリヤエンドのスタイリング……初代のエアインテークがあった場所にあるディンプルがボクは気に入らないんですよ。機能に関係ない意匠ですからね」
じゃあ、もう1台趣味車を増車するとしても昔のA110は買わないのかと聞くと「たぶん買いません。だって今の愛車は趣味車兼アシですから」ときっぱり。樹崎さんらしい潔い返答である。
ロータリースポーツをフューチャーしたマツダブースで「RX500」に興味津々
その後、筆者と樹崎さんは国産旧車を展示していたヴィンテージ宮田、マセラティ、三菱自工と会場外周を回ってマツダブースにやってきた。今回のマツダは「ロータリースポーツカーコンセプトの歴史と未来」をテーマに、1967年に発表されたRX500、1999年に発表されたRX-EVOLV、昨年発表されたMAZDA ICONIC SPの3台のコンセプトカーを展示していた。その中で樹崎さんが反応したのがRX500だった。
「これカッコイイですけど、こんなクルマ、マツダにありましたっけ?」というので東京モーターショーに出品されたコンセプトカーであることを説明する。樹崎さんは初めてこのクルマを見たようで、「当時としては斬新なスタイルもさることながら、軽量・低重心・コンパクトなロータリーエンジンはミドシップとの相性が良さそうですね。市販化しなかったのは残念です」
じつはRX500以外にもロータリーエンジンをミドに搭載するスポーツカーの企画はあったようで、故・徳大寺有恒さんの著書によると、1970年代にロータスとのコラボでヨーロッパに12A型エンジンを積む計画もあったそうだが、こちらはロータリーエンジンのパテントを持つNSUの反対により実現しなかった。
しかし、のちになってRE雨宮が3ローターの20B型エンジンをヨーロッパに搭載した「雨宮スーパーヨーロッパ」を製作し、REの心臓を持つロータス・ヨーロッパの夢は現実のものとなった。今持ってマツダは市販車を発売してはいないが、ロータリーエンジン+ミドシップの組み合わせはスポーツカー好きなら誰しもがそのポテンシャルに胸の高まりを禁じえない。
1990年代にはレシプロエンジンの技術も進化し、日産のSR20型のようにロータリーエンジンよりも軽量なエンジンも登場しているが、それでも低重心・コンパクトというアドバンテージがREにはあるのだから。
昨年はMX-30 e-SKYACTIV R-EVの登場で焼く10年ぶりにREが復活し、ジャパンモビリティショーに出品されたMAZDA ICONIC SPによって市販ロータリースポーツが久しぶりに登場する可能性がアナウンスされた。将来のロータリースポーツがどのようなカタチになるのかはわからないが、いつの日かRX500のDNAを引き継ぐ市販ミドシップスポーツカーを見てみたい。
没後30年を迎えたアイルトン・セナ展と
NB型ロードスターベースのスペシャルモデル
続いてトヨタ、日産とブースを回る。トヨタはAE86やJZA80スープラのパーツ再販がアナウンスされており、国産メーカーも旧車向けのサービスに前向きになったことを喜ばしく感じた。
日産はS13シルビアやP10プリメーラ、フィガロなどを展示していた。これらの車両は座間のヘリテージコレクションからの出展だろう。自社の歴史的車両の保存という点では、日産は日本メーカーでも一二を争う熱心さと言えるだろう。
続いて、新車と見間違えるほどのコンディションのアルファスッド・スプリント・ヴェローチェとランボルギーニ・カウンタックLP400Sを展示するガレージ伊太利亜のブースの脇を抜けて、主催者展示のアイルトン・セナ展を見るため会場中心へと歩みを進める。
セナがイモラの事故で亡くなってから早30年。今回のオートカウンシルでは、セナが駆ったマクラーレン・ホンダMP4/5B、MP4/6、JPSロータス97Tルノー、ホンダNSXタイプRプロトタイプが展示されていた。筆者も樹崎さんも1980~90年代にフジテレビのF1中継を見て熱狂した世代なので、これらの展示は懐かしい気持ちにさせられた。
駆け足だがこれでひと通り会場を見て回ったことになる。あと見ていないのはミニカーやカーグッズなどの物販ブースだけだ。何か掘り出しものでもないかと店舗が立ち並ぶエリアに向かおうとしたところ、アイルトン・セナ展からそう遠くない場所に1台の見慣れないスポーツカーが展示されているのに筆者は気がついた。
樹崎さんに「アレは何でしょうね?」と尋ねたところ彼は「アストンマーチンっぽくも見えますが、サイズがひと回り小さいし、ディティールもまったく違いますね。ボクにも正体がわかりません」との返答。「ちょっと行ってみましょうか?」と樹崎さんを誘って近づいて行くと、どことなく見覚えのあるフロントスクリーンやドア周りはどことなく見覚えがあることに気がついた。
「わかった! NB型ロードスターのカスタムカーだ!」。マシンの近くにいたスタッフに詳しく話を聞くと、このブースは神奈川県厚木市に店を構えるTAILORで、展示されている車両はロードスターをベースにしたNAOMI(ナオミ)とのこと。車名の由来はデザイナーの奥様の名前から命名したそうだ。
大ヒット作のNA型の影に隠れてNB型はいまいち人気薄だが、前モデルのネガを潰した正当進化モデルだけあって走りはグッと良くなっているし、抑揚のあるボディラインはなかなか美しいクルマだった。ただ、残念なことにナンバーの台座や大きめのドアミラー、使い勝手を重視したドアハンドル、ゴテゴテしたエンブレムなどのディティールの処理がイマイチで、そうしたことが評価を押し下げたきらいがある。
そんなNB型を少しお化粧直しすれば、かようにカッコイイマシンに生まれ変わるということなのだろう。クーペモデルに仕立て直したことでNAOMIの販売価格は800万円となっていた。しかし、ブーススタッフに話を聞いたところ、オープンモデルなら制作費用は車両別で300万円くらいからとなるそうだ。
「ベースとなったNB型は歴代ロードスターの中でも屈指の完成度を誇るマシンですし、ロードスターは古いモデルでもパーツの入手性も良く、構造的にも難しいところがないので旧車ほど維持に手間はかからんでしょう。クーペはともかくオープンモデルなら比較的リーズナブルな価格で、ハンドメイドの美しいマシンが手に入れられるわけですからね。これはこれでアリですね」との筆者の言葉に、樹崎さんは「でも、NB型は完成度が上がったことで比べると面白みが減っちゃいましたよね。たしかにNAOMIのスタイリングは魅力的ですけど、やはりロードスターはボクも所有していたNA型が欲しくなります」と異論を唱える。同じロードスターのファンでもこの点だけは意見の一致を見ることはなかった。
日本の資産家はヒストリックカーを買って人生をより豊かなものに!
そして自動車文化を盛り立てるべし!!
物販エリアに向かう前に休憩がてらお茶でも飲もうと会場の端にあるキッチンカーエリアに歩みを進めていると、樹崎さんが何かに気がついたように声をかけてきた。
「あっ、このジュリアクーペ、さっき通ったときは金額が表示されてたのに、今はSold Outになっていますよ。こっちのポルシェも売れちゃったみたいです」
オートモビルカウンシルには全国の有名ショップが指折りのミントコンディションの車両を出展しているが、展示プレートにプライトが掲げられていることからも分かる通り、その多くが会場での商談が可能になっている。しかも、数百万円~数千万円のマシンがほかのブースを見て回って再び前を通りかかるとSold Outとなっているのだ。
円安や原材料高により物価が高騰する一方で庶民の収入はまるで増えず、経済はスタグフレーション状態……長期低迷を続ける日本経済はますますもって悪化の可能性も懸念されている。そんな世相にあってオートカウンシルの会場は不況知らずの様相で、高価な旧車が飛ぶように売れて行く。
「あるところにはあるもんだねぇ~」と溜息混じりに漏らすと、樹崎さんは「投機マネーの流入で旧車の相場が上がったことは困りものですが、金持ちが趣味としてヘリテージカーを買うの良いことですよ。さらに言えば、手に入れた旧車を良い環境で大切に維持し、定期的にカーショーやイベントなどに参加してファンを楽しませることは立派な文化貢献です。日本の金持ちって銭儲けが目的になっている人が多いじゃないですか。本来は暮らしを充実させ、人生を楽しむためにカネが必要なのに手段と目的を取り違えている。そういう人の多くが、本来は趣味であるはずのクルマにも経済利得性を持ち込み、リセールの良し悪しや節税を重視して新車のアル/ヴェルや4年落ちのメルセデス・ベンツ(普通車は6年で税法上は減価償却となるので4年落ちの中古高級車がもっとも節税効果が高い)なんかを買っちゃうわけです。アル/ヴェルやメルセデスが本当に欲しいのならともかく、せっかく相応の財力を得たのならクルマくらい好きなものを買えば良いのにね。クルマを楽しむくらいのゆとりを生活の中に持てないのは、生活が豊かではあってもどこか心に貧しさを感じてしまいます。そんな人達に比べればオートモビルカウンシルでヘリテージカーを買う人は経済力だけでなく、心にも余裕のある本物の金持ちであり、文化人です。ゆとりのある人はヘリテージカーを買って日本の自動車文化を盛り立てて頂きたい」と語る。
たしかにそうだ。円安によってヒストリックカーの海外流出が続いている昨今、誰かが価値あるクルマを入手し、維持してくれなければ日本から旧車文化が消え去ってしまう。アメリカでもイギリスでもカーコレクターの金持ちは大勢いるし、生活にゆとりが出た人がクラシックカーの研究やレストアなどの趣味に残りの人生を費やす人が少なくない。日本にもそうした趣味人がもっと増えてほしいと思う。