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いま、クルマのエアコンガスに起きていること
今回話題にするのはクーラーそのものではなく、漏れたら困るクーラーガスだ。
昨年夏にガス漏れがわかり、「カネかかるからひとまずガス補充にとどめ、本格修理は来年考えよう」としていた人もいると思う。新車で買っても意外と早く訪れることだってある。自然発生的な漏れでわざわざ何十万円もかけてユニット一式交換する例はなく、たいていは不足分のガスを「ひとまず」補充することで最低限の出費に抑えて使っていくのがふつうだ。
ところがここ5年ほど、このガス補充さえが「ひとまず」とも「最低限」ともいえない状況になっている。
いったい、何が起きているのか?
「CFC-12」から「HFC-134a」に、そして「HFO-1234yf」へ
「ラウンジ」第2回で、「クルマのエアコンは厳密には『エアコン』ではなく、車内温度を下げるのは、正確には『エアコン』の中の『クーラー』だ」と能書きをいったが、今回はそれを忘れて「エアコン」と称することにする。
先にエアコン冷媒の変遷をたどっておこう。
エアコンガス=冷媒は、1990年代の初めまでは「CFC-12(R-12)」が使われ、次に「HFC-134a(R-134a)」に置き換わった。いずれもフロンガスの仲間であり、ほかにもたくさん親戚がいるのだが、ここではこれらの話に限定する。
よく耳にする「フロンガス」は1930年代にアメリカのデュポン社が開発したもので、もともとは「フレオンガス」という名の商品名だ。
「CFC」とは「クロロ フルオロ カーボン:chloro fluoro carbon」の略で、CFC-12の時代には、クルマの廃棄時に冷媒ガスをそのまま大気放出していたが、ガス流路からの漏洩分も含め、大気中に出てしまったCFC-12が太陽からの紫外線をカットするオゾン層を破壊し、皮膚がんをもたらす可能性が出てくることが問題になった。ゆえ、1990年代初頭、オゾン層を破壊しないHFC-134aに変わったと同時に、CFC-12は専用機で回収されるようになったのだった。「HFC」は「hydro fluoro carbon(ハイドロ フルオロ カーボン)」で、HFC-134aが長くに渡って「代替フロン」「新冷媒」と呼ばれたのはこのためだ。
もともとクルマのエアコンユニットは、意図的に大気放出をしなくともガス漏れから免れることのできない運命にある。クルマは移動するものであり、振動するからだ。配管接合部のガタ、ゆるみ、こもった水分によるアルミ配管ないしエバポレーターの腐食などによって漏れる・・・これらはみな、クルマについてまわる振動が起因している。このあたりが自動車用エアコンの、家屋・建築用エアコンと異にするところだ。
あれから約30年と余の年数が経過。いわゆる旧車を除くほとんどのクルマの冷媒がHFC-134aになったわけだが、今度はここで、HFC-134aが地球温暖化を促進するという問題が浮上してきた。そこで、HFC-134aの後を担う、新冷媒の登場だ。
HFO-1234yf。
果たしてついこの前までHFC-134aに与えられていた「新冷媒」は剥奪され、その称号はHFO-1234yf(HFC:ハイドロ フルオロ オレフィン・hydro fluoro olefin)に与えられることに・・・HFC-134aもさぞ気ィ悪くしていることだろう。
こういった経緯により、ここ5年ほどの新型車から、冷媒はHFO-1234yfになっている。また、それ以前から販売されていたHFC-134a車、もしくはモデルチェンジしても何かの都合でHFC-134aで出てきた新型車も、改良の時期を捉えてHFO-1234yfに置き換わっている。もしあなたがいま新型乗用車を買うなら、そのクルマのエアコンガスは軽自動車から高級車に至るまで、新冷媒HFO-1234yf充填車だと思ってまちがいない。
ハジをさらすと、私が冷媒変更を知ったのは、不勉強なことにいまから5~6年前の2018~19年頃だったのだが、整備業界では2013年あたりから挙がっていたようだ。
HFC-134aに対してHFO-1234yfは何が違うのか。後追いで調べたらメリット・デメリットは次のようなものだった。
【メリット】
・地球温暖化係数は、新冷媒HFO-1234yfを「1」としたとき、従来のHFC-134aは「1430」。
逆にいうと新冷媒の係数は旧冷媒の1430分の1。
・大気放出が可能。
【デメリット】
・比較すると、厳密にはHFO-1234yfのほうが冷えはいくらか劣る。
・単価が高い。
細かく探せば他にもあるのだが、ここでは代表的なものにとどめる。
なぜ冷媒を変える必要があるのか。
それは「フロン類の使用の合理化及び管理の適正化に関する法律」という長ったらしい名称の法律(通称「フロン排出抑制法」「フロン法」)の中で定められている「指定製品制度」のなかに「自動車用エアコンディショナー」が属しており、地球温暖化を促進するフロン類使用製品の低GWP化、あるいはノンフロン化を促すため、指定される製品の製造者(輸入業者も含む)に対し、製造者ごとの年間出荷台数で割った加重平均値が150を上回らないことがフロン法で要求されているからだ。
整理すると以下のようになる。
指定製品の区分 | 現在使用されている冷媒 | 環境影響度の目標値 | 目標年度 |
乗用自動車(定員11人以上のものを除く)に搭載されるものに限る | R134a | 150 | 2023 |
トラック(貨物の輸送の用に供するもの)及びバス(乗用定員が11人以上のもの)に搭載されるものに限る | R134a | 150 | 2029 |
「GWP」とは「地球温暖化係数」のことで、「Global Warming Potential」の略だ。
指定製品制度では自動車用エアコンのほか、家庭用エアコン、業務用冷蔵機器・冷凍機器など多数あり、現状の冷媒ガス、GWP低減の目標値、達成の目標年度もそれぞれだが、置き換え冷媒は特に指定していない。自動車用エアコンの場合は、GWPが従来型HFC-134aの1430分の1となるHFO-1234yfが選ばれている。
修理料金新旧比較・ガス単価15倍! 費用総額7倍!
私が問題にしているのは新冷媒HFO-1234yfの単価だ。
べらぼうに高くなるのは知っていたが、冷媒置き換えを知った5年前に調べたところ、これまでのHFC-134aに対して「3倍」とも「5倍」とも「10倍」ともいわれ、このときははっきりした答えを見つけることはできなかった。
高くなって困るのは、ガス漏れによる補充のときだ。HFC-134aとHFO-1234yfとで補充作業を販社に依頼するとき、トータルでどれほどの違いがあるか。
同じ車両でガスが変わったクルマがないかと調べたら、現行ジムニーが2022年7月改良時に変わっていたので、私が日ごろ出入りしているスズキ販社に聞いて数字を聞いてみた。
実際にはガスをまるまる入れ替えることはないだろうが、目安として入れ替えた場合を工賃も含めてまとめて比較したのが下の表だ。
旧冷媒HFC-134aが200g缶単価1000円なのに対し、同じ量でもHFO-1234yfなら1万5000円で、一挙15倍にまで膨れ上がる! 補充となると漏れた分だけの量になるから値段は安くなるが、HFO-1234yfが高いことには違いない。
ガス単価ばかりか、工賃も約1.7倍にまで跳ね上がっている。ガスが変われば変わったなりに販社は専用の充填機を導入しなければならず、その回収のための1.7倍だろう。この販社で導入した機種「TWIN PRO」はざっと100万円なのだそうで、HFC-134a、HFO-1234yf両者の面倒が見られる二刀流・・・大谷翔平と同じだ。同時に、いままでよく見かけた、開けたボンネットからぶら下げる、高圧・低圧、2つのメーターがくっついたチャージホースは捨ててしまったのだと。言ってくれればもらいに行ったのに。
というわけで、ガスをフル充填(はめったにないと思うが)する場合、同じジムニー(とシエラ)でありながら旧冷媒の2型までならトータル5500円ですんだところ、2022年7月発売の3型以降の現行新冷媒車なら3万8500円・・・総額は7倍もの差が出てしまうことがわかった。やはりガス単価15倍が効いているのだ。
実は3年前に同じ調べを行ったときもガス単価1万5000円で、HFO-1234yf車が増えたいま、いくらか下がっているだろうと期待したのだが、同じままだった。量産効果は表れないのだろうか?
(※各料金は同じスズキ販社でも、各メーカー系列によっても異なるので、気になる方はそれぞれなじみの販社にて確認のこと。)。
私が初めてパソコンを買うときに相談した友人が「いま売っている最新型が高性能に決まっているんだから、パソコンなんて新しいのを待つんじゃなくてほしいときが買いどきだよ。」なんて言っていたが、2024年の現在、こと自動車に限っては最新型を待つのは考えものである。
もうひとつ参考までに、昨年2023年夏の終わりに、自分のクルマ(旧ジムニーシエラJB43W)のクーラーの効きが劣化したように感じたので、ちょうど訪れていた点検時、エアコンガスリフレッシュでガス補充してもらったときの値段をお見せしよう。
ガスはR-134a、補充なのに「エアコンガス」の数量「1.0」なのは、たぶん本単位でしか売ることができないためなのだろうが、とにかく1本200g。内訳は次のようなものだった。
JB23Wのガス規定量は本来430gだが、このときはリフレッシュで使用量が1本分だったことと、私の場合、メンテナンスパックに入っていたことによる工賃20%引きが含まれているから、このときの総額は税込み3740円。これがもし最新シエラのHFO-1234yf車だったら、同じ作業内容でも2万0900円もの額になっていたことになる。ただの補充なのに、考えただけでも恐ろしい。
片っ端から大調査!
実は今回、この記事作成のため、いま(2024年8月2日現在)売られている乗用車、商用車の冷媒切り替えがどれほど進んでいるか、国産全メーカーのクルマを片っ端から調べてみた。それが以下の表である。ちょっと多いがごらんいただきたい。あなたのクルマはありますか?
さきほど「あなたがいま新型乗用車を買うなら、そのエアコンガスは新冷媒HFO-1234yf充填車だと思ってまちがいない。」と書いたが、「乗用車」と書いたのが意味深で、乗用車のほうはGWP低減目標年度が「2023年度」であるのに対し、商用車は「2029年度」と6年余裕があるため、商用車はまだHFC-134a車が多い。
では2024年のいま、乗用車のすべてが切り替え完了しているかと思いきや、一部機種ではまだHFC-134aを使っていることがわかる。そしてそれらHFC-134a車を見ると、各々の事情が見え隠れするようでおもしろい。
「カローラアクシオ/フィールダー」は最新カローラと併売されている旧世代だ。いつ生産終了に追い込まれるかわからないクルマへのエアコンユニット一新にためらいがあることに察しがつく。
とっくにHFO-1234yfになっていてもよさそうな「リーフ」はともかく、「エルグランド」に「GT-R」はどちらも発売から10年を超える長距離ランナー。GT-Rは販売台数と工数を天秤にかけるとやはり踏ん切りがつかないのだろう。
そのいっぽう、本来日産の屋台骨のひとつであるべきエルグランドがほったらかしなのは、昨年2023年のモビリティショーでデザインスタディが展示されていたこともあり、次期型登場がそう遠くないことを暗示しているような気がする。販売台数の少ない14年選手の現行型にいまさら手を入れるくらいなら、いっそ次期型への一新と同時にHFO-1234yfへと考えているのではないかというわけだ。
「マツダ6」と「RVR」はどちらも4月に生産終了している。
ごていねいなのは「ハイエース」で、商用車ゆえ、バンとコミューターはのんびりHFC-134aのまま2029年度を待っているいっぽう、乗用登録のハイエースワゴンとなるとシリーズ唯一HFO-1234yf対応ずみ。同じ乗用車なのにHFC-134aのままにされているアクシオ/フィールダーとはえらい違いだ。
ところで環境影響度の目標値達成年度が「2023年度」となっているにもかかわらず、2024年になってもHFC-134aのままのクルマが存在することに疑問を抱いた読者の方もいると思う。
このあたり、経済産業省にたずねたところ、問題にもならなければ法律違反にもならないとのことだった。
というのも、「2023年度」があくまでも「目標」であり、「期限」ではないこと。そして製品の年間出荷台数の「加重平均」が「150以下」であればよいことから、ほとんどがHFO-1234yf車に切り替わっていれば、その中にひとつやふたつHFC-134a車がまぎれ込んでいたところで平均値は「150以下」となり、法律違反にはならない。単純に10台に1台までならHFC-134a車が存在しても問題はない勘定だ。したがって、トヨタや日産、それぞれの空調担当者が、「ちょっとこっちいらっしゃい」と、経済産業省からお呼び出しをくらうことはないのである。
暑がりの方のために
HFO-1234yfのデメリットで、「厳密にいうと冷えが劣る」と書いたが、ここ何年かの新型車に乗ってきた経験から、はっきりいってHFO-1234yfの冷房能力はHFC-134aに対して劣っていない。私は北国の人間の血が混じっているせいか、冬の寒さは人より我慢できても暑さには人の何倍も弱く、クルマのエアコンの効き具合に対してかなり敏感だ。「これからの新車はヤだなあ」と思っていたのだが、ここ数年の新型車に乗ってみたところ、「なかなかのもんじゃないの」と思う高性能であることがわかった。暑さ弱者が思うのだから、ふつうの人にはなおデメリットにはならないであろうことをお断りしておく。
劣ったと感じたのはむしろCFC-12からHFC-134aに変わったときで、CFC-12時代の、吹出口に手をかざしたときの冷風は「ひやっ!」と感じられ、いかにも「クーラー!」「夏到来!」という季節感を抱いたものだ。これがHFC-134aになったとき、「ひやっ!」がなくなってマイルドになったなと思ったっけ。
こんなところに目を配りながら、ガス漏れに覚悟しておけ!
さきにも書いたとおり、クルマは振動する以上、配管接続部、コンデンサー、エバポレーターといった部位からガスが漏れやすい。ごく普通の使い方をしているにもかかわらず、ガス漏れを起こす例が、新しめのクルマでも少なくないようだ。
こうなると、今日買った新車ものっけから信用せず、遠くないうちにガス漏れを起こすものと決めつけて覚悟しておくのが賢明だ。どうせ漏れるなら、エアコンが属する一般保証期間3年=最初の車検までに漏れてくれればいいのだが、怪しくなるのはだいたいその期間が過ぎたあたりからだが、新車から3年ちょいの出費としてはあまりに大きすぎる。
とにかく、いま新車の購入を考えている方は、いまのクルマのエアコン新冷媒の値段はべらぼうに高く、いざ漏れを起こしたらこれまでと違ってかなり高くつくという事実があることを念頭に入れておくべきだ。
自動車メーカーも関係各所も、クルマ用クーラーの冷媒が高価なタイプに変わることをきっちりアナウンスしていなかったように思う。いざクーラー修理でその修理代を払う際、ユーザーがその額に驚愕するといけないと思い、今回あらためて記事にしたしだいだ。
夏まっさかり。みなさん、とにかく自分のクルマのエアコンには気を付けて!