ツインモーターAWDによるS-AWCの効果を雪上ドライブで堪能


たかが5mm、されど5mmである。そして、0.1%ではなく(それでも細かいが)、0.05%刻みでセッティングする。これ、2024年に大幅商品改良を行なった三菱自動車アウトランダーPHEVのことだ。
大幅改良版アウトランダーPHEVは出力と容量を増したバッテリーに刷新したことにより、車高が5mm高くなった。バッテリーパックの厚みが増したので、最低地上高を確保するために5mm持ち上げたのである。「わずか5mmでしょ」と軽く考えたのは筆者。「いやいや、全部見直しです」と答えたのは三菱自動車の技術者だ。

「5mmで思い出しました」と語ったのは、三菱の4輪制御技術のスペシャリストである澤瀬 薫氏(三菱自動車工業株式会社 フェロー 博士(工学))だ。「エボ9(ランサーエボリューションIX、2005年)のときにリヤの車高を5mm下げただけで走りが変わりました」
エボ9はスーパーAYC(AYCはアクティブ・ヨー・コントロールの意)と呼ぶトルクベクタリング機構をリヤに搭載していた。旋回外輪に内輪より大きなトルクを分配することで曲がりやすくする=旋回性を高める装置である。スーパーAYCを機能させるには、後輪左右がしっかり接地していることが望ましく、旋回中に内輪が浮いてほしくない。そこで、接地性を確保するためにリヤの車高を5mm下げたというわけだ。これにより、旋回時に内輪側が浮いたとき、下げた5mm分だけストロークを稼げることになる。効果は絶大で、「よく曲がるようになった」という。

「アウトランダーPHEVの適合も同じです」と開発に携わる技術者は言う。「前後の駆動力配分やコーナリング時のブレーキのつまみ方など、パラメーターの数値を少し変えるだけで動きが大きく変わります」
前後の駆動力配分は0.05%の違いでタイヤのグリップ限界を超えつつあるときの自転(旋回内側への巻き込み)スピードが変わる。どうしたら安心・安全・快適な走りを実現できるのか。パラメーターの数値を細かく変え、納得のいくまでチューニングしたという。


そう聞いて、疑念が湧いた。ひとりで乗っているときと2名乗車のとき、さらにはフル積載では重量や重量配分が変わってしまう。細かくチューニングしたところで重量や重量配分が変わったら狙いどおりの動きにならないのではないか、と。
結論から言えば心配は無用だ。「2名乗車もフル積載も評価し、ちゃんとロバスト性(間口の広さ)を確保しています」との答えが返ってきた。バッテリーの刷新によって車高が5mm上がり、車重は60kg重くなった。タイヤの銘柄を変えたのもあり、サスペンションのばねレートとダンパーの減衰力も見直した。合わせて、7種類あるドライブモードをすべて見直している。だから実際のところ、「全部やり直した感じ」だそう。
三菱自動車の真骨頂は、「どんな路面・天候でも、誰もが安全・安心・快適に自信を持って愉しく走れる」を実現する4輪制御技術である。このコンセプトは1987年のギャランVR-4から本格的に掲げ、2007年のランサーエボリューションXで車両運動統合制御システムのS-AWC(スーパー・オール・ホイール・コントロール)に進化した。ランエボXはエンジンとメカニカルな機構でコンセプトを具現化したが、アウトランダーPHEVはフロントとリヤにそれぞれモーターを搭載するツインモーター4WDでこれを実現している。

前後にそれぞれモーターを持つことで駆動力の制御自由度が増し、理想の駆動力配分ができるようになった。その意味で、「ランエボXより技術的には進化している」と澤瀬氏は言う。アウトランダーPHEVのフロントモーターの最高出力は85kW、リヤは100kWだ。リヤの最高出力がフロントより大きいのがポイントで、これにより走る・曲がる・止まるを理想状態に近づけることができる。裏を返せば、リヤの出力が小さい場合は、理想に近づけることができない状況が(高速旋回時などで)出てくる。
未舗装路や雪などの滑りやすい路面でも思いどおりに加速し、曲がり、止まる。ドライバーがアクセルやハンドルをおっかなびっくり操作して実現するのではなく、黒子に徹したシステムが前後輪間のトルク配分(4WD)と左右輪間のトルク移動(AYC)、それに4輪のブレーキ制御(ABS&ASC)をシームレスに制御することで、ドライバーに制御の介入を意識させることなく、安心・快適な走りを提供する。それが、S-AWCだ。

アウトランダーPHEVが7つ備えているドライブモードのうち、路面に最適化したモードは4種類。Tarmac(ターマック、乾燥舗装路)、Gravel(グラベル、雨・未舗装路)、Snow(スノー、雪道・凍結路)、Mud(マッド、泥道・深雪)である。運転スタイル別のモードはNormal(ノーマル)、Eco(エコ)、Power(パワー)が設定されている。

雪に覆われたオフロードコースの比較的フラットなエリアに設定されたコースで、ノーマル、スノー、グラベルを試した。ノーマルは「さまざまな道路環境においてSUVらしい充分な安心感を提供する」をコンセプトに仕立てられているだけあり、滑りやすい雪の上であっても不足はない。スノーに切り換えると、タイヤのスリップを抑える制御が強めに入り、アクセルペダルの操作に対する力の出方も穏やかになる。

スノーモードでは、イノベーティブペダルオペレーションモードを試した。シフトレバーの右側に専用のスイッチがある。これを押して機能をオンにすると、アクセルペダルだけで加減速をコントロールできるようになる。踏み込めば加速、戻せば減速する。そのため、走行中のほとんどのシーンでブレーキペダルへの踏み替えが不要になる。

減速の感覚をつかむのに慣れが必要だが、慣れてしまえば大変具合がいい。スノーブーツなどのゴツい靴を履いている場合は、踏み替えの際の引っかかりや操作遅れが気になるが、イノベーティブペダルは踏み替えが不要なので安心。滑りやすい雪道でブレーキをかける場合は乾燥舗装路を走る際に比べてデリケートな操作が求められる。ゴツい靴ではカックンブレーキになりがちだが、イノベーティブペダルなら比較的簡単。アクセルからブレーキペダルへの踏み替え時に発生する空走がなくなるので、安全にもつながる。

「未舗装路で力強く安定した走りを提供する」特性を持つグラベルモードに切り換えると、アウトランダーPHEVの走りは元気になる。スリップをノーマルよりも許容する制御としているのも、走りが元気になる要因だろう。時間があったので、「深雪などで力強い走破性を提供する」マッドもナイショ(?)で試したのだが、直結4WDっぽい動きのためか荷重移動を使って振り回して遊ぶことができた(環境があってこそだが)。実はこの日一番のお気に入りがマッドだった。
アウトランダーPHEVはドライブモードの数だけ顔を持つ。すなわち、7つの個性際立つ顔を持ったSUVということになる。安全・安心・快適という実用面だけでなく、思わず頬が緩んでしまうような“愉しさ”を備えているのも、このクルマの大きな魅力だ。

三菱アウトランダーPHEV P Executive Package(5人乗り)
全長×全幅×全高:4720mm×1860mm×1750mm
ホイールベース:2705mm
車重:2140kg
サスペンション:Fマクファーソンストラット式&マルチリンク式
駆動方式:ツインモーター4WD
エンジン
形式:2.4L直列4気筒DOHC
型式:4B12MIVEC
排気量:2359cc
ボア×ストローク:88.0×97.0mm
圧縮比:11.7
燃料供給:PFI
最高出力:98kW/5000pm
最大トルク:195Nm/4300rpm
燃料:レギュラー
燃料タンク:53L
フロントモーター
型式:S91
最高出力:85kW(定格出力40kW)
最大トルク:255Nm
リヤモーター
型式:YA1
最高出力:100kW(定格出力40kW)
最大トルク:195Nm
リチウムイオン電池
総電圧:350V
総電力量:20kWh
燃費:ハイブリッド燃料消費率WLTCモード 17.2km/L
車両本体価格:659万4500円