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スズキ新中期経営計画で400万台クラブを目指す

スズキが新中期経営計画「By Your Side」を発表した。その内容については経済紙などで紹介されているので簡単に記すと、2031年度までに四輪販売台数420万台、売上収益8兆円、営業利益率10%を目指すというものであった。さらに、将来的には日本で100万台、インドで400万台の生産体制を実現するという高い目標を掲げていた。400万台という自動車メーカーとしての大台に乗せるという意欲的な目標は、スズキの決意表明ともいえる。
しかしながら、そのプレゼンテーションにおいて気になったのは、トレンドである『SDV(ソフトウェア定義車両)』という言葉が目立っていなかったことだ。 SDVとは、ソフトウェアの更新によって機能追加や性能向上が可能な次世代のクルマ。インターネット通信でのアップデートで常に最新状態を維持し、自動運転やコネクテッド機能の強化も容易に行える。
いまどきの自動車メーカーでは、SDVに必須の車載OSを自社開発することで利益率を上げようというスタイルが主流となっているように思えるが、はたしてスズキは、どのようにして利益率10%を実現しようというのだろうか。
そこを理解するには「By Your Side」という新中期経営計画、新しいコーポレートスローガンがヒントになる。
目指すのは「生活に密着したインフラモビリティ」

今回の発表会場には、インドで生産されるBEV(電気自動車)「eビターラ」が展示されていた。ボディサイズは全長4275mm・全幅1800mm・全高1635mm、前後モーターを合わせた最高出力135kW・最大トルク300Nmというスペックは、スズキの新しいフラッグシップといえるものだが、これが次世代のスズキ・スタンダードというわけではないようだ。
スズキの軽商用車を愛用している筆者も含め、スズキというブランドに対して高価なフラッグシップモデルを求めているユーザーは多数派ではないだろう。
「By Your Side」というスローガンを意訳すると「あなたのそばにいるよ」というニュアンスで、ユーザーに寄り添う姿勢を示しているといえる。

スズキの鈴木俊宏社長によると、同社の主要マーケットであるインドでは「まだまだ四輪車が買えない人のほうが多い」という。さらに少子高齢化が進む日本市場も「スズキにとっては成長市場」という。これらの発言を裏読みすると、スズキは安価で身近なモビリティを市場に投入することを成長戦略の柱として考えていることが見て取れる。
よく知られているようにスズキは「小・少・軽・短・美」の理念に基づき、エネルギーが極少となる技術や商品を開発しているが、生産エネルギー消費の極少化は、安価な商品につながる。誰もが購入できるクルマを市場に提供することがスズキのパーパスと理解することもできる。
それが『生活に密着したインフラモビリティ』という目標につながっていくのだろう。
デファクトスタンダードを利用する、というスズキの姿勢

投資家目線に立つと、企業に高収益体質を求めてしまいがちだが、社会が企業に求めるのは、多数の生活を向上させてくれる商品であったりもする。”ものづくり企業”の存在価値は、利益率の高い高価格商品を作ることではなく、誰もが買えて生活が豊かになる商品を生み出すことにあるはずだ。
スズキの新コーポレートスローガン「By Your Side」は、そうした本質を示しているといえるのではないだろうか。
では、ユーザーに役立つモビリティを安価で提供するリーディングカンパニーになるためのアプローチとは? 新中期経営計画の発表会における質疑応答に、そのヒントがあった。
とある質問に対して、鈴木俊宏社長は「デファクトスタンダードを利用すればいい」と回答したのだ。
たとえば、スマートフォンにおいて独自OSを載せたハードウェアである「iPhone」を販売しているアップルは高い利益率を誇っているかもしれないが、iPhoneは高価なスマホであって、誰もが買える価格帯ではないのも事実。逆に、Googleのandroid OSを使うスマホは廉価で販売することが可能となっている。
鈴木社長はSDVの肝となる車載OSについて話したわけではないかもしれないが、先進安全機能であったり、電動化であったり、といった要素において自社開発だけにこだわらず、どこがデファクトスタンダードを取るのかを見極め、そこに乗っていくというのは、「By Your Side」的アプローチといえるのかもしれない。もちろん、他社に依存するのはリスクでもある。新中期経営計画中に4兆円の開発費をかけるというのは、スズキとして生き残っていくための決意を示している。

また、質疑応答において印象深かったのは、二輪のファンモデルである「GSX-8」シリーズが好評であることを、スズキらしさの一例として挙げていたことだ。排気量の大きなスポーツ系バイクとなれば、最高出力であったり、最高速であったりといった性能が重視される印象もあるが、フィーリング重視の2気筒エンジンを載せた「GSX-8」シリーズの人気はスペックで競う時代でないことを示している。
数字に現れない価値を多くの人に提供する…考えてみれば、これはモビリティカンパニーとして当たり前のアプローチといえる。スズキの目指している未来は、自動車メーカーの本当にあるべき姿といえるのかもしれない。
