東京オートサロン2024、2025に出展したDIAPASON(ディアパソン)
ヤマハ発動機から新型モビリティの試乗会があるとご案内をいただいた。ヤマハの乗り物と聞くと、人々をワクワクさせるような運転して楽しい乗り物、あるいは移動によって人々の生活が豊かになる乗り物のどちらかが想像される。今回の新しい乗り物はどちらかと言えば後者だと言えるだろう。

その乗り物とはDIAPASON(ディアパソン)C580。写真を見れば、お気づきの方も多いかと思うが、今年1月に開催された東京オートサロン2025のヤマハブースを飾っていた車両だ。ディアパソンはその前年の東京オートサロン2024で、統一プラットフォームを使用し様々なパートナー企業と共創して生み出すというコンセプトの元、7車種が展示されていたが、その中の1つがC580だったのだ。ちなみに、その兄弟であるディアパソン310は、このほど羽田空港のプラベートジェット向け空港内手荷物輸送に供される実証実験が始まっている。



C580は、自社製モーターユニットを使用する電動パワートレインを搭載し、携行型バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:」を電源として使用する、小型特殊車両を想定したモビリティ。主に農業従事者などが短距離での移動と軽作業などを行うことを想定している。

小型特殊免許は原付1種免許と同様普通免許を持っていれば自動的に付帯される資格である。16歳から取得できるので、高校生の子供が親の農業を手伝ってあげるために取得することも可能。また高齢の農家で、農業は続けたい。しかし、農地までの移動手段としていた軽トラックのための免許は返納したいと言った場合、普通免許は変更し、小型特殊免許だけを残すこともできると言う。

さらに、牛舎など、屋内での作業も空気を汚さず、エンジン音で家畜を驚かすこともなく、使用できるメリットもあるそうだ。
小型特殊車両は法令で最高速度は15km/hと決められているが、およそ自転車と同じ位の速度であり、同じく法令上の牽引最大能力は750kgで、通常の使用には申し分ないだろう(注:ディアパソンC580の牽引能力が750kgではない)。ちなみに、新小型特殊というジャンルもあって、そちらは普通免許では公道で運転できず、大型特殊免許が必要になる。





これまでは公道を使って「移動も」できる農機具というイメージだった小型特殊を、移動にも作業にも使ってもらうことで、農家の高齢化、免許返納問題などへの解決策のひとつとなり得るというわけだ。
さて、その高齢化への対応について、ディアパソンの生みの親であるヤマハ発動機技術研究本部 共創・新ビジネス開発部の大東さんは「いかにも、高齢者向けの乗り物です、というとご年輩の方は乗ってくれないのです」という。確かに「あなたは年寄りなんだから年寄り向けの乗り物に乗ってね」と言われれば、誰しもカチンとくることだろう。免許返納問題も、そういう影響がないとは思えない。





そのため、ディアパソンC580は、スタイリッシュなデザインとし、オートサロンには様々なカスタマイズパーツメーカーとコラボしたモデルも展示した。
そしてそのC580のデザインは、AIによるデザインをベースにしており、開発期間に長い時間を要してきたデザインの決定に要する時間を大幅に短縮できているという。
さらに、大東さんの肩書にもある「共創」では、ヤマハ発動機社内で新開発するよりも、一般的なサプライヤーのみならずベンチャー企業なども含め、良いものや可能性のあるものがあればどんどんと取り入れていくことで、やはり開発スピードを上げることができるという。
日本のものづくりを支えてきたメーカーは、新製品の開発を厳重に秘匿とし、開発情報のリークを恐れるあまり、外部への受託を最小限に抑えてきた背景もあるだろう。けれど、様々なデバイスの開発速度に対応するには、いち早く新しく良いものを取り入れる必要が今後さらに進んでいくであろう。


これまでのメーカーの常識を破ってプロジェクトを進めている大東さんに「本当は、大東さんの興味はすでにディアパソンそのものではないところにあるんじゃないですか?」と聞いてみた。すると「僕の性格を良くおわかりですね。そうなんです。ディアパソンでやりたかったのは人づくりなんです。ヤマハ発動機に限らず、自動車や二輪のメーカーにはこれまで多くのスゴい人たちがたくさん集まってきていました。それが今は選択肢が増えていろんな業種にトンガった人が分散して行ってます。その人たちをうまく使っていくメーカーに変わっていくべきだと考えているんです。そういう考えの若い人を育てていきたいと思っています。猛獣だけでなく、猛獣使いも増やそうとしてるんです。」という。
大東さんは、これからのメーカーのあるべき姿、組織を、ディアパソンの開発で他社との共創、AIの導入などで証明しようとしているわけだ。なので、ディアパソンC580、C310が世の中に供され、認められることは大東さんが推し進めたいことのスタート地点なのだろう。大東さんは自動車メーカー、光学機器メーカーを経て、ヤマハ発動機に入社しているが、その体質の違う企業をそれぞれ内と外から見て、メーカーのあるべき将来の姿が見えているようだ。

最後になったが、試乗したC580は、展示モデルから右ハンドルに換え、シートポジションを適正にしたくらいで、制御も足まわり、アライメントなどもまったく手を付けられていない状態であった。





けれど、ここから走りを良くするのはヤマハが得意とするところ。セッティング次第で、15km/hでもワクワクする乗り物にきっとしてくれるはずだ。その部分はヤマハの既存部署でいくらでもできるからあえて今はやってないんだ、という大東さんの狙いがあったのかもしれない、と思うのは考えすぎだろうか。けれど、乗り物製品としての完成度を見せるための試乗会ではなく、ヤマハはここまで将来のメーカーになるべく変化しているだという過程を見せる発表会だったのだ。そう思うと、2024年1月のオートサロン、2024年秋の個別取材、そして2025年1月のオートサロンと、ディアパソンを見続けてきた僕の中で、すべてが腹落ちした。