「ガス欠」と原油高がEUを襲う! バッテリーEV 普及はどうなるのか?

ノルドストリーム
ノルドストリームはバルト海に面したロシアのヴィボルグからドイツのルブミンまで達する海底天然ガスパイプラインであり、2012年10月までに2本のパイプラインが敷設された。ノルドストリーム2はそのすぐ隣を通り、2021年6月に1号線、9月に2号線が敷設された。いま、騒がれているのは後者の2本のパイプラインである。ロシアからのガスが来ないと西欧はどうなるか。しかも現在は原油価格も高い。いま西欧は、あらゆる「ガス欠」の危機に瀕している。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

ロシアのウクライナ侵攻で注目されている
天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」とは
どんなものなのか

困るのはドイツだ

ノルドストリーム
この地図はノルドストリームA.G.が公開しているものだ。地図の中の赤い線(1)がノルドストリーム1/2である。ロシア側の出発点が少々小異なるものの、1と2は並走している。両方が稼働すれば年間1100億㎥を移送できるが、現在は550億㎥である。黄色い(2)の線はウクライナから西欧に向かう天然ガスパイプライン、通称「ウクライナ・コリドー(回廊)」。ロシア以外からは、ノルウェーからイギリス、デンマーク、オランダにつながる(4)から(10)までのパイプラインがある。数字(3)はロシアから西欧への、通称「ヤマル・ヨーロッパ」。この中で最大の流量を誇るのがウクライナ・コリドーであり年間1700億㎥を移送できる。(4)から(10)までの合計は1350億㎥であり、ウクライナ・コリドーはそれよりも移送量が大きい。

ロシアは天然ガス資源が豊富であり、欧州はこれに頼ってきた。ノルドストリーム1は年間550億㎥、ノルドストリーム2も同程度の移送能力を持つ。過去には、ロシアから西欧への天然ガスパイプラインとしてはウクライナ・コリドーが最大のものだったが、ロシアとウクライナはしばしばガス料金交渉の決裂や料金未払い、勝手なガス採取といった揉め事を互いに起こしていた。

そのため、西欧諸国は「ウクライナを通らないルート」のガスパイプラインを望んでいた。これにロシア国営のガスプロムなども賛同し、ノルドストリーム構想が持ち上がったと言われている。しかし、ロシアがベラルーシ、ウクライナ、ドネツクなど隣国との間でつねに問題を抱えていたため、EU側には「ロシアにエネルギーを握られるべきではない」との議論は絶えなかった。

そして、今般のロシアによるウクライナ侵攻準備が決定打となり、ドイツのオラフ・ショルツ首相は今年2月22日にノルドストリーム2の認証作業を停止した。せっかく敷設が終わったパイプラインに「ロシアから天然ガスを流してもらう」ことができなくなった。

困るのはドイツだ。ドイツは原発廃止を決めており、そのための準備のひとつがノルドストリーム2だった。天然ガス火力と、太陽光・風力・潮力、揚水発電など再生可能エネルギーで原発の穴を埋める予定だった。しかし、昨年の西欧は風力と太陽光による発電量が減少し、そのバックアップとしての天然ガス火力発電の稼働が増えてしまった。

再エネ発電は「お天気頼み」であり、発電量が足りなくなると電力の周波数が正規のものからズレてしまう。そこで、バックアップ用の発電手段が必ず用意される。ドイツでは、それが天然ガス火力だった。皮肉にも昨年は「風が止むとロシアが儲かる」「陽が陰ればロシアが儲かる」という状態になってしまった。

以前も筆者のコラムで記したように、欧州での電力問題はいま、かなり微妙だ。送電網が国をまたいでいるため、何かあれば電力を融通し合うのが当たり前であり、電力需要の約73%を原子力発電に頼るフランスがおもにこの需要を担っている。短時間での出力調整ができないという原発の欠点を長所に変え、「いつでも電力を融通できる国」として重宝されている。国家の電力融通をコントロールする企業の大手にはエナジープールなど仏企業が多い。

また、北欧にはスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークで構成する電力融通組織・ノルドプールがある。スウェーデンが原発推進に政策転換したことで、北欧諸国は水力一辺倒ではなくなった。

脱原発を進めているドイツでは、とくに南ドイツで電力が足りない。この穴を埋めているのはフランスから買う原発電力である。気象条件によっては環境先進国と言われるデンマークも電力が足りなくなる。デンマークはドイツとフランスから電力を買ういっぽうで前出のノルドループからも電力をもらっている。

ドイツでは数年前、自国産の褐炭を使った火力発電が同盟90/緑の党をはじめとする「環境派」から非難され、発電規模を縮小せざるを得なくなった。そのため再エネ発電のバックアップは天然ガス火力に一本化せざるを得なくなった(もちろんまだ出来ていない)。しかし、天然ガス発電の比率を増やすためにはノルドストリーム2稼働が必要になる。さらに言えば、ノルドストリーム2にはドイツ以外にもフランスなど11カ国から100社近い企業が参画している。政府も産業界も、天然ガスに期待しているのだ。

ドイツ、フランス、アメリカの電力輸出入量

ドイツ、フランス、アメリカの電力輸出入量。EIA資料を基にしたGLOBAL NOTEのデータがベース

ドイツ、フランス、アメリカの電力輸出入量を表にまとめた。EIA資料を基にしたGLOBAL NOTEのデータがベースだが、貿易収支を自分で計算してみて、あらためて電力もエネルギー安全保障の一部なのだと実感した。アメリカは1990年以来ずっと電力は輸入超過、つまり貿易赤字である。相手国はカナダである。全体の電力需要の1〜2%とは言え、電力需要が逼迫しているときの輸入であり、再エネ発電ができないときの、止むを得ない輸入である。

フランスはずっと輸出超過、つまり貿易黒字である。輸出電力のほとんどが原子力発電の分である。ドイツは2003年以降は輸出超過が続いている。輸出されるのは再エネ電力だけではなく火力も含まれる。ドイツは今年、原子力発電をすべて止める予定だが。フランスは最大6基の原発を新設する方針を打ち出し、イギリスとオランダも原発利用へと政策の舵を切った。フィンランドでは今年1月、新設原発での商業発電が始まった。ポーランドとハンガリーはフランスの協力を得て原発建設計画にゴーサインを出した。

こうした原発頼みへの動きは、ロシアがウクライナに侵攻する前にすでに決まっていた。では、ウクライナでの戦争が長引くとどうなるだろう。ウクライナルートで西欧に運ばれる天然ガスが、万一すべて止まったらどうなるか。さらに運悪く、再エネ発電が昨年のような稼働率にとどまってしまったら?

筆者は年初に、ことしのキーワードのひとつとして「ばいでん」を掲げた。これはアメリカのバイデン大統領、欧州での売電・買電という3つの単語の「かけことば」のつもりだったが、こともあろうに戦争という人災がこの問題を大きくしてしまった。EUは「ガス欠」の危機に瀕している。

ドイツとフランスの電力輸出入額推移

ドイツとフランスの電力輸出入額推移

表にも示したように、原発大国フランスと脱原発国家ドイツはともに売電国であり、電気を周辺国に売って利益を得ている。同時に、両国とも売電の黒字額が目減りしている。フランスが原発建設再開を決めて以降、EUは原発の位置付けを「CO₂を出さないクリーンエネルギー」に変更した。そうしなければ、EUが推進しているBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)の普及が妨げられるためだ。

CO₂を出さない電力でBEVを走らせる。このビジネスモデルでEUは産業振興を図る。それがねらいだが、今後どうなるだろうか。少なくとも、短期的には頓挫する可能性が高いように筆者は思う。しかも、これに原油高が追い打ちをかけ、ガソリンも軽油も高くなってきた。「化石燃料が高いからBEVに乗る」という避難策は天然ガス不足で危うくなってきた。

これは日本にとってもけして他人事ではない。サハリンからの天然ガスパイプラインが、もし止まったら? いまの日本は極めて原発稼働しにくい。そもそも太陽光発電と風力発電の稼働率は欧米平均よりも低い。エネルギー安全保障の問題を論じるべきは、我われ日本人なのである。

以下は余談

2011年の東日本大震災から11年が過ぎた。福島の廃炉はまだ「道半ば」とも呼べない状況だ。筆者がアメリカ方面からよく聞くのは「なぜ当時の日本政府は、アメリカ海軍が打診した原子炉冷却剤の使用を拒んだのか」である。当時は民主党政権だった。原子力空母「ロナルド・レーガン」には原子炉冷却剤が積まれていた。「断ったのは、当時のプライムミニスター(首相)だろ?」と。この話は、日本ではあまり公にされていない。それともこれは作り話なのだろうか。

もうひとつ。ロシア軍がウクライナ国内で使っているミサイルと弾薬が放出するCO₂はどれくらいだろうか。ミサイルは燃料の燃焼で飛ぶ。当然CO₂を出す。銃弾も砲弾も、火薬によって発射される。当然CO₂を出す。戦車や装甲車は排出ガス規制の適用外であり、CO(一酸化炭素)/HC(炭化水素)/NOx(窒素酸化物)、アンモニア、ホルムアルデヒドなどさまざまな物質を大気中に放出する。

ちまちまとCO₂をセーブしても、排ガス規制を真面目にクリアしても、戦争にはまったくかなわない。ロシア軍の、見るからに旧式なボンネットトラックが列をなして走る様子は、ロシアで流通している軽油の質以上に粗悪と思われるロシア軍用軽油の組成を考えるとじつに恐ろしい。排ガス中は硫黄酸化物と窒素酸化物と微粒子状物質が、さぞ大量に含まれているに違いない。

ちなみに固体燃料を使うミサイルには消費期限がある。小型の空対地・空対空ミサイルの点火剤は、以前は自動車のエアバッグにも使われていたアジ化ナトリウムである。その消費期限はせいぜい6〜7年だという。いまのエアバッグの中に仕込まれているガス発生装置用点火剤は6〜7年で交換しないでいいのだろうか……。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…