2030年にはこの緊急回避技術がどのクルマにも 日産のGround Truth Perception開発責任者に訊く

LiDARがひとつ、レーダーが7つ、カメラが10個ついた開発車両のスカイライン
日産が4月にデモンストレーションを公開した「グラウンド・トゥルース・パーセプション技術」。クルマの緊急回避性能を飛躍的に向上させるこの技術、その開発について、飯島徹也氏(日産自動車株式会社 電子制御・システム技術開発本部 AD&ADAS先行技術開発部 戦略企画グループ部長)に訊いた。

突然変異が起こることを常に考えておくべき

自動運転関連の技術開発を指揮する飯島徹也さん

日産自動車は、クルマの緊急回避性能を飛躍的に向上させる運転支援技術、「グラウンド・トゥルース・パーセプション技術」を発表。同時に、同技術を搭載した試作車が自動で緊急回避操作を行なうデモンストレーション走行を公開した。

日産は安心して使える自動運転の実現のためには、単純なシーンだけでなく頻度の少ない複雑なシーンも想定しなければならないと考えている。2019年のITARDA(交通事故総合分析センター)のデータによれば、軽傷事故は210万kmに1度、重量事故は2450万kmに、死亡事故は2億3700万kmに1度発生する。
1台あたりの年間平均走行距離が8150kmだとすると、年間総走行距離は7446億kmだ。つまり、約3万台×1年間相当以上の市場データの収集と分析が必要になるということだ。

プレゼンテーションで示されたデータ。

日産で自動運転関連の技術開発を指揮する飯島徹也さんに話を訊いた。訊いたのはスカイラインをベースにした開発車両の中。デモ走行中の車内でのインタビューである。

MF:今日は2台の開発車両でデモ走行を見せてくれました。いまこの2台で開発を進めているのですか?
飯島さん:そうですね。いま、試験車両は2台あります。
MF:この技術は基本的に日本で開発を進めているのですか?
飯島さん:そうです。まだ開発を始めて非常に黎明期というか、出来たてですね。

MF:死亡事故に対してどのくらいの市場データが必要かというプレゼンテーションを聞いて、目眩がする思いです。
飯島さん:2019年の日本国内のデータから計算しています。だいたいどのリージョンで計算しても同じような感じですね。アメリカで計算してもイギリスで計算しても。
MF:そうするとどうやって開発を進めていくか、難しいですよね。リアルで回す分とシミュレーションで回す分をどうするか。
飯島さん:シミュレーションで回さないといけないのですが、予測して、たとえば関連する要因を100個思いついてそれを自動的に組み合わせて万のシナリオを作ったにしても、リアルワールドだから、結局突然変異ってあるじゃないですか。”真っ白なカエル”が出てくるというやつですよ。想像できないことが起こるわけです。だから、リアルワールドを観察、自然界を観察してその真実を捉えることはやらないと、直感的に自信が持てないですよね。だからその活動は、避けて通れない。アタリ付けはシミュレーションでできますが……。
MF:どこまでいっても突然変異があることを考えておかないといけない……。
飯島さん:そういうことですね。

避けられるドライバーがいるならば絶対に避けてほしい

飯島さんが運転席に乗ったスカイラインは、ハンズオフ(ドライバーは運転操作をしていない)の状態で走行する。すると、前方から急に白いクルマがバックで現れる。システムはそれを判断して右車線へ進路を変更した。すると、今度は道路を横断しようと横から人が出てくる。スカイラインは緊急ブレーキで歩行者の手前で停止、無事に緊急回避ができた。

飯島さんがドライバーズシートに座ってデモを行なってくれた。

MF:いまのシチュエーション、人が運転していたら避けられずに歩行者をはねてしまっていますよね。
飯島さん:でも、上手なドライバーならよけられますよね。では、自動運転車が存在したとします。そのクルマに乗っていたとします。こういうことが起こったとします。絶対避けて欲しいですよね? 避けられるドライバーがいるなら。その感覚なのですよ。こういうシーンの場合、「ごめんなさい、あとで謝ります」って話じゃないですよね。絶対避けてほしいですよね。避けられるドライバーがいるならば。僕たちは、その心を忘れないようにしたいのですよ。

MF:さきほどプレゼンテーションでいろいろなシナリオを見せていただきました。今日のデモンストレーションで、実際に避けられています。実際は、どうやっても避けられない、誰がやっても避けられないっていうときはどうするのですか?
飯島さん:それは周囲を360度見て、避けられるときはそういう行動を取ります。避けられないときはできるところまで、ですよね。さらにマシンですから、ぶつかるにしてもどういうぶつかり方をすれば一番乗員に被害が少ないかということも予測できますよね。そういうことがこの「次の次」くらいのステップの研究テーマなのです。
MF:ダメージコントロールですね。一番ダメージが少ないのはどれかっていう。
飯島さん:そういうことです。だからこの技術開発は終わりがないのですよ。セーフティシールドを入れました。常用域はすでにやってきて、この緊急回避領域もやります。その先にアクティブセーフティと連動した被害軽減技術、乗員保護技術の開発が必要になってくる……終わりがないのです。
MF:では、まだ障害物や歩行者を左右どちらに避けたら一番ダメージが少ないのかというところまではいけてない?これからいくところですか?
飯島さん:まず衝突回避の技術を作り上げて、その次にそういうものも見えてくると思います。

演算速度は足りているか?

今度は、前方から対向車線を走行するクルマから脱落したタイヤが迫ってくるというシナリオのデモだ。自車の前には背の高いワゴン車がいてタイヤは見えない。前車がタイヤを避けると急に目の前にタイヤが迫ってくる。緊急回避(ドライバーは操作していない)で右に進路を変更すると、今度は対向車線からのクルマが進路を塞ぐ……。複雑なシチュエーションだ。このシナリオは今回、日産技術陣が想定したものだ。

MF:リアルワールドではタイヤがはねたりすると思うのです。それはどこまで計算できるのですか?
飯島さん:それは演算速度次第ですね。だから、演算速度は速ければ速いにこしたことはないのですけど、いまカメラのフレームレートは33ミリ秒(30fps)が一般的なので、LiDARもはじめはそこらへんから入っていきます。緊急度の定義によりますよね。突然変異、白いカエルまで視野に入れるのか、あるいは脚の色が違うところまでにするのか。白いカエルまでやろうとしたら、フレームレートを100fps(10ミリ秒)以上にしないといけない世界かもしれません。まずはいまできる最大限の技術を投入したときにどこらへんまで登れるか。いまは最初の階段ですよね。そういう意味で、どこまでいくかという話と、もうひとつ、とにかく登っていく作業は続けなければいけない。

MF:現在の計算処理能力は、飯島さんのやりたいことに対して追いついてはいるのですか?
飯島さん: このくらいのことはできます。
MF:飯島さんとしてみたらもっと計算速度が速いコンピュータがあったら、もっと違うことができるのに、ということではないのですか?
飯島さん:いや、それは……なんていうのかな。世の中の観察する仕事とそれから何を作っていくかはじつはどこかで出合うんだろうけれども、僕は自分の持っているルーペで見える範囲のことを最大限やっていこうと思っています。その範囲のことはいまの道具でできると思っています。ただ、顕微鏡で世の中を見出すと、ちょっとまた新たな課題にぶつかるかもしれませんが(笑)。

コストは必ず劇的に下がる 2030年には全車に載せたい

開発車両にはLuminar社のLiDARが搭載されている。回転部を持たないソリッドステートタイプだ。
次世代型LiDARは、緊急回避には必須だという。

MF:この分野でこの5年、10年で一番進化したのは、計算速度とLiDARとかカメラのセンサー類ですか?
飯島さん:そうですね。とくにLiDARの進化は大きいです。LiDARにはABSとかエアバッグと同じくらいの安全性能のポテンシャルはあると思います。
MF:一時期、普通の自動運転をするならLiDARはなくてもいいという言われ方をしましたが……。
飯島さん:常用域の自動化にはLiDARは必ずしも必要ではないと思います。しかし、ここまでの緊急回避までやろうと思ったら、必要です。緊急回避はLiDARがないとできません。

MF:将来的には、自動運転ができて緊急回避までできるクルマとできないクルマに分かれて、上級車はできる、ベーシックカーはできないというようになるのですか?
飯島さん:自動運転機能付きか、付きじゃないかということだと思うんですね。ただ、緊急回避の能力は安全の領域なので、これはスタンダードを目指す。ABSやエアバッグと同じです。結局、劇的に性能が向上するとですね、必ず基準化されていくのですよ。世の中の安全がそんなに上がるのだったら。そうするとものすごい数が出るようになって、世代交代が加速されて、びっくりするスピードで値段が下がる。昔のABS、エアバッグの例と一緒ですね。レーダーも最初は16万円くらいしました。エアバッグも15万円くらいでした。ABSも10万円くらいだったと思います。いまみんな1万円以下ですよね。必ず、値段は下がります。それが2030年くらいには起こるだろうと予想しているんですね。

ベースになっているのはステア・バイ・ワイヤー技術を採用しているスカイライン

日産はこの緊急回避技術の開発を2020年代半ばまでに完了させ、順次、新型車に搭載し、2030年までにはほぼすべての新型車に搭載することを目指す。緊急回避技術は人の命に関わるから、エアバッグやABSなどの安全装備のように(オプションではなく)標準装備化を目指す考えだ。

開発車のトランクルームには、この緊急回避のキモとなるグラウンド・トルゥース・パーセプション(Ground Truth Perception)のためのコンピュータなどが満載されていた。技術が進化すれば、これが一枚のチップに載るかもしれない。緊急回避能力の向上にかかるコストが劇的に下がって本当にすべての新型車にあまねく搭載されるようになったら、世界は大きく変わるだろう。飯島さんは、「まだ開発は始まったばかり。黎明期です」という。開発の進展を大いに期待したい。

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著者プロフィール

鈴木慎一 近影

鈴木慎一

Motor-Fan.jp 統括編集長神奈川県横須賀市出身 早稲田大学法学部卒業後、出版社に入社。…