ビカモンAW11型MR2! ホイールもステアリングもフルオリジナル!

フルオリジナルにこだわりました! 12年かけて仕上げた愛しのMR2! 【甲府駅自動車博覧会】

続けてお伝えしている甲府駅自動車博覧会で見つけた旧車たち。イベントの特徴として、比較的高年式のモデルでも参加が可能なことが挙げられる。近年人気の80年代90年代車が参加可能で、いよいよ旧車の世界も幅が広がってきた。今回は平成元年式と新しいモデル、初代AW11型トヨタMR2を紹介しよう。

PHOTO&REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
1989年式トヨタMR2 Gリミテッド スーパーチャージャー。

1980年代のスポーツカーといえば、リトラクタブルヘッドライトを採用することが前提だったかのように、数多くのモデルが「パカパカ」ライトを備えていた。けれど、当時は堂々とスポーツカーを名乗れないモデルも存在する。その代表格がトヨタMR2だろう。1984年に発売された当初、国産乗用車として初めての採用となるミッドシップレイアウトを運輸省(当時)に認可させるため、スポーツカーを名乗らなかったのは有名なエピソード。そのため車名のMRはミドエンジン・リヤドライブの意味ではなく「ミッドシップ・ランナバウト」と説明されたほど。ただ、このスタイルとパッケージを見てスポーツカーではないと思う人なんていただろうか。全長が4メートル未満と小さなボディはホイールベースが2320ミリでしかなく、エンジンを車体中央に搭載するミドシップ方式ということで鋭い回頭性が期待された。またエンジンは1.5リッターも用意されたが、本命は1.6リッターDOHCの4A-G型。これはAE86レビン・トレノやセリカにも採用された、当時のトヨタを代表するスポーツエンジン。鋭い吹け上がりが楽しめる名ユニットをミッドシップしているのだから、走りが楽しくないわけがない。子供心に憧れた人も多かった。このブルーメタリック色が鮮やかなMR2は53歳になる深澤充さんが所有するクルマ。ちょうどMR2が発売されていた当時、10代後半という多感な時期を過ごされた世代。やはり学生の頃から欲しくて欲しくてたまらなかったという人だ。

最終年式のAW11でこの仕様は新車当時204.3万円だった。

新車当時、MR2を手に入れることは敷居が高かった。バブル景気に躍る日本だったが2人しか乗れないスポーツカーというだけで諦めることが多かったからだ。深澤さんも当時買いそびれてしまい、その後も手に入れるきっかけや良い個体と出会うこともなく過ごされてきた。クルマの性格上、中古車が豊富に流通しているわけではなく、ホイールベースが短いため事故を起こすケースも多かった。良い個体が見つかるかどうかは本気で全国中から探さないと難しかっただろう。深澤さんも「縁がないものと思っていました」と、すでに諦めモードになっていたそうだ。

フォグランプはノンオリジナル。
切り立ったリヤウインドーのすぐ後にエンジンが搭載されている。

こうした古いスポーツカーとの出会いは時の運か、良心的な専門店が存在しなければ手に入れることは難しい。運よく見つけることができればいいが、そうでなければ専門店の門を叩くと話が早い。深澤さんは長野県松本市に住んでいるが、運よく市内に古いクルマを専門に扱うショップが存在した。ショップを訪れAW11を探していると相談したところ、状態の良い今の愛車と巡り会えたのだ。状態が良いとはいえ、入手したのは今から12年前のこと。当時はまだ今のようにAW11の人気が急騰していたわけではなく、いわゆるちょっと古い中古車扱い。相場的にも買いやすい傾向にあったから、現在のようにキレイな内外装ではなかったそうだ。

塗装やデカールの状態が素晴らしい。
ガリ傷すらない純正アルミホイールはリペアしてある。

今の状態があるのは、ひとえに深澤さんの情熱のたまものだろう。何しろ12年かけてカスタムするのではなくフルオリジナル状態を維持して程度を引き上げる努力を重ねてきたのだ。外装で言えば塗装は純正色にこだわり、同じ色を指定して全塗装してある。若干光り具合が違うように見えるが、これは当時の塗料と現在の塗料が異なるため。それよりボディに貼られたデカール類をご覧いただきたい。古いクルマを全塗装する場合、デカールなどが手に入るかが仕上がりを左右する。特にAW11には数多くのデカールやストライプが採用されているため、これらを揃えるだけでも大変な労力となる。それなのに深澤さんは見事なまでの外装を実現したのだ。クリア剥がれなどが見られずピカピカに光っている純正アルミホイールは、切削加工などに代表されるリペアが施されている。

内装の状態も外装に負けず劣らず素晴らしい。
走行距離が11万キロを超えたことを示すメーター。
シフトブーツのステッチが色褪せていない。
サイドサポート部は無傷な運転席。

外装ばかりでなく内装にも12年分の努力が見られる。内装はクリーニングされたとのことだが、なかなかこれだけの状態にするのは大変なことだろう。何しろステアリングに擦り傷すらなく、シフトノブのブーツは張り替えられたような状態で赤いステッチが色鮮やか。乗り降りの際に擦れてしまうことが多いシートのサイドサポート部もヤレを感じさせないほどなのだ。常日頃から丁寧な扱いを続けてきたことや、保管場所をしっかり確保できたからこその程度だろう。

ハーフミラーのTバールーフは新車時に設定があった最上級仕様。
スーパーチャージャー仕様の4A-Gエンジン。

よくよく見れば屋根にはハーフミラーのTバールーフが装備されている。これは新車に設定があった仕様でスーパーチャージャーエンジンとの組み合わせで当時の最上級モデルと言っていい存在。正式名称が「MR2 1600Gリミテッド スーパーチャージャー ハーフミラーTバールーフ」と超絶的に長いことも80年代らしいところ。今から12年前とはいえ、最上級グレードで程度の良い個体が見つかったのは奇跡のようなこと。ショップの存在無くして見つからなかっただろうが、憧れ続けた気持ちがもたらした運命の出会いではなかっただろうか。

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著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…